拝啓、T駅で出逢った美人なお姉様昨日の降頻る雨の中、母が待つお弁当を片手に交差点でタクシーを捕まえようとしていた所へあなたは現れました。信号を渡るでもなくきょろきょろとしているそれは、私と同じ目的でそこにいると理解するには十分でした。ふと、過去の記憶が甦ります。同じような天気の日の同じ場所でタクシー待ちをしていた時、おばちゃんの集団がいち早く走り来るタクシーを見付け私の立っていた場所よりもそれに近い位置へそそくさと向かいどしどしと乗り込んで走り去って行ったあの時の事。またそんな感じになったらいやだなぁと思い別方向からのタクシーも探そうと動いたその時あなたは声を掛けて下さいました。「タクシー待ちですか?」と。突然の事に驚いた私が、「はい、そうです」と間抜けた声で答えたらあなたは「向こうから一台来るので、先に乗って下さい」と天使のようなひと言を仰ったのです。思わずぽかんとしてしまいました。そのお姉様の足元のストッキングは濡れて変色し、コートの裾も雨粒の水玉模様が沢山描かれているというのに。「え、でも…」と言い掛けましたが、すぐさま「もう一台、後から来てますから」なんてにっこり笑われたらお言葉に甘えてしまうじゃないですか。あまつさえそのタクシーを捕まえて頂き「どうぞ」だなんてなんて出来た女性なのでしょう。敬服するにも程があります。私は雑踏に負けない声と笑顔でお礼を言うしか出来なかったけどちょっと嬉しい出逢いでした。拝啓、美人なお姉様あなたにお逢いする事は二度とないかもしれませんが今度誰かが同じような状況になっていたら私もあなたと同じ事を、その誰かさんにしたいと思います。