2012年07月24日
今自分の生きがいとは何か考えていた。それは仕事という逃げ道なのか?仕事の為に
家族を失った男がこんな事を思う自体間違いであるのだろう。それか仕事を言い訳に家族という形から逃げていたのか?人間は自分の意思を通すと何かを失う。また一つの事を実行すると共感出来る者は分かち合えるが意見が違う者とは歪み合う。時に愛してくれた人や信じてついてきた人間を打ちのめす程傷つけつけた事もあった。自分の損得だけで生きていた時期もあった。こんな私でも信じたい人間も現れた。
それが生きがいではないであろうかと気付いた、、、、
Posted at 2012/07/24 23:58:30 | |
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2011年09月08日

同じ日常を同じスピードで歩いている人生を人は満足できる、いや幸せだと思うものだろうか。家族を大切にする者、自分の地位や手にした物を大切にする者、皆価値観は違う。自分の価値観を正当化し自分の考えを強要する者もいる。人間は自分の意思を貫こうとした時に意思を共感し共に生きて行ける者と意見に共感できず敵対する者がいる。スポーツ、格闘技と言ったルールのある中で競い合うという事を覚えた人間は利口だが、ルールがない戦争、抗争、テロと言う答えを出したのも人間と言う種族だ。生命である限り戦いは無くならないのかもしれないが人類同士で傷つけあい殺しあう事がどれだけ意味の無い事か人々は気付く事が出来るのであろうか。
Posted at 2011/09/08 20:18:44 | |
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2011年02月13日
独りになりたくなり仕事が忙しい中、やっとの想いで週末に時間を作り愛車のBNRを湾岸線から高速に乗り須磨に向かって走らせた。風がまだまだ冷たく水温計の針がいつもより低血圧で自分の熱く成り切りない心の様な気がした。まだ若かった頃、愛車に乗って好きな音楽をいつものボリュームよりあげて窓を全開にして走る事が何よりも気持ちよかった。今はやっと作った時間の中で仕事の事、家族の事、明日の事を考えてしまい独りの時間を楽しめずにいる自分がいる。若い頃なら好きな歌を聞きながらの歌詞を自分の境遇に当て嵌めて気持ちを高ぶらせていた事を思い出していた。色んな事を考えながら走っているうちにBNRは高速の降り口に近付いていた、高速を降りて一つ目のカーブを折れたらところでBNRのウインドウを解放してやると懐かしい潮の香りに包まれた。「そうだ、この感じだ!」その時気付いたのだ今の自分はリアルな感覚を失い掛けていたのだと、忙しいだけの仕事に追われているうちに小さなリアルに気付かなくなっていたのだ、何故か懐かしい気持ちが心と言う私のGhostに溢れ出した。相棒を冬の海辺の防波堤の前で休憩させ自分は独りで浜辺をあてもなく歩き人も疎らな海岸公園のベンチに腰を下ろして波音を聞いていた。自分がどうしたいのか、また何を求めているのか、どう生きて行きたいのか心の奥で渦巻いているが言葉にできない事に苛立ちを覚えてしまう。自分がいる社会の中で俯く事も許されず身体や精神の疲れが癒えても何も出来なかった。しかし今、目の前に映る激しく寄せては引いて行く波を見ていると何故か楽な気持ちになっていく。明日からは少し違う視野で社会を見れる様な気がした。ベンチに座り煙草を二本位吹かした後、ベンチを立ち相棒の方に足を向かわせた。BNRを遠くから眺めて要るとたまらなく早く相棒に乗りたくなった、今の車では味わえない加速、雰囲気を味わいたくなった。勿論帰りの高速の上ではスピードを気にせずアクセルを解放してやった、スピードとか違反だとかは何も考えずに相棒と一緒に走った。湾岸線から見える太陽が赤く工業地帯の向こう側に沈んで行く頃、家路に着いた。独りで自分を見直す事は必要な事であるのかも知れない

Posted at 2011/02/13 22:08:17 | |
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2010年01月28日
一番楽な生き方は何であろうかと時々考える事がある。楽な生き方、それは出来るだけ現実から目をそらして拘らない事かも知れない。案外人間はそれで楽しく楽に生きられる。何も気付かずに死ねれば
最高な人生だろう。しかし、人間と言うものはある日、突然考えて気付く事がある。 ああそうか、あれはそう言う意味だったのか・・・どうしてあの時もっと考えずに気付かなかったのだろうかと、時間が過ぎ去れば人間は理解する。考えなくてはいけないのは今の現実だという事を・・・・・・・・
Posted at 2010/01/28 20:19:34 | |
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2009年12月31日
利益を追求する。そう考え続けてここまで来た。
人に嫌われ、敵を増やしたくさんの世界を見た。
しかし、そこには安らぎはない。
勝者とは失敗や倒されるために存在するものだ。
いつしか時代は競い合うことから共生を考えるようになった。
捨てるか、こだわるか、諦めるか、手にするか選択を迫られ悩む。
古いモノすべてが捨てられる運命にあるわけではないだろう。
認めた時、残るものは何なのか?
それは、きっと「自己満足」という観点で判断するのではないか。
たとえ少々反した存在であっても。
成功とは時間が過ぎて自分を見つめなおせた時に分かるものだ。
だから、いつか賞賛を浴びる日が来るであろう。
その自信にだけではなく、勝利には敬意を伴って生きていきたい。
Posted at 2009/12/31 15:39:16 | |
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