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きむら@R50のブログ一覧

2016年09月30日 イイね!

新栄電機を探しに行ってきた

【特例として一般公開】
ブログの運用形態変更に伴い友達限定公開にしていましたが、
考察的資料として需要があるようですので、改めて通常公開とします。
本来はこのブログの世界観に沿ったストーリー形態でレポにしていましたが、
方針転換により情報のみに絞った内容に修正します。
検索などでここをご覧になる方には情報だけあれば充分目的を満たされるはずで、
よってこのような最低限のレポートに書き換えての公開とさせていただきます。

本文の最後に記載しましたお願いをお守りいただければ、情報については制約を設けません
(ここへのリンクやこのブログへの誘導になる記述、また転載はお断りします)。
現地を訪れようという方はマナーを守って住民の方々に迷惑にならないようお願いします。


昭和CMから辿る、かつての企業が残した遺跡の探訪シリーズ。
磯村建設・続磯村建設に続き、ついにこれに着手しました。


[はじめに 新栄電機とは]

かつて東京都西部および千葉県・埼玉県内に店舗を展開していた家電販売チェーン。
昭和を知る世代には、先日公開した「磯村建設」とともに、
古典的なCMの双璧として、今なお親しまれています。
昭和40年代~50年代前半に制作された、画質が悪く見るからに古い時代のCMを、
平成に入るころまで流し続けていた、貴重な企業。
磯村建設より後まで営業を続けていたものの、2003年に経営破綻、自己破産しました。





廃業からすでに13年。すでに形跡はほとんど見つけられない状況で、
人々の記憶に残るこのCMがこの家電チェーン唯一の名残と言えます。

…しかし、今もかろうじて当時の面影を辿れるという噂もあります。
ですがまだネットにその様子を公開しているところは皆無です。
ここは磯村建設に続いて、新栄電機も探して記事にしてやろうじゃないの…
ということで、今回調査を行うことにしましょうか。
さて、新栄電機の残像をなにか見つけることができるのかどうか。


●ある日の深夜●

ふと、ラーメンを食べたくなったのがきっかけ。
真夜中のゴミ捨てついでに、都内のいつもの店までラーメンを食べに行くこととしました。
年中無休24時間営業の貴重なお店。学生時代から食べていた、なぜか食べたくなる味。
店は黄色、店名は目立つ赤。
よく考えたらこれって新栄電機と同じなんですね。



東京豚骨のパイオニアと言われている、この店。
夜中に食すにはくどいのだが、この時間に食べるからこそ雰囲気に浸れる気もする。



と、お店の色遣いを見ていたら、新栄電機が気になりだした。
ちょうど調査をしようと思っていたところ、思い切ってこのまま行ってみることにしました。


●ラーメンのついでに新栄電機の店舗跡に行ってみる●

今から13年前に営業を停止した新栄電機。
その様子を見ようと過去の店舗跡などを訪れても、
もうほとんど名残は残っていないのが実情です。
そのせいか、ネット上にもその様子を紹介したところは皆無に等しいようです。

磯村建設はもう30年以上前に倒産しているが、分譲された家屋は購入者の所有だから、
その家が建て替えられたり取り壊されない限りは今も残っているわけです。
しかし新栄電機はビルやテナント、倒産すればその跡地にはすぐに別な店が入り、
同時に新店の外装や表示に改装されてしまうから、形跡は残りにくい。
倒産後13年程度の新栄電機を辿るのは、磯村建設より困難だったりします。

たとえばここ。かつて新栄電機堀切店が入っていたビル。
ご覧のようになにも形跡なし。今はドラッグストアが入っています。





新栄電機の店舗は最盛期で20数店あったようですが、どこも似たような状況のようです。
そもそも磯村建設のように多数の分譲住宅が画面に登場するCMではなく、
主に店内撮りだから店舗外観が記録に残っているわけでもない。
映像と現地の物証を照らし合わせるという辿り方は、新栄電機では困難なんですね。


