都井岬

都井岬は日南海岸最南端の岬で、宮崎の誇れる景勝地の一つです。
6~9月には観光飛び魚すくいが体験でき、8月の第4金曜・土曜には大蛇退治の古事にちなんだ、「都井岬火祭り」が行われます。
宮崎県の南端部に位置し、宮崎市からも約2時間かかるため、今までは宮崎在住の人間でもなかなか訪れる機会は少なかったと思いますが、最近は
近くに「道の駅なんごう」や「港の駅めいつ」など元気のある施設が次々と作られてきて、日南・飫肥とともに、注目度が上がってきています。
とにかく気持ちのいいところです。ぜひ、天気のよい日にお出掛け下さい。
車で岬先端まで行くことができます。
国の天然記念物である「岬馬」(御崎馬)の生息地の入り口には、馬が岬の外に出ないように「駒止めの門」が設置してあります。
駒止めの門で、馬の保護育成のための資金として協力金車:400円、二輪車100円を支払って奥にすすみます。
馬やサルが道路に出てくることがありますので、注意が必要です。
【御崎馬(岬馬)の由来】
御崎馬は長野県の木曽馬や北海道の道産子などとともに日本在来馬と言われ、今から2000年も前の縄文時代後期から弥生時代中期にかけて中国大陸から導入された馬がその起源とされています。
古くから馬の生産は盛んに行われ、大化の改新でも馬の生産や管理に関する政策は重要な柱の一つであり、日本各地に多数の官営の牧場が作られました。特に鎌倉時代以降の武士の時代には軍馬として重要な役割を果たし、また牛とともに農業や輸送に不可欠の家畜であったために幕府直営や藩営あるいは民営の牧場が盛んに作られました。
高鍋藩秋月家は、江戸時代の元禄10年(1697年)に日本書紀の中の歌にも詠まれた日向の駒を集めて、今日の串間市を中心に7ヶ所の藩営牧場を作り軍馬や農耕馬の生産に励みました。この7牧の1つ都井村御崎牧が今日の御崎牧場です。
以来この牧場で生産される馬は御崎馬(岬馬)と呼ばれるようになりました。
御崎馬は牧場開設当初から、ほとんど人手を加えない粗放な管理しか行われず、廃藩後の明治7年、都井4組及び宮の浦を一団とする御崎牧組合の共有牧場となった後も、その粗放な飼い方が続けられてきました。そのため御崎馬の風貌や習性あるいは体型や資質は野生状態を思わせます。これが「都井の野生馬」と言われる所以でしょう。
そしてそれ故に昭和28年には「自然における日本に特有の家畜」として国の天然記念物に指定されました。
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