永住権の取得にいくつコメントを頂いたので改めてお礼を申し上げるとともにひとつ秘話を披露したいと思います。
これは数年前私が某日本を代表する大手自動車メーカーの子会社に中途採用された時の実話です。
当時勤めた台湾系ITメーカーが事業売却するため台湾に転籍するかやめるかと選択を迫られました。第2新卒として転職活動をし、どうにか適性テストをパスし、面接まで辿り着けました。案の定1次面接の面接官の部長と課長は国籍のことを問題視してました。”前例がない”、”決済が下りるかな”、”でも日本語は普通に出来るし、仕事経験もある”、”語学力と海外経験がすごい”、”本部長に交渉してみようか”、などなど生々しい話を本人の前に交わしてました。新卒の就活の時にすでに同じ場面を何回も遭遇したのでさすがに慣れてむしろ真剣に検討してくれていると前向きに受け止めていました。
2次面接は本部長でした。開口一番”部長と課長が押したのでぜひ会ってみたくなった”
前例がないか作ってもいいじゃないかとまで仰っていただきました。さすがにそのようなことを言われるとこちらも感動してその場で入社する意思が固まりました。
3次面接は人事担当でした。顔合わせの要素が強いが私の場合覚書を書かされました。”いずれ日本人に帰化するつもりでいます。”という内容でした。なんか弱みを握られているようであまり愉快な話ではなかったが入社したいので一筆書きました。
その後無事健康診断もパスして、晴れて内定をもらいました。当時自分はかなり舞い上がってました。子会社とはいえ自動車といえば日本の根幹産業、しかもその業界においても有力な企業ですし、海外(北米、アジア)は強い人気とブランド力を誇ります。
このような企業で働き、自分が台湾とカナダで身に着けたこと日本で学んだことを社会還元できればと喜んでいました。
浅はかな考えでした。信じた私はバカでした。雀躍してた私にこの世に生まれて2番目残酷な言葉がまさかの方から言われました。
入社初日中度採用社員が合同で社長にあいさつに伺った時でした。
順番であいさつして、私があいさつした直後、社長が隣の秘書に一言
”うちの会社外人雇ってもいいだっけ?”。。。。。。。。。。場が凍りつく
その瞬間まさに頂上から奈落に突き落とされた感覚でした。
ぐっさと心臓にナイフを突き刺されたような感覚でした。
日本を代表する大企業で役員まで上り詰めて子会社の社長として出向された方ですよ。どうやってその場を凌げたのがもう覚えていません。ただすべてに裏切られ、何も信じられなくなりました。それから配属され、仕事して、海外子会社の立ち上げ要因としてカナダに赴任して、その後帰国して、配置転換も受けて、昇格も経験しました。
露骨に差別する先輩社員もいましたが、多くの先輩社員と上司はとても素晴らしい方に見えました。なぜ見えるかどういうと目で見て会話を交わして脳ではそう判断したけれども心はどうしても開けませんでした。そう、完全に人間不信に陥りました。いくら努力しても受け入れてもらえないではないかと、表面では受け入れたとしても実は拒否しているではないかと、心は折れかけました。
2年が経ち、実家の母が病に倒れ、存命中はそばにいてほしいと嘆願されました。おそらく長期休職願を出せばいずれ会社に復帰できると分かってました。でも私はそうしませんでした。本気で妻と娘を台湾に連れて行こうと考えました。もう、嫌だ。まっぴらだ。
なぜ日本人として生まれてこなかっただけにこんな扱いされなければいけないの?人間尊重を社是として掲げ、グローバルの企業のはずですけど。The Power of Dxxxm。
笑わせるなよ。
とにかく私は現実から逃れようとその会社を離れました。その後母が病死、妻が台湾の環境に馴染めず苦渋の選択で再び日本に戻ってきました。2度と傷つきたくないので外資系に入りました。そして大不況の昨年を経験し、今年1月に辞職勧告を受け、三度職探しを容儀なくされました。リストラされたけど私は意外と現職に対して憎悪感を抱いていません。ビジネスライクでドライそして理由がはっきりしているから。
本当のことを言いますとその傷口はいまだに癒えてません。トラウマを抱えたまま転職活動してました。私は30を超え、しかも妻子持ちなので何よりも彼女らを守っていかねばならないと考え、これはまた悪戦苦闘の末、某大手商社の子会社の内定を勝ち取りました。人事役員は大学のOBでいろいろ助けていただきました。
さて、今度入る会社には何言われるだろう。まさか”国に帰れ!”とか言われないよね。
それでも私は日本のことを嫌いになれずにいられるのはこれまでの10年間様々な方と出会え、時には拒否されたり、時には差別されたりしましたが、それよりも多くの方に温かく迎えられ、助けられ、、支えられ何とかここまでやって来られました。彼らへの感謝の気持ちはいつ経っても忘れず、それが心の支えでした。
永住権が許可された時、自室で大泣きしました。やっと少しこの国に受け入られた気分でした。居てもいいと判断され、手を差し伸べられた気がしました。日本のことをまだ素直に信じ切れずでいるがかといって嫌いなわけではありません。どちらかというと大好きだが近づくのは怖い。またあんな思いすると今度こそ諦めがつくかも。
ただ、これだけは言えます。私の目が黒いうち、うちの家族はHxxxaの製品を買うことは絶対ありえません。The Power of no Dreamそれは日本における外国人の現実かもしれません。
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