●亀有に行ってみる●

東京の下町、亀有へ。
ちょうど「こち亀」の連載が終わるということで、早朝の亀有駅には早くもファンの姿が。
私も昔はジャンプを見ていたが、中学に入って間もなく見なくなってしまった。
別に漫画に興味がなくなったわけではなくて、自分のやりたいことがいろいろ出てきて、
なんとなく漫画を見るという時間が無くなっただけなんですが。
亀有と言って思い出すのは、むしろこっちのほう。解る人は解るはず。



亀有に来たのはもちろん新栄電機関係の調査。
ここ亀有は、新栄電機にとって聖地ともいえる、とても重要な地でした。

まずは本社として登記されていたという場所。
ご覧の通り、某有名宅配業者の配送センターがあるだけ。
恐らく元社長の所有不動産か何かだった土地を、破産後に債権整理の目的で
転売され、別の個人や法人が取得してきたものと思われます。



そして、もう一つの重要な場所。
今はクリニックなどが入っているこのビル、かつて新栄電機亀有本店があったところです。
おそらく1階と2階が店舗、その上に本社や事務所機能が入っていたものと思われます。



亀有店については別な方が当時の画像を公開しています。
転載は気が進まないので、その画像を参考に復元図を描いてみました。
こんな感じだったようです。ここには確かにあの新栄電機がありました。




●CMに唯一外観が出てくる、あのお店●

前述の通り、新栄電機のCMにはほとんど店舗外観が出てきません。
唯一それが映るのは、大きなビルに入っているどこかの店。
じつはそのただ一つのCMに出た店舗、現在もビルが現存しています。
新栄電機柏店跡。
おなじみこの映像に映っているビルは、今どうなっているのでしょう。



どうやら、これっぽい。



外装は多少変わってはいますが、ほぼそのまま。
新栄電機が入っていたフロアは、今は猫カフェか何かになってるようですね。





柏駅南口付近からも、このビルは見えます。新栄電機の形跡として、決定的なものの一つです。




●誰も知らない新栄電機の残像●

最後にもう一つ。うち独自の調査結果を。
東京都墨田区東向島、ここにもかつて新栄電機がありました。
向島店が入っていたと思われるビルが、今も現存しています。



4階建ての1階2階部分の一部が店舗、ほかは集合住宅として建てられたものです。
当然のことながら店舗部分は完全に改装され、新栄電機の名残はありません。
しかし、このビルには物証がしっかり見られます。



横の路地に入って行くと、建物の脇にマンションの入口があります。
ここに新栄電機の建物だった証拠が。



このマンションの名称は、「新栄マンション」です。
築年数は見た感じだと40年強でしょうか。40年前というと、新栄電機が全盛だった時代。
恐らくですが、ここ自社所有物件として建設されたのではないでしょうか。
店舗収入と住宅の賃貸収入の両方を狙ったのかもしれません。
その後新栄電機の破綻後は売却、所有者も変わっているのですが、ありきたりな名だし
特に差し支えないからと住宅名称がそのまま残っている…という事情のようです。




「たぶんネット初の新栄電機調査レポ」、これで終了です。
ほかにも各店舗の入っていたビルなどがそのまま残っていたりしますが、
この先の調査は現地訪問だけで、特に記録できる物証はないはず。
よって形としての成果を目的とするうちの調査活動は、ここまでとします。
この先は「行ってきたよ」という会話で満足できる方々の担当すべき部分です。
私はこれ以上各店舗跡を巡っても、実績にできるものがないですから。

懐かしい昭和のCMで知られた磯村建設と新栄電機、
二つのレポを終了しましたので、このシリーズはこれで完結とします。
何か新しい対象物をご提案いただきましたら、取り上げてもいいですけどね。
リクエストとかアドバイスがありましたら、是非ともお寄せください。
当時流行りものじゃなく、今の人々の心の中にしっかり残っているもの。
そういうものを発掘する必要が出たら、またその気になるのかもしれません。
何か提案がある方、是非とも課題を振ってみてください。
共感したら、再びそれらを求めて出向こうと思います。

