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レッズレノンのブログ一覧

2017年02月26日 イイね!

行田へ、ポカポカドライブ!

行田へ、ポカポカドライブ!


行田の

気温は14℃。




クルマの中は

エアコン入れないと

暑くて暑くて...。


途中、

あちこちで

梅がちらほら咲いていて

気分も上がります。


まずは

「行田八幡神社」。


そして、「忍城」。








「忍城おもてなし甲冑隊」!!


「忍城」の北側道路の向かいには

忍の「諏訪神社」と「東照宮」。


「忍城」の遺構がほとんど残っていないのは

なんでだろう?」という

今までの疑問が

少し解消されました。

(現在の天守は模擬天守)


(江戸に一番近い親藩だったので、何も残さずに
取り壊すように命じられたのかー、忍城!! 
樹木もすべて伐採とはっ!!)



「諏訪神社」。


「東照宮」。




ご朱印と福豆を拝受。



(緑の部分の土塁は、いい状態で残ってます)

お次は

気になるご朱印がある「大長寺」へ。













最後は「前玉(さきたま)神社」。


1676年建立の「鳥居」。


古墳の上に、お社が。


鎮守の杜を抜けると

目の前には、巨大古墳!


今まで、何度かチャレンジしたものの

いただくご縁に恵まれなかった

「前玉神社」のご朱印...。


新しいシステムも導入されており。





何年か越しに、拝受!!


帰り際、

そばにいたニャンコ大先生(きなこ)に

「じゃあね、バイバイッ!!」と声をかけたら

「にゃっ」と返事をしてくれました!!

(写真は、間近であいさつしてくれたあと
社務所に戻る大先生)




Posted at 2017/02/26 17:15:15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2017年02月25日 イイね!

「ヤクルト工場見学」から「古河散歩」。

「ヤクルト工場見学」から「古河散歩」。
今日は

次女のお友達も連れて

1週間前に改装されたばかりの

「ヤクルト茨城工場」へ。







その後は

古河まで足を伸ばします。


長谷観音。


すぐそばの「鷹見泉石記念館」















お向かいの「古河歴史博物館」へ。


さすが、雪のお殿様!!

お手紙にも雪が散らされています。


1878年頃に描かれた「鮭図」には

圧倒されました。

(やっぱり、実物と写真は違う!!)


慶喜の油絵も見ちゃいました。





お昼ごはんを食べに「坂長」さんへ

向かいます。



小学校のフェンスにも、雪の結晶!




歩道にも。


「古河のお休み処 坂長」、着!






ここにも、雪。


雪!





「雀神社」へ。




最後は、「古河総合公園(古河公方公園)」

古河めぐりは終了。








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「中世、東日本の歴史を語るとき、

『古河公方』を抜きに語ることはできません」。


古河歴史博物館がかつて企画展「古河公方足利氏」を開いた際、

来場を呼び掛けた文言だ。

こう続ける。

「中世の古河は、東日本の将軍の御座する、

東国随一の政治・文化の中心都市であったということができるでしょう」


そこまで言われると、がぜん古河の歴史が知りたくなる。


室町幕府は東国支配のため鎌倉府を置き

将軍家の出身者を配した。


この「鎌倉公方」はやがて独立志向を強め、

一方の将軍家は東国統治の実権を奪いたい。

両者の関係は険悪化。

公方は補佐役の関東管領上杉氏とも対立-。


1454年に重大な事件が起きる。

時の鎌倉公方足利成氏は意に沿わない

関東管領上杉憲忠を謀殺。


幕府は上杉勢に援軍を送り鎌倉を落とした。

このため成氏は古河に移り、初代「古河公方」が誕生する。


学芸員の永用(ながよう)俊彦さんは

「もともと古河は反幕府勢力を駆逐するための軍事拠点だった。

さらに鎌倉公方の御料所(直轄地)だったこともあって

本拠にしたのでしょう」と語る。


古河には家臣が集住。

鎌倉から多くの寺社が移転し、

僧侶や文化人も移ってきた。


城下は商人や職人で活気を呈し、

渡良瀬川や思(おもい)川を活用する

水上交通は一層にぎわった。


東国の動乱は古河公方を軸になおも続くが、

小田原の北条氏が台頭する中で弱体化し、

5代義氏が死去(1582年)すると、

歴史の表舞台から消える。


同館の古河公方に関する展示は

成氏が記した感状など4点にとどまるが、

江戸時代に巨大化した古河城の模型が目を引く。


関東では江戸城に次ぐ規模だったという

古河城(明治以降の河川改修で取り壊された)。


日光街道の宿場でもあった城下町は繁栄を極めた。

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Posted at 2017/02/25 20:54:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 工場見学 | 日記
2017年02月19日 イイね!

