鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮は 別名『八幡様』と親しまれ 鎌倉のシンボルとして賑わっています。
康平6年(1063年)に 源頼朝の先祖である頼義が 奥州の戦乱『前九年の役』で 勝利をおさめたことの礼として 京都の石清水八幡宮を勧請し 由比ヶ浜に奉ったのが始まりと言われています。
最初は由比若宮や 鶴岡若宮と呼ばれていました。
その後 建久2年(1191年)3月 火災で焼失してしまったので 大臣山の麓を切り開き 上宮を建てたのが現在の姿となっています。
ここを中心に鎌倉の町づくりとなりました。
現在の御本殿は 文政11年(1828年)江戸幕府11代将軍 徳川家斉の造営により 代表的な江戸建築で 若宮と共に 国の重要文化財に指定されています。
2010年 3月10日 AM4:40頃 61段の石段の左側に 高さ30m 周囲7m 樹齢1000年以上の 県の天然記念物であった 大きな銀杏の木が 強風により倒れてしまいました。
別名『隠れ銀杏』と呼ばれ長い歴史を見守り 八幡宮のシンボルともなっていました。
この木は『公暁の隠れ銀杏』とも呼ばれ 承久2年(1219年)正月27日 60cmほど降り積もった雪の中 三代将軍 源実朝は 右大臣になった年賀の式を この八幡宮で挙げ 夕方6時頃 この石段を一段一段下り 下から13段目の石段まで来た時 この銀杏の木に隠れていた 二代将軍 頼家の子 甥の公暁が襲い掛かり『父の仇 思い知れ』と あっとゆう間に実朝を刺し 命を奪いました。
この時 実朝は28歳・公暁は19歳でした。
これは公暁が 北条氏にそそのかされ 叔父を殺害したのですが その後 公暁も その北条義時の命により殺されてしまい これで源氏の血筋は絶え 北条氏の天下となりました。
写真に写ってる 工事の 1番右の 棒の辺りで 実朝は暗殺されました。
ですから その左に大銀杏がありました。
住所: 鎌倉市雪ノ下2-1-31
電話 : 0467-22-0315
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