突然ですが、明日より表題の案件を実行に移させていただきます。
みんカラは2010年10月20日に同じサンバー乗りの後輩の勧めで初めて以来、10年と7ヵ月間続けてまいりました。
みんカラを始める理由となったのは
①当時、日本国内で拡散していたSNSに慣れ親しむこと。
②自分自身の文章作成能力の向上、表現力の向上
・・・といった点で、特段「車を通じて情報収集や交流を増やしたい」という理由はありませんでしたので、後輩の勧めが無ければ「アメーバーブログ」等の他のブログをやっていたのかもしれません。。(´・_・`)
逆にみんカラを止めてしまおうと思った時期もありました。
まず最初は2012年8月の北アルプス墜落遭難事故の時・・・
この時は「もう世間様に合わせる顔が無い」と思いましたが、この頃には既に会社の上司や同僚にみんカラをしているのがバレていて、「近況報告よろしく~」なんて言われるものだから、止めずに継続しました。。
次は2014年7月の本社営業課転勤時です。
この時から毎日毎日最終電車になるくらいの残業が始まり、みんカラが苦痛になっていました。
しかし、営業職ゆえ、お得意先のお客様に自分自身を知ってもらうのに、みんカラを公表したりなんかして、次第に閲覧していただける方も増え、ならばと、その後も続けていました。
営業職時代はコミュニケーションのサブツールとして、みんカラは結構有効活用が出来ました。(^^)v
しかし、今回は状況がちょっと違います。。
それは・・・・
・・いままで、「定年」については真剣に考えたこともありませんでしたが、私も今年でもう57歳になり、通常の定年の60歳まであと3年となってしまいました。。
私の会社は現在、順次定年延長を実施していますので、実際私が定年になる年齢は64歳ということになります。
このシステムでは60歳から64歳までは同じ仕事をしながら給料が約半分になるということになります。
そこで、懸案となるのが、このまま60歳以降も今の仕事を続けるのかという点・・・
私には60歳以降の選択肢は主に次の3点が有ります。。
①このまま今の会社で約半分の給料で64歳まで働く。
②年金を貰うまではできるだけ①の収入を上回るよう、趣味を兼ねた仕事をする。
③現在、専業主婦の妻が大学講師に復職し、私は家事&軽い仕事をする。
④大好きな仕事:地方ローカル線の運転士として今の会社を辞めて65歳まで働く。
通常なら①ですが、私自身、「どうせ寿命は短い、だから生きているうちにやっておきたいことをする。」という大前提を掲げていますので、今の仕事・会社に固執する気はさらさら無いのが実情です。
私的には④が良いのですが、受け入れてくれる鉄道は遠方となるケースが多く移住か単身赴任になってしまいます。
因みに妻にはずっと専業主婦で居てほしい私には③の選択肢は有りません。。
ならばどうするのか・・・・・
ここは自分の人生とて、家族の生活環境が大幅に変わりますので、妻をはじめ、息子や娘ともよく話をして決めないといけないと思います。
なので、今後は自宅で「みんカラ」をしていた約2時間の貴重な時間を、妻や家族との話し合いの時間に回そうと思うのです。。(^^)v
そして、本来の定年だった60歳までには何がしかの答えを出そうと思っています。。
あと、みんカラが出来なくなるもうひとつの大きな理由はこれ・・・・
ストリートピアノです。。(^^♪
電子ピアノを購入した時から秘かに練習をしていて、実は昨年の秋にJR東日本さんの日立駅で初デビューしました。。(^^♪
曲目は以前から練習していた「渚のアデリーヌ」「パッヘルベルのカノン」「映画禁じられた遊びテーマ(愛のロマンス)」の3曲。(^^♪
何れも、バイエルを卒業した程度のレベルが有れば短期間の練習で弾くことが出来る簡単な曲です。。(^^)v
そして、遂に私にも孫が出来ました。。
孫には息子や娘にもそうしたように私の小遣いからピアノを習わせたいと思っています。。(^^)v
私の母は私が9歳の時に他界してしまいましたが、その母はピアノの教師であり、私も3歳から6歳までピアノを習いました。。
ピアノが弾けることが私の人生を大変豊かにしてくれたと確信しています。(^^♪
なので、孫にも是非ピアノを!
