PSMの作動インジケータなど見る余裕もなく、一瞬パニくる。
この時点でもタケシはPSM介入のことは知らないのである。
PSMの介入スピードはとてつもなく速いつうか適切である。
高速道路で、特にトンネルなんかで無駄なシフトダウンで楽しむ時も回転数が合わず、
「キュ」となるとき一瞬アクセルが無反応になるのだ。
峠道でのシフトダウン・アップ時には全部ギヤをシンクロさせスキッド音皆無な完全なドライビングを行わない限り、
速くは走れないということだ。
「はぁ??」
タケシの頭の周りには土星と天使が回っている。
「トラブルかっ?」
ぶぶぶおーーん!タイヤのスライドが完全に止まったところを見計らい再びアクセルが立ち上がる。
スピードは相当落ちている。全く安全にもう車は右コーナーをクリアしてしまった。
不思議な思いは抱きつつも今のドライビングに集中し、再びペースが上がってくる。
登りの右コーナーの頂点から左へは急激な下りのコーナーへ・・
「最初の右コーナーは向きを変えるポイントはずっと奥に持って行くんだっ!」ヒューッ・・・ゴァーーーッ・・・
コーナーの頂点へは直線的に入っていくタケシ。
センターラインギリギリノーズを合わせ、頂点手前で瞬間ブレーキ、
頂点過ぎはサスが伸び、グリップしていた荷重が一旦抜ける。
「今だっ!」
ハンドルに少し乱暴ではあるが多めの舵角を与える。と くるんとコーナー中間を頂点に持つ右コーナーを、下りの入り口で制圧する。
だがしかーし・・・
下ったと思いきや、すぐ左への切り返しコークスクリューが待っているのだ!
口を尖がらせ、「ヒューッ!フーッ!」と呼吸を整える。
左側前後輪に荷重がかかってMAX状態まで待って、ショックの伸びはじめをしっかり腰で感じ、左へ操舵!
今度は全体荷重を右に移す・・・
アクセルオンで、内側タイヤにトラクションが伝達開始、しっかりと左コーナーをクリアしてしまった。
「LSDの内側車輪へのトラクションは凄い強力というわけではない。
しかし、舵角を与えながらのアクセルオンでは、明らかにLSD無しを凌ぐっ!それも安全にだっ!」
コーナリング中の左右の車輪は差動しているため、比較的荷重のかかっていない内側にパワーが逃げていくことが多い。
ただし、一般的にはボクスターの荷重配分はマス化、バランスが良いため、LSD不要論は根強い。
両輪がしっかり接地しているのでパワーの逃げ道が無いと・・・
しかしながら一般道、特に狭い峠道は路面のアンジュレーションは強いし、且つ登ったり下ったり・・
この状況であれば、荷重が片側後輪から抜けていくことも普通にあるのだ・・
攻め込んでいくと、ボクスターは弱アンダーをキープしてくれる。タイヤのスキール音が危険のシグナルとして感覚的にとらえていれば、コーナーで事故ることはまず無い。しかしここではアクセルはジッと我慢の状態が続くはず。
意図的に慣性で尻を振り、一瞬で向きを変え、両輪をきっちり接地させコーナー出口に猛ダッシュというツワモノ?いやキワモノも金僕団にもいるが・・
ボクスターにかかわらず、安全なドライビングでは、とどのつまりブレーキングが肝なのだ。
危険なのはハイスピードのままコーナーに進入し、慌ててのパニックブレーキや、
トラクションが抜けてハーフスピン状態など、
サーキットをやる人であればこの状況は手に取るようにわかるのではないだろうか?
・・・・・・・
ブレーキングは完璧にコーナー手前で完了。ハンドルの位置はクリッピングポイントに向かって回しこまれて行き、
その時はアクセルってパーシャルプラスアルファ状態でいたよな・・・
タケシの駆る987はLSDが付いているため、今までのドライビングとは趣が異なる。
コーナーのクリップまではアクセルはプラスアルファプラス1(イチ)という感覚なのだ。
アクセルを踏み込んでいくと内側車輪にもトラクションがかかっているため、リヤタイヤは外側に追いやっていく動作をするのだ。
もちろんフロントタイヤはコーナーのラインを強力なグリップで捉えて離さない。
そう、つまり、早めのアクセルオンは弱アンダーからニュートラルステアへ積極的な姿勢変化をもたらし、
コーナーを速く駆け抜けていくことを実現しているのだ。
パワーオーバーステアになるときはPSMが当然介入していくこととなる。
PSMオンのまま介入させないで走ることが一番安全で速い走りを実現することになるのだ。
うむむむ・・凄いぞ・・これがポルシェなのか・・
ボクスターは標高400mの山の稜線を走っている。木々の間からところどころ海が見えている。
シャーッ!・・シャッ!
上空は曇ったままだが、湿った空気は心地よい。時折水たまりを通過する音も心地よい。
視界が開けた稜線が終わり、なだらかな下りが始まる。深い森の中にボクスターは吸い込まれて行く。
ここからは中・低速ゾーンに入っていくのだ。
逆カント、湿潤路面、PCCBの効果はこの場面でも強烈だ。まずは強力な制動力はもちろんだが何といっても軽量化がこれほど効くのかと思うのだ。
軽いと言われる19インチカレラS2ホイール。でも19インチだ、それなりの重量はあるはずなのだ。
さらにタイヤのハイトは低く、荒れた舗装路では、突き上げがバカスカくるものだが、しんなりといなして通過していく。
S字の切り返しでは、ロータスエリーゼを思い起こす程の軽さなのだ・・そう、プラス、ハンドルがどっしりしているのにだ・・
これは、やはりオープンカーという屋根部分の荷重が極小というのも効いてくるのだがそれを補って余りある感動の走りを体験できるのだ。
短い直線でも、車速を伸ばす為、4速までたたき込み、すぐさま3速→2速とヒール&トゥ!コーナーを立ち上がり3速めいっぱい引っ張り上げるっ!エンジンはハイトーンのむせび泣きをみせるっ!・・「ああっヨシコ!」ガクッ(汗)
この直噴エンジン・・鰐さんよりも馬力は10PSほど低く設定されてはいるものの、感心するのはトルクの出方だ。この中間速度域のセクション、速度、ギヤ位置ではホントにおいしいトルクバンドを提供、多少のミスをカバーしてくれている。
しかし・・タケシはこの低中速セクションになったとたん、ドライビングミスが目立ってくるようになる。
前半の高速セクションでの痛恨のスライドを許したあとは、ハイペースでのシフトタイミングも完璧だった。
そのセオリーのまま、このセクションに飛び込んできたのだが・・・
PSMの介入が増えたのだ、つまり、アクセルが吹けなくなるのだ・・
PSMをオフすることは簡単だが、今はOFFにはしない!
「なにが・・何が原因なのだっ?!どうすれば!」
タケシは冷静に自分のドライビングを分析していた。
なにか、違和感をかんじるのだ・・・
「そーかっ!これだっ!」
タケシはスポーツクロノのスイッチをいれた。
-続く-