昭和のCMの名残を見つけるレポということで、そちらの話題がお好きな
新しいお客様にもお越しいただきました。ありがとうございます。
このシリーズについては今回で完結となりますので、
新たなものが見つからない限りこれをもって調査活動は終了となります。
次回以降はこの手の話題は扱いませんので、本来の運用に戻ります。
昭和CM関係の話題はイレギュラーなんですよ。
レギュラーを手薄にすると本末転倒ですので、次回から本業に戻ります。
昭和CMシリーズはとりあえず活動終了となりますが、ご了承ください。


【お願い】
今回の新栄電機レポについては、当方の記録を参考にしていただくこと、
また記載を転記することに制限は設けませんが、
このブログへの直接のリンクはご遠慮ください
(アクセスが激増して、当方の活動に支障が出る可能性があるためです)。
当方の記録を参考にしたことを説明していただいたうえで、
独自に記事や文章をお書きいただくことには制限は設けません
(「とあるブログを参考に行ってきました」程度で可、
特にここの所在を明確に記載しなくても結構です)。
ご協力をお願いいたします。


次回からは新たなシリーズを公開していくつもりです。
またしばらく準備期間をいただきます。
Posted at 2016/09/30 18:36:22 | コメント(1) | 昭和探訪 | 日記
2016年09月17日 イイね!

続・「磯村建設」分譲地に行ってきた

【特例として一般公開】
ブログの運用形態変更に伴い友達限定公開にしていましたが、
考察的資料として需要があるようですので、改めて通常公開とします。
本来はこのブログの世界観に沿ったストーリー形態でレポにしていましたが、
方針転換により情報のみに絞った内容に修正します。
検索などでここをご覧になる方には情報だけあれば充分目的を満たされるはずで、
よってこのような最低限のレポートに書き換えての公開とさせていただきます。

本文の最後に記載しましたお願いをお守りいただければ
情報については制約を設けません
(ここへのリンクやこのブログへの誘導になる記述、また転載はお断りします)。
現地を訪れようという方はマナーを守って住民の方々に迷惑にならないようお願いします。


時間をいただいて取材と準備に集中しておりましたが…
ようやくまとまりましたので、満を持して公開いたします。


●ついに明かされる? ひばりヶおかの正体●

まず、予習というか、おさらいというか。
磯村建設は昭和50年代に埼玉県内に複数の分譲地を開発。
特に東武東上線末端区間にある男衾・鉢形両駅の周辺を中心に販売しました。
昭和60年に磯村建設が倒産してから、ニュータウンの名称もいつの間にか忘れられ、
今ではその痕跡を辿ることさえ難しくなっています。
幸いにして、当ブログにて「柏田ニュータウン」の発見に成功、
初めて過去のCMに映っていた地点の現在の様子を公開できました。
ネットでほかに情報が見つからないことから、うちが磯村建設分譲地跡の
発見第1号ではないかと思われます。

「柏田ニュータウン」レポ→ 7月9日公開 「懐かしの磯村建設分譲地に行ってきた」

で、ついに「ひばりヶおか」の情報を探し当てました。
4か所の磯村建設開発住宅地の中で、代表格のひばりヶおか。
これを見つけ出すことは一番の栄誉となるはずです。






前回の「柏田ニュータウン」同様、ひばりヶおかの最寄り駅も、東武東上線男衾駅。
「ひばりがおか」の名を名乗る土地としては、西武池袋線の「ひばりヶ丘」駅が有名。
宅地化されてから年々発展して、今では有名住宅地の一つに。
磯村建設が宅地開発を始めたころ、ちょうど西武沿線の「ひばりヶ丘」が人気になり始めの頃で、
恐らくはその名前に便乗して「ひばりヶおか」という類似した名称の分譲地を作った模様。
しかし、本家ひばりヶ丘とはあまりに違いすぎる、磯村建設のひばりヶおか。
同じ池袋から私鉄で通勤できるとはいえ、距離も環境も全く違います。



「ひばりヶ丘」は池袋まで15分弱、しかしこっちの「ひばりヶおか」のある男衾から池袋は80分。
通勤で往復すると、徒歩含めて毎日4時間近く費やすことになります。
ひばりヶ丘駅の1日の乗降客数は約6万人、対してここ男衾はわずか1800人弱。
名前は似ていても発展の度合いは比較にならないということでしょう。


