少し長めに、今思うことを書きたいと思います。
ブログでたびたびお話ししてきましたが、昨年9月7日、約40年(39年6ヶ月だったんです、詰めが甘い)勤めました職場を退職しました。残り2年半で定年でしたが、心も身体も限界でした。
50歳になった頃は、まだ色々な事柄、人と闘う力がありました。
昨年、コロナ禍が本格的に猛威を奮い始めた頃、入院手術をし、そのあとの長い時間の中で『もう辞めよう』と決めました。
もう闘う気力がありませんでした。
私は、若い頃の暴飲暴食のため境界型糖尿病と診断されていましたが、ちょうどみんカラを始めた12年ほど前、糖尿病と診断されました。
糖尿病は、最初は自覚できる症状はありません。なので放置していました。職場の健康診断で結果が出て、職場近くの病院に糖尿病科があったことから診察を受けたところ、医師から「なんでここまで放置していたんだ」とかなり厳しい口調でお叱りを受けました。
幸い投薬と食事管理で体重を落としていけば良い、ということだったので、薬はちゃんと飲んで、食事も気をつけるようになりました。数値は一進一退、体重は微減。
そのころ、中間管理職になり、単身赴任や激務が続き、通院もままならず、またお叱りを受け…
帯状疱疹になり、その発現場所があまり芳しくなく、医者から仕事は休みなさい、と言われたのに出勤して、医者から「本当に死ぬよ」と言われたこともありました。
自分が自分ではない感覚、通勤電車に乗ればすぐに寝る、休みはほぼなく、だいたい職場にいる。それがいいんだと思い込む。
ある日、簡単なことが判断できなくて、部下にさらに質問されて我にかえるということがありました。記憶がない、ということもありました。
そして、去年、あと3年だなと考える。このままここにいれば、もう一つ上がれる。でも、もう嫌だった。
この頃、テレビに出たことがあって、それを録画してあって、最近見返したら、私の顔は浮腫んでいて、歪んでました。その頃は気がつかなかった、仕事に追われていたから。
私の見通しが甘かったのですが、取締役と言うエサをちらつかされ、見返してやろうと転職しましたが、転職先はブラックで早々に破綻しましたが、何故か後悔はなく、次の仕事が早く見つかり、今はとても心が安定しています。
土日を休める、なんの憂いもなく休める。それが普通なんだろうけど、普通を甘受できることはなかったから。
通院は続いています。
この数値は去年の9月と今年の9月を比較したものです。
体重68.8キロ→65.6キロ
血圧159/91→139/84
HbA1c 6.8→6.2
尿潜血±→−
どうしても下がらなかった体重と血圧は、特に食生活を変えていないのに下がりました。HbA1cヘモグロビンエーワンシーは糖尿病の数値ですが、これは安定しています。
そのほかの数値も全て下がりました。
糖尿病もストレスが関係あるんでしょうか?

クルマ好きは、ずっと同じですが、余計なストレスがないので、いじりを心から楽しめるようになりました。

こいつが来て、1年が過ぎました。なんか寝る体勢がおかしいですが、もしかするとこいつと散歩しているのがいいのかな🦮
みんカラでは、よく泣き言を言っていたと思います。
その都度、皆さんから励ましをいただきました。
この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。
長々と申し訳ありませんでした。
これからもよろしくお願いします。

mahalo
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2021/09/28 08:11:06