「簗田氏」に思いをはせる1日。

「簗田氏」に思いをはせる1日。
簗田(やなだ)氏は

室町時代・戦国時代に

下総国・関宿城(千葉県野田市)および

水海城(茨城県古河市)を根拠として活動。


鎌倉公方・古河公方の家臣であり、

特に古河公方の時代には筆頭重臣になりました。

(幸手の「一色氏」も古河公方の有力家臣。
今度、幸手もいろいろと調査します)


まずは

簗田氏の菩提寺の

東昌寺へ。


とってもいいにおいの

蝋梅がお出迎え♪




楼門。

(松尾芭蕉と河合曾良が奥の細道の旅に出た
1689年建立)。




「楼門」の下にあった

これは何??


「山王権現」さまにお参り。




豊臣秀吉による小田原征伐の際には、

徳川家康がこの寺に泊まったそうです。


城郭として使用された形跡もあり、

堀跡が残存しています。


「地蔵堂」(?)


今にも崩れそうです。


元亨年間(1321年ごろ)に制作された「梵鐘」!!

約700年前のものですよっっ。




それが。


実に「何気なーーい」感じで

つりさげられていました......。




おおらーーかな

ご本堂内。


ご住職がいらっしゃらなかったので

ご朱印はいただけませんでしたが

こんなものたちを

いただきました。




「何事も 笑顔にて 参り候う」




白梅も

とってもきれいでした。





お次は

関宿城博物館のセミナーへ。

「簗田家文書の世界Ⅳ-書状類③-」を

学びます!!


途中見つけた

「日吉神社」。


東昌寺の山王権現と

対をなしています。







関宿城博物館、着。



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「簗田家文書の世界Ⅳ-書状類③-」

内容:

戦国時代に関宿城主であった簗田氏は、

古河公方足利氏の重臣でした。

北関東への進出を狙う後北条氏とたびたび合戦に及びました。


今回は、前回に引き続き簗田家文書の中から

書状を中心に取り上げ、

簗田氏の天正期以降の動向についてお話します。


講師:新井浩文氏

日時:平成29年2月19日 (日)
    13時30分~15時30分

定員:30名

受講料:200円

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北関東への勢力伸張を狙っていた後北条氏は

公方(足利家)権力の形骸化を目論む過程で

簗田氏と対立・拮抗、

三次に及ぶ関宿合戦を経て

簗田氏が関宿城を開城するまでその関係は続きました。


文書の形式、書式、内容を見ると

その過程がリアルにわかり、

なかなか興味深かったです。




後北条氏の意向は

古河公方(足利氏)が出す文書を通じて

梁田氏に伝えられる、

という形式を常にとっていて

後北条氏から、直接、

梁田氏に命令が下される形式には

なっていませんでした。


古河公方重臣という立場を配慮しながらも

実質的には、後北条氏が支配するという

二重支配構造がおもしろかったです。


戦がない時の文書は

将軍家ならではの

儀礼的な形式・内容のものが多く、
(お歳暮ありがとう、「ご誕生おめでとうございます」への返礼 etc.)

戦が近くなってくると

文書の形式も、後北条氏の形式に近くなり

儀礼色が薄まり、

内容もキナクサーーイものになって
(人馬をいついつまでにこれくらい準備せよ。
詳しくは別途、北条のものから伝える! etc.)

緊迫してきます。



関宿城は

本当に

戦略上重要なお城だったようです。




Posted at 2017/02/19 19:15:07 | コメント(1) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2017年02月12日 イイね!

櫻木神社の『御武射祭(おんぶしゃまつり)』。

櫻木神社の『御武射祭(おんぶしゃまつり)』。
2月の

第2日曜日、

午後2時といえば、

櫻木神社の「御武射祭 (おんぶしゃまつり)」。





昨年

なんと22℃もあったようです。


今年は10℃。


風が吹かなければ

日射しは暖かです。

























「ワラ玉」取り神事。

ちびっ子編。


大人編。


「俵越え」の儀。

討った妖魔を閉じ込めた米俵をまたぐと、

一年を無病息災で過ごせるそうです。




「福豆」もいただきました。









帰宅後

玄関に「ワラ玉」を

飾りました。



Posted at 2017/02/12 18:11:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2017年02月05日 イイね!

壬生へドライブ 2!

壬生へドライブ 2!

「精忠神社」のあとに向かったのは

神仏習合の名残を残す

「小林神社」。



薬師三尊像が安置されている

「神社」らしいのですが

謎は解けずッッ。













最後は

「磐裂根裂(いわさくねさく)神社」。


ちょっと不思議な

雰囲気を持った神社ですが、

「亀塚古墳」の前方部分にお社が建っています。








拝殿脇に

「亀の七福神 順路」???


こういうのがあったら

必ず行きたくなる性分!!


.......................ははぁーーん。


円墳を「亀の甲羅」に見立てて

七福神を配したんですな...。





社務所で

ご朱印を拝受。












帰りは、

ずーーっと気になっていた

「壬生一里塚」にやっと寄りましたー。





Posted at 2017/02/05 12:59:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記

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