●ついに「ひばりヶおか」に迫る●

それでは、さっそく磯村建設の分譲地「ひばりヶおか」を。

じつは「ひばりヶおか」という分譲地は、一つの開発地を指すのではなくて、
複数の場所に点々と存在しているようです。地元の地名とは全く無関係、.
さらに一つの場所を定めて呼んでいるのとも違う。ある意味一時期の販売ブランド名として、
磯村建設の複数の開発地を指して、このシリーズ名で呼んでいただけらしいです。
探すのは困難と思われましたが、地道な調査と分析の末、ようやく決定的な情報を得まして、
ついに幻の"ひばりヶおか"をご覧いただけることになりました。

磯村建設ひばりヶおかの分譲開発地のひとつは、だいたいこの辺にあります。
前回の柏田ニュータウンとは全く違う方向に位置します。
小さな山の傾斜地、その緩やかな北斜面に作られた住宅地です。



周囲はご覧の通り、農村のような眺め。
これが池袋から15分の「ひばりヶ丘」にあれば超絶良環境なんですが、
ここからは2時間近くかけないと山手線までたどり着けません。



限定的ながらこの場所の情報はぽつりぽつり出ていて、この辺まで到達した人は
数人いるらしいです。ところがそれ以上の情報がないから、進まずに引き返してしまう模様。
この先を追及するのは、恐らくはうちが最初です。



これが磯村建設が宅地開発した「ひばりヶおか」。
北向き斜面ですが、緩斜面なので日当たりは悪くないです。
もっと寂しいかと思ったけど、結構多くの住宅が集まっています。
確かに空家や廃墟化した家もありますが、今なお住んでる人は多い。
建て替えて新築になったお宅もあります。
都内まで通勤するのは困難でも、例えば埼玉県内の熊谷に通勤するなら
車で30分程度だし、仕事をリタイアした人なら通勤そのものを考える必要もない。
ここに住める人生を選択できた人なら、十分暮らせるところなのかもしれません。
買い物は大変そうですが。



で、さっそく現れたこのお宅。



CMで散々見た、この家と同一ではないですか。ついにひばりヶおか、確認。



続いて、この建物も発見。



40年近くを経て、2016年の姿が、これ。



一気に発見なるも、残念ながらここで確認できた証拠はこの2軒だけ。
10年前の映像記録から辿るのなら、火災や災害に遭わない限りたどり着けると思うんですが、
磯村建設の分譲住宅はもう40年近くを経過していますから、 すでに建て替えられたり
取り壊されていても不思議ではありません。存在しないものはいくら探しても見つかりませんから、
どこかで諦めなくてはいけないタイミングがくるということです。
あのCMのお家の何割かは、既にこの世のどこにもないのかもしれません。


●ほかにも「ひばりヶおか」があるらしい●

さっき書きましたけど、磯村建設の代名詞でもある「ひばりヶおか」は、
一つの分譲地を示した名称ではなく、並行して一定期間販売されていた
複数の分譲地をまとめて呼称した「販売ブランド」的なもの。
調べてみたところ、時期をずらしながら4か所ほどの場所で開発されたらしいです。

このエリアにホンダの工場ができたんですが、この土地が磯村建設の
「ひばりヶおか」跡地という噂があります。しかしこれは誤りらしい。
そもそも該当の土地に宅地開発が入ったのはバブル前後、
磯村建設が倒産した後のことらしいので、時系列として成り立ちません。
「ひばり台」という交差点名が誤解の元になっているようですが、
これも偶然の一致ということのようで、「ひばりヶおか」との関係はないようです。

前回公開した柏田ニュータウンの近くに「ひばりヶ丘団地」というのがあるのですが、
これは現在のところグレーです。磯村建設が関わった形跡がないのですが、
それを否定するだけの理由もありません。造りとしては1980年代の住宅、
磯村末期の分譲地と考えればありうる話だと思うんですが…
現地を歩き回ってもそれを証明するのは難しいでしょう。




