僕がこの場を借りて訴えていきたい事のひとつに、マスコミの不誠実さ、アンフェアさという
ものがあります。視聴率取れれば・部数が増えれば何でもOK、偏向報道気にしない~という
空気のやつです。昔から言われ続けてきている事ではありますが。
ああいった公共性の高いメディアは、金の理論はもちろん無視できないファクターにせよ、
もう少しバランスの取れた報道をする義務があると思いますし、多くの国民をある方向に
誘導しようとしてるだけとしか思えません。
最近の事を例にすると、押尾学の麻薬事件に関する報道もそうでしょう。
押尾学の人格のひどさにスポットが当たっています。
僕は彼と会ったことがないのでその本当の人となりを全く知りませんが、
やったことからするとそれは多分そのとおりで間違いないのでしょう。
テレビに出だした頃から、ロクでもなさそうなヤツやなーという印象がありました。
僕には彼を擁護する気持ちは微塵もわきません。
その一方で亡くなられた女性と、そのお父さんが悲劇サイドの主人公として
押し出されています。
友人だった方にもインタビューし、性格のいい娘だったというコメントも取ってます。
これも多分そのとおりで、悪い子ではなかったのでしょう。
日本には昔から死人には鞭打たない素晴らしい文化がありますし、悲嘆にくれている
人につらく当たることを非道とする国民であり、僕も幼少より両親からそう教えられて
きましたのでこういう発言はためらわれるのですが、さすがにあの、押尾を極悪に
したいがためのかわいそうな父娘という、作られた構図が気になります。
娘さんは押尾に無理やり拉致されて薬漬けにされたのでしょうか?
それならば話は違ってきますが・・・
そうではなく、押尾がああいう男だと知ってて、しかもクスリをやってることを知ってて、
それでも自分の意思として押尾という男と付き合い、自分も一緒にやってたわけです。
彼女は子供の小さな女の子ではなく、自立した大人の女性だったはずです。
押尾がまともな理性を持った人間なら助かってたかもしれない彼女を気の毒にも思いますが
心の中で『でも自業自得やん、押尾と同じ穴のムジナちゃうん?』と思ってしまうのは
僕だけでしょうか?
多くの人は報道の誘導するストーリーに違和感を抱いているのではないでしょうか?
以前、イラクで拉致された日本人ボランティアに対しては、彼らの行動の背景にどんな
思いがあったかも、国内にいる家族がどういう思いでいるか、報道によってどういう
肩身の狭い思いをするかも全く忖度せず『自己責任だー』とバッシングしまくった
人たちはどこに行ったのでしょうか?
あんな危険なところに行ったんだからそう言う危険は承知のうえだよね、と冷たく言い放った
人たちはなぜ、あんな危険な男に近づいたらそうなるリスクは承知の上だよねと言わない
のでしょうか?全くの別人なんでしょうか?
話がちょっと違う方に行きますが、八ッ場ダムの件も同じです。
なぜ建設のときは賛成派住民の声は黙殺して反対派住民のみ大々的に取り上げた
マスコミは、今度は中止賛成派は一切黙殺して中止に反対する人しか取り上げないのでしょうか?
現地は全員反対派なんでしょうか?そんなはずはないでしょう。
この問題が死活問題である現地の人々へは当然ですが、何千億円という血税を
知らず知らずのうちに取られている我々にも、もっと客観的なメリット・デメリットを伝える
公平に伝える義務はないのでしょうか。
話が面白いように盛り上がればいいとしか考えてないのが見え見えです。
また別の機会になると思いますが、こういったマスコミの無責任な場当たり的な姿勢で
我々日本の、日本人のすさまじい国益・財産が消失しています。
今日はこの辺で。