
別のブログで質問があったので,少しボルトの焼付きの問題点として考えられることを紹介したいと思います.
ボルトが「焼付く」「かじる」「がじる」「溶着する」「凝着する」いろいろな表現があると思いますが,今回は,ボルトとナットのねじ面同士や,ボルト・ナットの座面と相手材(今回の話題ではホイール)の表面同士で摺動時の潤滑状態が悪く,局地的にもしくは全面的に,部品同士が溶けてくっついてしまうような現象について述べます.
みんカラにいるような車を自分でいじってる人たちにとって,多くの人が経験したことのある,厄介な現象だと思います.
これが起こって,一番高頻度に困る内容というのが,
「外したい部品が外れない」
ということだと思います.
でも,これは面倒だけど事故にはならないので,まぁ良いと思います.がんばればなんとかはずせる.
Let's 強引g my way.
もっと大きな問題として,「ボルトが締付け途中に焼付くと何が起こるか」についてを今回の本題とします.
結論は,
「ボルトが使用中に疲労で破断する可能性が高くなる」
というのが怖いと思っています.
以下は,なぜ焼付くと疲労が起こりやすくなるかについてです.
ボルトは,締付けトルクを与えることで伸びが発生します.
この伸びが戻ろうとする力によって,相手材を締付けます.
この相手を締付ける力を,ねじの軸方向の力ということで「軸力」と言います.
ボルトに与えた締付けトルクは,ざっくり9割程度はねじ部や座面の摩擦力として使われ熱になってしまい,
残り1割ぐらいが軸力となります.
しかし,冒頭に述べたようにねじ面や座面に焼付きが起こると,その部分の摩擦係数が異常に高くなり,
与えた締付けトルクのうち,摩擦力として消費される割合がめちゃめちゃ多くなります.
結果的に,軸力となる分の力が減ってしまい,想定しているよりも
軸力が小さくなります.
動かない物体を止めるだけであれば軸力は正直どうでもよくてボルト強度だけの問題で,とりあえず締付けて動かなければそれでokということも考えられます.
しかし,乗り物のように振動があって,ボルトで止めているものに繰返し力がはたらくような場合,
ボルトにも繰返しの力がはたらきます.
このボルトにはたらく力の繰返しの幅が大きければ,疲労が起こり破断する可能性が上がります.
ここでミソになるのは,
「力の繰返しの幅」が重要だということです.
材料の疲労特性というのは,力の絶対値の大きさの影響もモチロンあるのですが,
それよりもこの幅の影響が大きい場合が多いのです.

この図は,私がそのへんで適当に購入した普通の鉄のボルトについて,疲労試験を行ったときのデータです.
(そのデータを元に適当に改変していますし,縦軸は隠蔽しています.供試体の種類も明かしません.)
縦軸が応力振幅と書いてありますが,要するに繰返しの力の大きさの幅です.
横軸が,ボルトが破断するまで何回その力を加えたかを表します.
力の繰返し幅が大きければ早く壊れて,小さければ長持ちすることが見て取れます.
ある一定以下の力の幅になったところで,ものすごく長持ちするようになることも分かります.
しかしながらボルトの軸力がいくらであれ,車の振動によって生じる力の大きさは同じです.
しかし実は,
発生する力が同じでも,ボルトの軸力の大小によってボルトが受ける力は変わってくるのです.
なんと,
「締付け軸力が小さいと,繰返し外力によるボルトの軸力変化が大きくなる場合がある」
のです.
なぜだ・・・?
となるわけですが.
これを考えるために,ボルトで締付けた物体に力が働く場合,
たとえばさらにボルトを伸ばすような引張方向の力を加えた場合,
ボルトにかかる引張の力はどうなるかということについて考えます.
たとえば・・・・
天井にフックをボルトで止める場合を考えます.
ボルトの締付けによって軸力が1トン出てるとします.
さて,そのフックに1トンの荷物をぶら下げたとします.
このとき,ボルトにかかる引張の力はいくらになるか.
何の予備知識もないまま素直に考えると,2トンという答が浮かんできます.
実際セミナーや新入社員研修でこの質問をして,
「2トンだと思う人~?」
っていうと,圧倒的大多数が手を挙げます.
しかし,実際にはそうはならない.
締結条件にもよりますが,1.2トンとか1.3トンとか,そういうレベルになります.
あと7~800kgどこいったんだ!って話なのですが,少し考えて欲しいのです.
ボルトは伸びて戻ろうとする力で相手の物体を締付けてます.
このとき,戻ろうとする力があるのに戻らないのは,相手の物体から反力を受けるからです.
相手の物体からの反力はどうやって発生しているか.
ボルトから受ける圧縮の力によって,
相手の物体自体も少し縮んでいるのです.
この縮みが元に戻ろうとする力つまり伸びようとする力と,ボルトが縮もうとする力が釣り合っている状態です.