ひとまずは、孫と外出した際に、なんばCityやParksにあるストリートピアノで爺じが突然演奏!という展開を想定して練習してみます。
孫のためには「機関車トーマス」や「アンパンマン」がいいのかな??(≧▽≦)
「思い立ったが吉日」とばかりに本屋さんで楽譜も物色してみました。。
もちろん、クリスマスや妻や娘の誕生日など、特別な日もプレゼント曲を演奏できるようにしておきたいと考えています。(^^)v
あと、地元の駅の「みどりの窓口」も廃止されてしまいました。。
新幹線のネット予約が主体となり、夜行列車や国鉄型車両も消えてしまった昨今、「乗り鉄」趣味もそろそろ潮時かと思っています。。
その分を、定年後の生活考察や、ピアノの練習に充当すれば、お金もあまりかからずに済むかも知れませんね~ (≧▽≦)
あと、体が動くうちに登山などの様々なアウトドアースポーツもしておきたいたいです。(≧▽≦)
趣味の里山登山をより一層充実させるために、地図も新調しました (^^♪
・・ということで、暫くみんカラからは遠ざかってみようと思います。(^^)v
・・・とは言っても10年間続けてきた習慣を急に止めるのも現行週2回、月8回更新を、月1~2回程度の更新に落とすところから始めようと思っています。
嬉しいことに、現状、1週間以上更新が無ければ、直ぐに元上司や営業時代のお得意様などから安否確認メールが入ったりします。。(≧▽≦)
今後は更新回数が激減してしまいますが、安否につきましては何卒ご心配なさらないでください(^^)/
ではまた1カ月後あたりに更新させていただきますm(__)m。。。
今日(5月12日)は仕事がお休みでしたので、毎年恒例のつつじの大和葛城山へ行ってきました。
昨年はコロナ禍でロープウエイも運休でしたが、今年は定員を50名から30名に削減し、運行を続けています。
ロープウエイ運行と有れば、シーズン中は平日のでもつつじの平原は大混雑してしまいますので、今日は朝の4時前に起床し、出かけました。
今回は妻も一緒に登る予定をしていましたが、天気は生憎の雨予報・・・
流石に雨の時に登るのは妻も嫌だったらしく、結果的には今回も私の単独での行脚となりました。。
水越峠バス停付近の駐車場には5時15分に到着。。
満車なら諦めて金剛山でも登ろうかと思っていましたが、この時間は留めている車は私の他に4台しか無く、余裕で留めることができました。。
入山はダイヤモンドトレイルの「水越峠」から・・・・
登山口から20分間は新緑ときつい階段が続きます。
20分程登るとつつじが現れます。。
標高を稼ぐに連れ、つつじも多くなり、気分は盛り上がります。。
ここで初めて下山してくる夫婦連れに出会いました。。
つつじの高原で日の出を見る予定が、曇りで見れなかったそうです。。
野生の藤の花も咲いています。。
今にも雨が降り出しそうな空模様ですが、なんとか降らずにもっています。
高校時代からほぼ毎年大和葛城山のつつじシーズンには登っていますが、アプローチルートでのつつじは年々増えてきているように思います。。
苦しい急登の階段も、こんな景色を見ながら清々しく登山できます・・。
何よりも綺麗なつつじを撮影するため、5分~10分毎くらい歩行しては小休止というパターンを連続して行いますので、全く疲れが出ません。。(^^♪
30分も登ると、南西方向に金剛山が見えてきました。。
ここでも下山する単独ハイカーそれぞれ2名とすれ違いました。
これで駐車場に留めていた3台分の車の方とすれ違いました。
新緑とつつじの中、木製の急登階段はまだまだ続きます。。(^^♪
やがて大和盆地が見えると坂道も少しは楽になります。
万葉集に出てくる畝傍山や香具山も見えますね~(^^♪
つつじ高原の入口付近では大和平野の大展望です。。
ここでも1人が下山していき
・・・・(という事はもしかしたら頂上には誰も居ない??)
