城山観音堂・大森城主芋川氏の墓
信達三十三観音霊場 第五番札所
2018年05月01日

福島駅からは国道4号を郡山方面へ南下して行きます。
黒岩交差点を右折し県道3624号をしばらく進んで行くと
左側にファミリーマートが有りますので県道148号へ左折します。
1つ目の信号を進んで行きこの先のT字路を右折して進むと信夫支所になります。
駐車場は信夫支所内になりますのでここに駐車します。
ここから信夫支所の脇を通って山側へ進み保育園とは逆に進んで行と
城山入口が有りますので登って行くと観音堂が有ります。
ココは、城山観音堂・大森城主芋川氏の墓です。
城山観音堂は、信達三十三観音霊場 第五番札所にもなっています。
お堂の中には約170㎝の木造聖観音菩薩立像が安置されています。(福島市有形文化財)
観音堂の隣りには大森城主 芋川氏の墓が有ります。
中央が初代藩主 越前守正親、右隣が二代藩主 備前守元親の墓石です。
備前守元親は上杉方の武将として大阪冬の陣(1614年 慶長19年)に出陣しました。
1548年(天文17年)伊達氏の内紛が終わり、十五代 晴宗の弟 実元の領地となりました。
1585年(天正13年)実元は子の成実に家督を譲り、八丁目城(松川町)に隠居しました。
1585~1589年(天正17年)十七代 政宗は大森城を拠点に東安達、安達、田村と戦い、
また相馬・会津と戦うため、鉄砲隊500人を連れ、片倉景綱と土湯を越えて会津に参戦しました。
1591年(天正19年)「九戸の乱」が勃発し、豊臣秀次、徳川家康が大森城下の常光寺に宿陣。
同年、政宗は領地を豊臣秀吉に没収され、蒲生氏郷の客将 木村吉清が大森城主となりました。
1593年(文禄3年)木村氏は大森城を廃し、杉目城に町家寺社を移して、この地を「福島」としました。
杉目城(福島城)は現在、福島県庁が立地している一帯が城跡です。
(平城で阿武隈川・荒川が外濠)
1601年(慶長6年)上杉領 大森城代として前述の初代藩主 芋川正親が白河より移りました。
それ以降は芋川氏が城主となり受け継がれていましたが、1644年(寛文4年)
上杉綱勝急死に伴う一連の騒動によって上杉領が15万石に半減され、
信夫郡は天領となり大森城は廃城となりました。
お勧め度 ☆☆★★★(個人的判断です)
観音 度 ☆☆☆★★(個人的判断です)
女性向度 ☆★★★★(個人的判断です)
家族向度 ★★★★★(個人的判断です) ☆が多いほど良い感じの判断です。
※ 見学時間 いつでも見れます。(夜間注意)
※ 定休日 無休
※ 入場料 無料
※ 売店 ×(周辺店舗利用)
※ 食堂 ×(周辺店舗利用)
※ 駐車場 ×(信夫支所等利用)
※ 2017・04 訪問
※ 2024・04 訪問
住所: 福島県福島市大森字椿舘
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