
またぴろさんのリクエストにお応えして
大阪噺その2は歓楽街 北新地・十三編です(笑)
北新地は大坂四花街「新町・堀江・北新地(キタ)・南地(ミナミ)」のひとつで
南地(ミナミ)とあわせ北新地の繁華街は江戸時代からの生き残りです。
1685年に堂島に拓かれた新地は繁華街となり大坂市街の北に位置し「北の遊里」と呼ばれました。
その後堂島に米市場が移転し遊里の殆どは1708年新たに曽根崎川の北対岸に拓かれた曽根崎新地へと移ります。
曽根崎新地は「北の遊里」「北の色里」「北の新地」と呼ばれ、米商らの遊興場所として繁栄します。
1909年に発生した「北の大火(天満焼け)」跡 瓦礫で曽根崎川(蜆川)を埋め立てて復興し高度成長期を経て現在の姿となったようです。
曽根崎新地と堂島新地の総称として「北新地」と呼ばれています。
※ちなみに「新地」とは居住地や商業地として新しく拓かれた土地のことを指します。
十三の地名の由来は
その昔 摂津国西成郡の南端を一条とし、北へ順次数え十三条の場所に当たるという条里制に基づく説とここにあった淀川の渡しが摂津国において上流から13番目だった説など諸説あるようですが
当時の舟を待つ間に食べたであろう和菓子などの老舗も見られ、渡しがあることで発展した町のようですね。
調べてみると中々興味深い話が多いですねー。
Posted at 2011/02/05 19:39:22 | |
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