やがて、木々の間からつつじの大高原が見えてきて。。
登山開始から1時間半で頂上つつじ高原に到着しました。。
いつもなら先客の居る木製花見櫓にも人影は無し・・・
・・ということはほ本当に私一人??
美し過ぎるつつじの森の中、聞こえるのは鶯の囀りだけです。。(≧▽≦)
人が全く居ないつつじ高原は40年間登り続けて初めてです。。
朝の5時代から登るとこんなんだったんですね~。
初めて知りました。。
未だ雨は降って来ませんので、本当に無理してでも強制的に妻を連れてきてあげれば良かったな~。
(´・_・`)
今日は未だ満開ではなく、8分咲きといったところでしょうか。
今年は5月14日~16日あたりが満開の見頃ではないでしょうか・・・
本当に誰も居ないので、つつじを見るよりもなぜか人を探している自分が居たりなんかします。。
今まで見たことのない、人の居ないつつじ高原に感動です! (≧▽≦)
今年もつつじと金剛山の写真が撮れました。(≧▽≦)
毎年毎年、同じ構図の写真ばかり、もう40年間も撮り続けています。。(^^)v
素晴らしい眺めなので仕方ないですよね~。
最上部の花見櫓にも誰も人が居なくて、本当にここのつつじを私が独り占めしてしまいました。。
早朝で、しかも雨予報の日は人は少ないだろうなと思っていましたが、まさか頂上の櫓で私独りになれるとは、夢にも思っていませんでした。。
5つ有る櫓、全てが無人です。。
本当に貴重な体験です。。
ほら、下にも本当に誰も居ない。。( ゚Д゚)
誰も居ないついでに、本当の大和葛城山頂に行ってみることにしました。。
郵便ポストの有る珍しい山頂です。。
登山道はほぼほぼ奈良県なのですが、山頂は大阪府。。
不要不急の外出は控えなければならない緊急事態宣言宣告中です。。( ゚Д゚)
三角点を踏み、そそくさと下山を開始します。。
大阪府側には全くつつじは無く、広大な草原が続きます。。
大和葛城山頂から見た金剛山にもつつじは写り込みません。。(/ω\)
再びつつじ高原へ・・・・
やはり誰も居ません。。(^^♪
最後にもう一度、つつじ高原の頂上からの美しい眺めを目に焼き付けます。
売店も未だ朝が早いので当然閉まっています。。
現在午前7時10分。。。
雨が降り出しそうな匂いを感じましたので、いよいよ下山開始です。。
おっと、花見櫓に人影??
お~、ようやく頂上つつじ高原で人を発見することが出来ました。(^^♪
いつもなら大混雑のつつじ高原ですが、こうまで人が居ないと人恋しくなってしまいますよホント。。。。(´・_・`)
基本、人間嫌いで山では独りで居るのが大好きな私なのに・・。(/ω\)
つつじを撮影していると、後ろから「おはようございます~」と女性の声がしました。。
鶯の囀りの中、なんだか久々に聞く人の声です。
振り返ると、先ほど花見櫓に居た人でした。
この方も、無人のつつじ高原に驚かれた様です。
お仕事は私と同じ、現場で働く「エッセンシャルワーカー」。。
ちなみにご職業は看護師さんだそうです。。(^^♪
コロナ禍でどこの現場も疲弊しきっていて、こういった人の居ないところで過ごす休日は本当に必要ですよね~というお話になりました。
この後、午後からは出勤だそうです。( ゚Д゚)
この人が、今日、頂上つつじ公園で会った唯一の人でした。。
いやぁ、今日のつつじ登山は本当に最高でした。。
そしてまた、新緑とつつじのトンネルを抜けて、下山しました。。
因みにこの下山道では10組くらいの登山者とすれ違いましたので、この時間からは混雑してくると思われます。。
(下山完了8時45分・自宅帰着9時20分)
先日、朝の10時に仕事を終えて帰宅途中、駅前の月極駐車場に留めてあったサンバーのフロントバンパーの角に御覧の様な擦り傷が・・・・
私の借りている駐車場は1区画に軽四輪なら縦列に2台留めれる設定。。。。
最近は近くに住宅を新築した息子がお嫁さんの軽四で駅まで来る日もあり、そんな時には私の駐車場に留めるので、もしやと思い息子にメールをしたら案の定「ごめん」と・・・
前日、夜に帰宅する際に息子の車で角をこすってしまったと・・・
まぁ、一応、ボーナスが出たら治してねと言っておきましたがどうなるやら・・・
そしてさらに・・・・
