2011年03月18日
【H23.3.12】
SCUで目覚める。
電気が復旧する見通しがなく、陽光のあるうちに、できることをしなければならない。
しかし当科の医者は一人DMATに行っており、現状2人。
2人で全病棟70人は、非常に厳しいものがあるが、仕方ない。
電気がないため、オーダリングが使えない。
医局の非常用コンセントで沸かした湯で、カップ麺をすすって朝食を摂る。
地元地方紙に、当院の「非常電源作動せず」が大きな見出しで書かれている。
とりあえず急変は居ない。ドクターPHSの外線も復旧したため、一通りルーチンワークを済ませたのち、交代で上司が院内待機をしてくれている間に、外の様子を探りに車を出す。
確保すべきはガソリンと食料であろうと、近隣を動いてみるが、やはり皆さんも同様の思考。
そもそも、ガソリンスタンドとコンビニ、スーパーは軒並み営業していない。
北へ向かえば…との期待のもと、下道を走らせるが、全滅。
結局、秋田市まで至ってしまった。
道中、十数か所でガソリンスタンドを見かけたが、営業していたのは3ヵ所。いずれも1~2kmの列。
秋田市でたまたま営業していたファミリーマートを発見。
食料などは当然ないが、菓子とペットボトルが幾らか残っていた。
電気の通っていない、寒いコンビニで、幾許かの買物を済ませる。店員は電卓で処理していた。
秋田市内で、なか卯が営業していた。暖かい御飯と豚汁が、この上なく美味しかった。
昼、病院にも電気・水道が復旧。表向きは通常の状態に戻った。
ただし調理はまだできず、給食は非常食が継続。
医局には握り飯の差し入れが置いてあった。非常にありがたい。
14時に救急外来を再開。再開すると同時に救急車が怒涛のように押し寄せ、その中には当然のように当科入院も含まれていた。
エレベーターが使えるようになったのが救いか。
昼過ぎ、ようやくauにメールのセンター預け通知がくる。が、アクセスできず。結局、震災直後に送られてきたメールを受診できたのは、本日夜になってからだった。
今回の震災で、電波が途切れずに終始使えていたのはgalaxy-tab(docomo)のみ。院内PHS(wilcom)は一時的に遮断されたものの、地震当日のうちに復旧した。友人の話だと、i-phone(softbank)も本日の夕まで無理だったらしい。
【H23.3.13】
非常時の24時間待機が継続しているため、院内の仮眠室で目覚める。
形式上は通常業務が可能だが、やはり物品不足が懸念されている。
町はライフラインの回復とともに、飲食店も営業するようになっており、一見すると平時のようにも見えるが、在庫を吐き出しているのみであろう。
流通が回復するのが先か、在庫が尽きるのが先か。
まだテレビでは、全チャンネルで24hr、地震・津波・原発関係のニュースを流している。
医局の命令系統が定まっておらず、コマンダーが明らかになっていない。
科別の判断に委ねられている節がある。
外来を中止するという連絡はないため、明日から通常操業を行うようだ。
病院の給食は、通常のものに戻っている。
院内では節電・節水を訴えるビラ多数。
Posted at 2011/03/18 21:33:50 | |
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