2011年03月17日
【H23.3.11】
手術中に地震。
大きな揺れの後、電源が落ちてザールは真っ暗になる。ほどなく補助電源へ切り替わったが、自家発電がうまくいかず、バッテリー駆動は一時間も保たないと麻酔科Dr.(コマンダー)より説明される。手術を大急ぎで終わらせ、閉頭。吸引管が徐々に吸えなくなる様が、バッテリー残量と比例していた。
手持ちのgalaxy-tabで情報収集。予想を超える大災害と知る。当地は震度5強。辛うじて覚醒、抜管には間に合ったが、抜管時の吸引は足踏みポンプでの手動で行った。バッテリーが切れ、自家発電できなかった当院は真っ暗で、全機能が停止となる。陽が出ている時間なのが救いであった。真に恥ずかしい話ながら、機能停止のため救急外来はストップしたとのこと。
エレベーターが使えず、手術室にいた患者を部屋へ戻せない。情報収集とコマンダーからの指揮を待つうちに、患者は徐々に麻酔から覚醒。硬膜外までの手術であったため、歩行可能と判断。患者の両肩をオーベンと二人で担ぎ、陽光の入る非常階段を上って7階へ戻った。
電気、水道が停止。給食・事務・薬局が人海戦術で陽が落ちる前に各病棟へ物資を運んでいる。明るいうちに全病棟の患者を急いで回る。患者の夕食は病院の備蓄のみ。給食が回復するまで、「保存食(経口)、経管栄養(流動)、点滴」の3種類のみの選択となる。保存食は1食200kcalらしく、抗DM薬は危険なため内服中止。
陽が落ちると、院内は真っ暗で懐中電灯がないと移動できない。空調もなく院内が冷える。外は吹雪。院内PHSも繋がらないため、各病棟スタッフへSCUに泊まることを伝える。幸いにも当科での急変はなし。
夜10時頃に電力会社からの発電車が到着したらしく、非常灯のみ点灯。ICUのみ電力供給を最優先する方針となったらしい。呼吸器装着や重症患者は、科を問わずICUへ移動となっていた。それでも中央配管は全滅しており、サクションは足踏みポンプを用いて行っていた様子。NICUでクベースに入っていた新生児は、自家発電できている他院へ転送したらしい。転送までの間、人肌で暖めていたとか。
家族へ連絡を取ろうと試みる。au(携帯)、docomo(galaxy-tab)、wilcom(院内PHS)の3回線のうち、docomoとwilcom(外線)は繋がった。auは電話・メールともまったく反応せず。
一息ついた頃、医局へ戻る。研修医が持ち込んでいたガスコンロでお湯を沸かし、カップ麺を食べる。飲み物が手に入らないが、贅沢は言えない。
非常灯のみが灯る、寒く暗い院内で、SCUに篭って就寝。
Posted at 2011/03/17 01:50:25 | |
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