スーパーの駐車場に留めて買い物をしていたら、何者かに左のミラーが当て逃げされていた (-_-;)
まあ私もミラーを折りたたむのを忘れていたのですが、それにしても十分スペースの有る駐車場なのに酷いお話です。。
田舎のスーパー故、防犯カメラも無く泣き寝入り。。。
仕方なく100均で黒色ビニールテープを購入し、応急処置・・・
てか、もう今は通勤&登山用のサンバーで今後も傷だらけになるでしょうから、もうこのまま行きます。。
まぁ、じっくり見ないと判らんっしょ・・・(/ω\)
そしてとどめは・・・・
またまた先述の駅前の月極駐車場で・・・・・
軽四を2台留める場合に後ろの壁側となる車に対する車止めの木片・・・
私がわざわざ息子との縦列駐車のために探してきて置いたものなのに、息子がこれを単にゴミだと勘違いして撤去・・・・
駐車場はほぼ直角に曲がる坂道曲線道路からにバックで侵入させる必要が有るため、入庫時にはそれなりのテクニックが要ります。。。
しかも2台留めるために、後方限界までいっぱいいっぱいに車をバックさせる必要が有りますので限界を把握するためにこの木片を置いたのに・・・。
息子が既に撤去してしまったことに気付かず、その日も私はこの木片に後ろのタイヤが当たるショックを頼りにバックしていて・・
「あれっ??」っと思った時は既に手遅れでした。。(/ω\)
そして案の定、低速ながらも後ろのコンクリート壁に衝突してしまいました。。
(/ω\)
駐車場は前のめりの坂ですので、駐車中のサイドブレーキ自然緩解による前方道路への逸走を防止するため、駐車時には少し前進させてハンドルを左側(壁面向き)にいっぱい切るため、どちらかというと左後ろを内側になるように後退します。。
それ故、本件事故では右後部に当たり、御覧の様にバンパーの左後部が突出。。
( ゚Д゚)
軽く接触しただけなのに、見た目は結構重傷です。。(/ω\)
一方、右後部はバンパーが押し込まれた状態で・・・
顎が外れたようになってしまい、しかも塗装が剥離。。(>_<)
これは後刻、タッチペンで補修しました。。
あと、バンパー本体にも塗装の剝がれが見受けられたため、タッチペンで応急修理です。。
幸い、リアエンジンのメンテナンスのためのバンパーの開閉は可能ですので、こちらもこのまま廃車まで放置プレーです。。(/ω\)
前バンパーに、後ろバンパー、そしてサイドミラーまで傷が付き、一気にオンボロ車になってしまった様な感じです。。(/ω\)
さて、そんなこんなで、愛車とわたしにとっては悲惨なゴールデンウイークでしたが、最終日は孫の初節句というおめでたい日となり、新しく完成した息子の家に家族で集まることになりました。。
その前に。「孫を撮影する」とことを口実に、欲しかった超防水・防振・耐寒ハンディカムをまんまと妻に家計で買ってもらいました。。(^^♪
今どき、スマホの動画機能で十分ですやんって思われがちですが、趣味の登山や釣りやカヌー、そして乗り鉄等、激しい降雨宇や水中撮影など、野外のハードな環境に耐えうるには、この機材を買うしか有りません。。(^^♪
この購入した機材はアウトドア関連機能については最高峰的存在なのですが、なぜか広角機能が甘いため、別売広角レンズが必要となるのが欠点です。。
(/ω\)
広角レンズにつきましては、店舗に在庫は無く、アマゾンで発注を掛けました。
超小型軽量サイズ自慢の機体も、御覧の様に広角レンズを装着するとそれなりに不細工です。。(´・_・`)
色調も4色から選べましたが、いつも持参する水中カメラと同色をチョイス。。
これで登山用のズボンの色と、ステッキの色、ヘルメットの色とカメラの色、ハンディカムの色が全てオレンジ色で揃いました、、(^^♪
アウトドアー時に明るい赤系の色を使うのは、服装は悪天候時や遭難時の発見され易さと、所持品は紛失時の探しやすさ、「忘れ」防止のためです。。
そんなこんなで息子の新居には12時に到着。。
お昼ご飯は出前でお寿司を注文して家族でリラックスします。。(^^♪
ランチの後は、四畳半の間に設置したミニ兜の前で記念撮影です。。(^^♪
今時の兜ってこんなんなんですね~。(´・_・`)