この状態を図で表すとこうなります.
縦軸が力で,横軸が変形の量です.
ボルトは力がかかると右につまり伸びています.
相手材は力がかかると左に,つまり縮んでいます.
そこに,さっきのように荷物がぶら下がる.
この荷物は一体何にぶら下がるのかというと,ボルトにぶら下がるのではなく,
ボルトによって締結されたフック.つまり,ボルトと相手材両方を含む「締結体」にぶら下がります.
荷物によって働く下方向の力は,
ボルトを伸ばすだけでなく,相手材をも伸ばす両方の仕事をします.

これを図で表すとこうなります.
赤い上向きの矢印が,荷物に重力がかかって生じる力.
青い上下方向の矢印は,この重力と釣り合うために,ボルト・相手材に生じる力の変化です.
そして,現在の変形量は,元の三角形の頂点よりも右に来ています.つまり,元の状態よりも
締結体が伸びたのです.
ここで,赤い大きな力が加わっている割に,
ボルトの軸力の変化はそんなに大きくないことが分かると思います.
これが,さっきのクイズの答が2トンじゃないことの理由です.
機械を設計するとき,このように繰返しかかる外力に対して,ボルトの軸力変化が小さいことを考慮して,
その上で疲労破壊が起こらないように,ボルトの大きさや強度を選定し,締付け軸力を設定します.
ここで,もし締付けが不足して,軸力が低い状態で使っていたらどうなるか・・・を考えます.

初期締付け軸力が低い場合を描いてみました.
さっきのと同じ大きさの赤い外力を加えた状態なのですが,
ここで何が起こっているかというと,
初期軸力による相手材の縮み量を超えて右に行ってしまっています.
すると,相手材は最初の状態よりは伸びないので,相手材が伸びきったところから先は,
相手材はガチャガチャ動くほど浮いた状態で,
外力がすべてボルトにかかってしまっています.
初期軸力が適正な場合,低い場合を重ねて描くと,

こんな風になります.
外力の大きさは同じなんですけど,これが繰り返された場合,
初期軸力が低い方が,ボルトの軸力の変化「青い波」の幅(振幅)が大きくなっています.
だいぶ前に述べたように,
このボルトにはたらく力の
繰返しの幅が大きければ,疲労破壊する可能性が上がりますので,
この場合,初期軸力の小さい方でボルトが疲労破壊を起こす可能性が上がる.
と言えます.
ちょっと機械系の基礎知識があんまり無いと,これだけの説明では難しいかもしれませんが,ざっくりとはこういうことです.
深く理解するためには,以下のキーワードについて調べて理解すると良いと思います.
・力の釣り合い
・フックの法則
・トライボロジー
・トルク係数
・トルク締付け法
・締付け線図
・内外力比
・疲労
・応力
・応力振幅
・平均応力
・寿命
・疲労限度
ちなみに,大阪で生まれ育った私にとって大変印象深い悲惨な事故である
エキスポランドでのジェットコースター風神雷神IIの脱輪事故.
疲労によって車軸が破断したのが直接の原因なのですが,車軸が疲労破壊した直接の原因は,ナットの締付けによる軸力が低かったためだと考えられています.
もちろん,なぜ軸力が低かったんだ(ゆるむ設計・不適切な締付け)とか,定期点検などで早期に疲労亀裂を確認し,適切に対処していれば起こらなかったとか,
そりゃもう人為的な面が大きいのですが.
以上です.
私の認識間違いや見解の違いがありましたらご指摘ください.
よく分かる人へ:
機械系でない人にとりあえずイメージをつかんでいただくため,
応力を考えるべきところを荷重で説明したり,
力に質量の単位を書いたりしてますが,意図的です.
ご了承ください.