●じつは判明している、もう一つの「ひばりヶおか」●

散々探しても全然ヒントがなく諦めていたのですが…
偶然情報の断片に引っかかりまして、2か所目の「ひばりヶおか」が判明しました。
本当に偶然です。それがなければ見つけることはできなかったでしょう。
あまりにも違いすぎる場所にあります。何でここが同じ名前の場所なのかすら不思議な、
他の分譲地とは全く無関係の場所です。

磯村建設の分譲地は結果的に失敗と言えるセールスになってしまいましたが、
その後この地区に移り住んだ人は結構多く、立派な真新しい住宅が多数建っています。
道路整備と共にロードサイドの大型店や飲食施設などが増え、
その後に家を購入した方々は利便性のいい快適土地に住み、家も大きく豪華です。
車で移動するのであればここは決して僻地ではなく、案外住みやすいのでしょう。
地価が安く、無理なく豪邸が建てられるという事情も想像できます。
ただ磯村建設の分譲地の場合は、時期と場所があまりにも悪すぎました。
都心と比べれば割安とはいえ、それでも高額な支払いで、悪条件の狭い戸建てです。
周囲の開発が進んだ現代で、、近隣に職場がある世帯が住むのなら需要はあるのでは。
近年越してきた人は、ある意味勝ち組なんだと思います。
反対に、昭和50年代の磯村建設分譲地で夢のマイホームに手を出してしまった方々は、
高い住宅ローンと劣悪な都内までの通勤環境に悩まされた挙句、40年近く経過した今も
商業施設の開発とは無縁な畑の中に、狭く古びた家を持ち続ける結果になってます。



この「もうひとつのひばりヶおか」、とても予想できない場所にあります。
磯村建設の分譲地の多くがあるのは寄居町富田、東武東上線男衾駅と鉢形駅が最寄り。
ところがこの「ひばりヶおか」は、荒川を隔てて数キロ北、深谷市内に作られました。
なぜか秩父鉄道沿線、これは都内までつながってはいないローカル鉄道です。
どうしてこれが同一名称で販売された分譲地なのか、さっぱりわかりませんが、
当時の磯村建設はこういう巧みな手法で集客をしていたものと思われます。



では、深谷市にある磯村建設分譲地の証拠を。まずはCMの映像のこの2軒の家ですが。



間違いなく、これでしょう。ここも磯村建設分譲地であったことが立証されました。



残念ながらCMに映っているもので残っているのはこの2軒くらいなんですが、
裏側から見るともうちょっと別角度から楽しめます。



「ほら、このCM映像と一致するでしょう。40年近く経っても、バッチリです。



周囲の家まで入れた遠景で見れば、CMのまま。
間に新しい家もありますけど、ほかの家は当時と変わっていません。
CMにはまだ建設途中の家も映ってますが、それも健在。
完成後の姿を40年後に目にすることになるとは。





とにかく…
磯村建設「ひばりヶおか」の物証を押えることに成功しました。
昭和50年代半ばに流れていたあの懐かしいCMの中の風景、
40年近く経過した平成28年のこの世でも、かろうじてさかのぼることができます。
なんだかずっと忘れていた何かを、久しぶりに見つけ出した気持ちになります。
自分はもう10代に戻ることはできませんけどね、こういう心の時間旅行をすると、
なんとなくほんの一かけらだけでもあの頃を取り戻せるような気がしてしまうのです。


★お願い★
今回の磯村建設レポについては、当方の記録を参考にしていただくこと、
また記載を転記することに制限は設けませんが、このブログへのリンクはご遠慮ください
(みんカラ以外からのアクセスが激増して、当方の活動に支障が出る可能性があるためです)。
当方の記録を参考にしたことを説明していただいたうえで、
独自に記事や文章をお書きいただくことには制限は設けません
(「とあるブログを参考に行ってきました」程度で可、
特にここの所在や資料の出処を明確に記載していただかなくても結構です)。
ご協力をお願いいたします。


【関連記事公開しました】 磯村建設別荘地に行ってきた 
Posted at 2016/09/17 20:28:09 | コメント(2) | 昭和探訪 | 日記

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