妻は息子や娘については勉強に躾にと大変厳格に育てたのですが、孫の前ではもうすっかりメロメロの優しいお婆ちゃんです。。(^^♪
因みに私もメロメロです。。
息子夫婦はしっかりとこの子に勉強させて、厳しい躾をしなさい。。(~_~メ)
その裏でお爺ちゃん、お婆ちゃんは甘やかせまくりますからねっ (^^♪
・・・ということで、子育てに奔走する息子夫婦の体力増強のために、夜は焼き肉を食べに行き、ハンディカムの購入も有って、家計の財布はすっからかんになってしまいました。。
息子夫婦よ、これからも孫の子育ては大変だと思うけど頼んだぞ!
そして・・
高価なハンディカムを買ったばかりなのに、帰宅すると宅配便がやってきました。。
妻の機嫌が一気に悪くなりました。。(/ω\)
Josinさんのネットショッピングは本当に怖いです。。
半年ほど前に先行予約でポチッとしたやつが、忘れた頃に送られてきます。。
117系「銀河」・・・
最近のNゲージ完成品は恐ろしいお値段です。。(;'∀')
これだけは何度「やめる」宣言してもやめれませんね。。(/ω\)
103系ネタが続き申し訳ございません。。m(__)m
コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、GW期間中も仕事上がりと公休日は自宅でゴロゴロを決め込みましたので、今回も3月の没ネタ・103系行脚を披露させていただきます。。
今回の行脚は、前回訪問時に1編成も運用に就いていなくてフラれてしまった奈良線の103系のリベンジ乗車のために企画しました。
仕事を午前10時に終えた日に、先日の行脚でも乗った201系の快速運用を皮切りに奈良線の103系を訪問しようと企て、新今宮駅からJR難波行に乗車しました。。
この日もJR難波駅では201系同士の並びが見れましたが、この201系も2年後までには全廃が決定しています。。
既に首都圏では全廃後10年経ちますから、関西は物持ちが良い方です。。
因みに首都圏では山手線に201系は走っていませんでしたので、ウグイス色は関西限定色となり、首都圏の方々にとっては馴染みの薄いカラーとなります。。
そして、何よりも日に数本しかない快速運用なのが良いですね~。
大和路線では快速には221系が使用されるのが定番ですから・・
しかも「王寺行」という中途半端な行き先 (≧▽≦)
車内はリニューアルされていて新車並みなのですが、もう廃車とは勿体ない。。
南海さんや近鉄さんでは製造後50年を経過した電車がバンバン走っているのに、さすがJR西日本さんはお金持ちです。。
103系並みの爆音モーターを楽しみながら王寺駅に到着すると、ここにも201系はゴロゴロと居ました。。。
この形式も登場後40年が経過していますが、一向に古さを感じさせないデザインなのでまだまだ「新車」だと思っていました。
でももう廃車になるとは月日の流れの速さには驚かされます。。
王寺駅では定番の221系の大和路快速に乗り継ぎます。
この221系の東海道・山陽本線で活躍する仲間が都落ちしてきて、大和路線の201系を置き換えると言う流れだそうです。
奈良駅に到着すると、全列車223・225系化されてしまった阪和線から都落ちしてきた205系1000番台車が待っていました。
本当はここから103系だと嬉しかったのですが、そうは甘くありません。。
この205系も車内はかなりリニューアルされていますので、201系があと2年ならこの形式はあと5年以上は走れそうですね~。
取り敢えず、先頭車の運転席後ろで離合する103系が有るかどうかを調査します。。
103系に比べて205系は窓が大きく、運転台が高いので運転士さんからの眺めは良好です。。
おっと!早速103系と離合です。(≧▽≦)
これで今日は「食いっぱぐれ」が無いことになりました。(^^♪
奈良線の普通列車は205系の運用が殆どで、それに加えて221系が少しあり、103系は2本だけという状況です。。
この205系も首都圏では既に淘汰されていて、インドネシアのジャカルタなどに中古車として輸出されています。。
国鉄型通勤電車には都会的風景が良く似合いますが、首都圏の方々にはもう遠い思い出になxってしまったことだろうと思います。。
そして京都駅に到着すると、ここでも103系を発見!
