●フルラインSUVの新星と楽しむコスパの知能戦
2021年9月14日、トヨタはCセグメントのSUV「カローラクロス」を発売した。2020年7月にはタイでカローラクロスが世界初公開されており、今回取り上げるのは日本市場向けである。
SUVが自動車業界のメインストリームになって久しいが、近年のトヨタはSUV攻勢を強めている。TNGA化以降、ぱっと思いつくだけでもだけでも2016年のC-HR、2017年のハイラックス、2018年のレクサスUX、2019年のRAV4、ライズ、2020年のハリアー、ヤリスクロス、2021年のランドクルーザー、レクサスLX、レクサスNXなど、総力を挙げてSUV化に腐心し、お隣の中国ではクラウンクルーガーなるSUVもデビューさせているほどだ。既にご近所にある自動車メーカーの事を「フルラインターボ」だとか「フルラインGDI」などと笑えない状況にある。
SUVは過去に我が国でもてはやされたステーションワゴンのパッケージングとミニバンの見晴らしをクロカン風の冒険心あるスタイルで包み込んだ90年代RVブームの集大成のようなボディタイプ、言い換えるなら本格クロカンの弱点を技術によって大衆化したファショナブルで便利なボディタイプなのである。
本来トヨタはCセグメントにTNGAの尖兵としてC-HRを擁しており、「TOYOTAの世界戦略SUV」として日本でも大いにヒットしたことは記憶に新しい。
C-HRはあのエグいスタイルに命をかけているだけではなく、意外と見栄え、パッケージングや走りにまともな一面を持っていた。さすがにラゲージや後席は割切られていたが、思ったよりもキチンと走るし、細部への配慮も感じられ悪くないと思っていた。
そのC-HRも当初の爆発的なヒットによって需要が一巡したからなのか、エモーショナルデザインが飽きられ始めたからなのか、或いは競合車の追撃で徐々にシェアが下がってきたところに二の矢としてカローラクロスを出してきた事はトヨタにとって重要だ。C-HRで得られたマーケットの反応が最大限フィードバックされているからだ。一般的なモデルライフが伸びている傾向の中でわずか4年でFMC級の改良モデルが出る(=投資される)という事は如何にSUVの販売を伸ばすことが経営者目線で大切なのかを物語っている。
開発の狙いは「お客様の期待を超えるユーティリティ+車格感をカローラの価格帯で提供」なのだそうだ。
ボディサイズは下記の通り、カローラセダンやツーリングと同じホイールベースを持っており、カローラスポーツにルーツを持つショートホイールベース版である。もう少し比較対象を広げると、ヤリスクロス、C-HRよりも大きくRAV4より小さいという絶妙なサイズ感である。
SUVはアップライトなパッケージングを得やすいため、ファミリーユースとの親和性が高い。スポーティとか燃費のためにセダンや2BOXはどんどん全高が低くなってスペシャルティ色が強くなっていくが、SUVはオフロード車という出自から車高が高いことが普通だ。更にモノコックゆえ低床化が可能であるため、ボディサイズの割に広々したキャビンを得やすいのである。同じ全長なら背高パッケージの方が広々したキャビンと荷室を得る事が出来る。これが90年代に日本の自動車業界を席巻した「メガガンマ」思想の力なのである。
例えばカローラツーリングと比較(以下、基準車と表現)すると全長はほぼ同じで比較車より5mm短い。そこに大径タイヤを履かせる事で最低地上高を+30mm(カタログ参照)稼いだ。着座位置も見直してFrヒップポイント高は前/後:641mm/657mm(基準車比:+123mm/+119mm)とした。トヨタでは乗降しやすい座面高さを590mm~645mmとしており、カローラクロスもほぼ一致する。
余談だが初代イプサムも1列目のヒップポイントを660mmに設定し、最終型ビスタも590mmとして近い寸法を狙っていた。TNGAで低重心を狙って低く座らせる現行カローラセダンが518mm、北米市場が主戦場の現行RAV4では717mmだという。
2000年頃のキャビンフォワードパッケージで居住性の良さを実感した世代の一人である私にはこの設定は非常に魅力的に映る。(しかもSUVルックのおかげで外観的違和感が皆無である)
適切なヒップポイント高に加えてカローラクロスのヘッドクリアランスは基準車から前後で+45mm、+49mm向上しており、余裕ある室内寸法を得ている。基準車と同じP/Fを流用しながら、やはりSUVルックとする事でデザイン的に無理なくヒップポイントを上げ、ヘッドクリアランスを確保している。パッケージング的に人をアップライトに座らせ、その分後席乗員の脚が無理なくフロアに収まる事でTNGA共通の欠点であるシート取り付けBRKTが邪魔、というネガの解消にも大きく寄与している。
更にFF車に新開発のトーションビーム式サスペンションを採用した。ダブルウィッシュボーンよりセッティングの幅が狭まるものの、荷室スペースの確保と原価低減が可能だ。
良い事ばかりでは無く、インパネアッパーがソフトパッドだったのにカチカチの硬質樹脂になった、或いは内外装部品の加飾がメッキでは無く金属「調」塗装だったりするのだが、全てにおいて花より団子を選ぶのがカローラクロスの生き様なのだ。(あの面積をメッキや更に高額なサテンメッキにすると数千円が一気に飛ぶはずだ)
既にカローラシリーズの売り上げの半分近くをカローラクロスが占めていると言われており、かつて類似した立ち位置ながら一代限りでラインナップから落とされたヴォルツの頃とは大違いである。
いま、各社が商品に個性を与えようとして過度に尖ったクルマ作りをする事例をよく目にする。居住性を不満が出かねないレベルにしてエモーショナルな意匠を奢る、とか動力性能をギリギリにして低燃費に振るとか、街乗り快適性を損なってでもオフロード性能を際立たせる、など個性探しに躍起になっている。それは、自動車のプロでは無い私たち素人に自社製品を選んで貰うための必死の作戦である事には違いない。
一方でカローラクロスは競合するCセグ周辺のSUVと比べると突出した個性を持たない代わりに実用車として求められる諸性能と価格のバランスが至極高い。それは巨大メーカーであるトヨタにしか作れない種類のクルマだと感じるし、どことなく1990年代のRV車的な気軽さも感じさせてくれる。
体力面でトヨタに敵わないメーカーの立場ならせっかく投資してSUVを作るのだから、差別化のため個性を探しがちだ。(その個性こそが顧客を強く引きつけるので戦略としては正しい)
逆にトヨタは既にサイズ違いのSUVを数多く擁しており、無難な商品を作る余裕があるとも言える。持論だがトヨタは本来はこういう車をたくさん作るべきだし、かつてのトヨタはそういう車を地道に作ってきた。
個人的にサイズ感(車幅)やNV性能(特に後席)に不満はあるが、例えば親戚や友人から相談されれば話を聞いた上で選択肢に追加しても良いと思うレベルだ。
カローラユーザーの端くれとしては「カローラなのだから、実用性+αでクラスを超える憧れを演出して欲しい」という想いもある。しかし、私たちの給与が30年以上横ばいの中、車両価格だけが上がっていく現状の中でれっきとしたCセグSUVが他社よりは安く手に入るのであれば、それも+αと言えるのでは無いか。
更に販売のためにSUVというボディタイプを名乗ることで、スタイルを損なう事無くちゃっかりMPV的快適性を実現しているのは実にしたたかであざとい。しかし、そのしたたかさこそがカローラの持ち味であり、50年以上にわたって支持されてきた原動力なのである。
結論、カローラクロスは型式にEが含まれていなくても、間違いなくカローラファミリーの一員と言える。