2011年3月11日 14時46分、東日本大震災発生
その時、私たちは福島県二本松市のエビスサーキットにいた。
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急に天気が怪しくなり、走行台数も少なくなってきた。
(ま、元々少なかったんだけど・・・)
自分の車のタイヤを交換して、後はトルクレンチで締めるだけというその瞬間
ゴゴゴゴゴゴ・・・ ガタガタガタ・・・
雪が吹雪いてきたと思った数分後、地鳴りと共に強い揺れが襲ってきた。
東日本大震災の発生である。
最大震度
7で、エビスサーキットでは
6強だった。

これは、地震の直後、
まだ揺れてます。
とりあえず、荷物はそのままで、即刻ゲートの外に避難することに決め、
南コースから避難する。

南コースへのアクセスルートは岩が落ちてきたり路面にひびが入ったりしていた。
ゲート前で待機していたら、観光バスの中にいるといいと言われたので、
車内でテレビをつけて状況の把握に努めた。
強い余震も収まり、東北が地元の部員が数名いたので、
部長の判断で、彼らは家の様子を見に行った。
奇跡的に仮眠所は無事で電気も水道も生きていたので、
寒さの点ではかなり助かった。
翌朝、荷物を取りに行ったり、街の様子を見に行くことに。

東コースのアクセスルートの途中にある倉庫が、がけ崩れで悲惨なことに・・・

なんと、中には昔支配人が使っていたインプが!!

どうやら、そこまで酷く壊れてはいないようだ。

これはスクールコースのパドック・・・
仙台に親戚の様子を見に行った友人から、食料を持ってきてほしいとの
連絡が入り、オレが行くことに。
しかし、途中の道は土砂崩れで通行止め、道はボコボコ、GSは長蛇の列
それでも、なんとかたどり着き、合流した友人と一緒に見た光景は、
まるで地獄のような光景だった。

家屋はバラバラに壊れ、車や船舶も流され、恐らく田んぼであったであろう土地は
湖のように水没していた。

実は、一昨年の夏に、この友人の親せきの家に遊びに行ったことがあり、
このコンビニはその際、寄ったところで、実際この光景を見た時は衝撃だった。
友人に食料を届け、一段落付けると思ったら、また次の問題が・・・
福島第1原子力発電所の放射能漏れである。
運よく連絡のついた父が、こちらに向かっているというので、部員と相談して、
合流しつつ、新潟経由で帰ることにした。
ガソリン残量や、連絡がつかないといったトラブルがありながらも、
なんとか、全員無事に神奈川に戻ってくることができた。
Posted at 2011/04/07 18:55:01 | |
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