今日は2編成がフルで走る大変幸運な日の様です。。
余裕が出来ましたので、京都駅を後にして前回訪問時に閉まっていた崇仁の「まんぽ焼」を食べに行くことにしました。。
改めて訪問すると、やはりお店が有った京都駅東部の象徴ともいえる崇仁地区の改良住宅群が跡形もなく撤去されていました。(/ω\)
がらりと様変わりしてしまっています。。
お目当ての「山本まんぽ」さんはそこから約100m北側の真新しいマンションの1Fに有りました。。
初訪問した20年前は「まんぽ焼」とは「男も女も、つまり、まん〇もチン〇も大好きなお好み焼き」という意味で命名されたと聞きましたが、今、「Wikipedia」などで検索を掛けてみてもその記述が何処にも出てきません。。(/ω\)
ガセネタだったのか、はたまた何らかの問題が生じて封印されてしまったのかは定かでは無く、今やネーミングの由来は謎に包まれています。
お店の中に入ると、昔、改良住宅の1Fに有ったころよりも遥かに奇麗になり、求めていたイメージとはかなり乖離していました。。(/ω\)
まんぽ焼は肉体労働者に塩分を補給するために非常に塩辛く焼かれたお好み焼きですので、食べるにあたり、ビールは必需品です、(^^♪
店長から「ソースは辛口・中辛・甘口のどれにしますか?」ってきかれたので「辛口」と答えると「辛口は普通の人は食べれないので、中辛にしときなはれ」と言われて「中辛を指定。。。
これがそのそもの間違いで。。。
出てきたまんぽ焼ですが、これが想像していたより辛くなかった。。(/ω\)
やっぱ20年前から「まんぽ焼」を食べるなら「辛口」だった訳です。。(/ω\)
あと、玉子も生掛けが基本のところ、半熟を指定してしまいました。。
こちらがメニューですが、しきたり的に「全部入スペシャル」を注文する流れになっています。。(^^♪
さてさて、意気揚々と、103系運用の電車の合わせて京都駅に行くと待っていたのはなんと221系。。
どうも103系は奈良で運用を打ち切り、入庫してしまった様です。。
仕方無いので、先ほど京都駅で見た車両を追いかけて木津駅で下車。。
そして遂にやってきました103系!
お口の回りが何だか継ぎ接ぎ塗装になってしまってボロさを醸し出していますので、この先、もうあまり長くは運用されないのでしょう。。(/ω\)
MT55型モータの音が響き。。
先ほどのビールも回ってほろ酔い気分での乗車です。。
京都駅でも折り返し城陽行に乗車します。。
小学1~3年生の頃、母が入院する病院と叔母の家からの通学のために乗車した103系ですが、決まって運転台後ろのこのポジションをキープしていました。。
そして背伸びしてこの小さな窓から前面を見ようとするのですが、たいていは昼間でも労働組合の指導でカーテンが閉まっていて、反組合意識を持った運転士に当たらない限りは前面は展望できませんでした。。(中には子供が見ていると開けてくれる運転士さんも居ましたが・・)
今ではイケイケどんどんで運転する様子を見ることが出来ます。
私にとっての分割民営化の利点です。。
奈良線では高速運転は有りませんので、時速60~80kmくらいが限度です。
原始的な紙製時刻表も今では珍しくなりましたね。。
NFBがズラリと並ぶ運転台。。。
制動は「初込め」無しに一気に2.4kpaまで込めます。。
私が運転していた某鉄道の「初込め」は0.5kpaで、電気制動立ち上がりのショックを流していましたが、103系では電気制動の立ち上がりが非常に遅いので、初込めを少なくすると空走してしまいます。。(/ω\)
電気制動が立ち上がると効きが良いので一旦1.4kpaまで緩めます。。
そして終盤、低速域で空気制動に切り替わると一気にブレーキが甘くなってしまうので3.2kpaまで一気に減圧し、そのまま停止します。。。
これが103系でよく使われる制動テクニックですが、本来ならもっと制動距離を短く執って3.2kpaの1本で停止まで持っていきたいところでしょうが、そうすることが出来ない何らかの事情が有ると思われます。。
私が運転していた電車は103系よりブレーキが安定していましたので、極限まで制動距離を短く執り、「初込め」から3.6kpaまで一気に減圧、その後停止位置目標の10m手前で2.2kpaまで排気し、停止直前は1kpaまで弛めていました。。(^^♪
私の少年時代はスーパーカーと特急電車と野球が流行り、男児ならみんな大阪駅などに「つばめ」や「はと」などの特急電車の撮影に行きましたが、私はその頃から103系の大ファンで、大阪駅では独りで103系ばかりを撮影していて、みんなに変態扱いされていました。。(^^♪
いまでもこんな電車らしい電車は他に無いと思います。。
全開の出来る「田」の字型窓は最高です。。
今や白サッシの「田」の字型窓はこのN407編成とN409編成のクハのみ4両となってしまいました。。
ここの103系も221系の転属で廃車となるのでしょうか。。
奈良線では複数個所で複線化工事が施工されていました。。
終点の常用では回送表記となり、安全側線に転線していきます。。
踏切の向こう側の側線に佇む103系。。。
やがてヘッドライトが転倒し転線開始です。。
いつまでも見ていたいですね~。
この車内もいつまで見れることやら。。。
結局この日も日暮れまで103系と戯れ、またまた201系の快速運用に乗車して帰宅しました。。
3月中旬の103系巡りの最終ランナーは今春のダイヤ改正以降も和田岬線に残った最後の元祖103系・スカイブルーの6両編成。
現行の103系では最長編成です。。
兵庫駅の地上ホームという利用者以外は知り得ない片面単線ホームに103系は停車していました。。
都会のビル群の片隅に目立たなく停車する103系・・
今や奈良線の4両×2編成と、この和田岬線の6両×1編成のみが元祖103系の面影を色濃く残す稀有な存在となってしまいました。。
運行区間が兵庫~和田岬間の2,7kmと非常に短く、しかも途中駅の無いいわゆる「チョン行」運転である事、さらに低規格線路の単線区間であることも相まって高速運転が出来ず、持ち前の高加速性能の発揮も出来ない点が残念なところです。
低速なので当然MT55型モーターも唸りをあげることは有りません。(/ω\)
103系の方向幕は車体中央ではなく2エンド側の端部に設置されているため、編成の2エンド側では御覧の様に方向幕が近くに2つ有ると言う国鉄時代の無駄使いが残るのもご愛敬です。
普通の感覚ならば右側の方向幕は設置しなくてもいいでしょ。。(´・_・`)
方向幕の部品を1両分減らせる設計をしたのに、国鉄の縦割り行政でその優秀な設計が生かされず、無駄遣いが生じてしまっています。。(´・_・`)
東京圏内や関西圏内、中京圏内では当たり前に見られた103系の「田」の字型ユニットサッシを見れるのも、ここと奈良線だけになってしまいました。。
外観上のデザインを無視し、実用一点張りで設けられた車体ドア横のMT55型モーターの冷却用空気取り入れ口の無骨なスリットも健在です。
国鉄規格では急カーブが無いため、隣の車両との連結間隔は狭く、端面に書かれた形式表記と、故障時や検査入場時に機関車で牽引した場合の2軸貨車に換算した場合の両数表記が国鉄時代の名残です。
この場合、モハ103型は空車で2軸貨車4両分、100%乗車で4両半分という意味ですが、もう既に2軸貨車そのものがこの世に存在しませんし、検査入場時でも自力で走行するようになりましたからね~ (´・_・`)
さて、いよいよ懐かしの103系に乗車します。。
青いシートと金属の握り棒、それに剥き出しの扇風機とステンレス地で冷たい印象の扉が国鉄時代から変わらない無骨な車内。。
正に「The 扇風機」です。。(≧▽≦)
スピーカーは勿論、昭和初期からの国鉄標準型の弁当箱型拡声器。。(≧▽≦)
昭和・国鉄仕様の非常通報押しボタンはあまりにも目立たなさ過ぎるので、後にシールが貼られました。。
デザイン性を無視して実用一点張りに造られた冷たい印象を受ける車内は昭和チックで素敵です。
昭和時代と違うのは、広告媒体がスマホへと変わり、人気の無い車内広告が全く掲出されていないと言う点でしょうか。。(´・_・`)
ただでさえも殺風景な車内ですが、余計に寂しさを感じてしまいます。
床面は老朽化で底が錆びて継ぎ接ぎだらけです。(´・_・`)
私の大好きな車端部の座席です。。
誰も居なければ御覧の様に貫通扉を全開にして、床下から聞こえてくるモーターの爆音を楽しみます。
我ながら、103系の「乗り鉄」に関しては変態の域に達しています。( ゚Д゚)
兵庫寄りのユニットは車端部に窓が残されていていい感じです。。
一方、こちらは窓が埋められてしまった和田岬側のユニット。。
窓の有る無しで、圧迫感が全然違いますね~。
この部分に窓が無い車両はどうも苦手です。。
窓が有る側から無い側を望んだ図です。。(´・_・`)
そして103系はガラガラの状態で定時に発車!
兵庫駅発は夕方のラッシュでは帰宅方向とは反対ですのでガラガラです。。
単線の低規格路線ですのでスピードが出せず、面白みに欠けてしまいます。。
半面、和田岬駅では御覧の様に黒山の人だかりです。。
103系では低速域での空気制動は非常に甘いので、制動は慎重に。。。
僅か1駅の運転、約5分で終点の和田岬駅に到着してしまいます。。
ちょうど訪問した時期は10日近く早く開花した桜が満開で、その下を大勢の通勤客が帰途に就いていました。。
通勤客がどんどんと103系に吸い込まれていきます。。
私と同世代の人は桜に反応してしまいます。。(≧▽≦)
この103系と桜の風景が1年でも長く見られることを祈るばかりですが、雲行き的には来年は残っているかどうかってところです。。(/ω\)
因みに、ここで使われる103系は乗務員教育訓練に関する装備を搭載した唯一の編成で、電車が走らない昼間時間帯に乗務員の訓練が行われるとのことで、ここの103系はこれから先も当分は残るだろうと言う楽観論も存在します。。
昭和38年、東京の山手線から始まり57年間も続く103系での通勤風景。。
昭和時代、都市部ではごく当たり前だったこんな風景も、もう今や奈良線・和田岬線の原形車両と加古川線・播但線の改造車両、そして福岡の筑肥線の一部区間のみとなってしまいました。。
いつまで往復しても飽き足らず、2時間近くここに居ました。
今や103系は地方線区に都落ちした感じですが、103系にはやっぱこんな混雑した通勤風景が一番お似合いですね~。
そんな風景を見るにはやはりここ、和田岬線が最適だと思います。
和田岬線の混雑するホームで通勤ラッシュを眺めて悦に入っている私を見た人には、さぞかし変態&不審者に写ったことでしょう。。(*´Д`)
この日は103系に乗りまくって少々遊び疲れとなりましたので、早目の時間帯でもお久しぶりに営業職時代、。毎日毎日終電近くまで残業ばかりしていた頃によく乗った座席指定特急列車で帰宅しました。
残業してお疲れモードで別途特急料金を支払い、夜遅くに車内でビールを飲んで帰るよりも、定時に仕事を終えて、103系で帰宅して自宅でビールを飲める人の方が人生数倍有意義で幸せだと思います。。
まっ、現場勤務となった今は、会議の日以外は毎日毎日定時で帰宅していますので、とても幸せなんですがね~(≧▽≦)
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