Karasanのブログ一覧

一週間の仕事をなんとかやり過ごし、帰宅した俺に向かって駐車場からアイツが囁く。
『遊ぼうよ』
新しいシューズを手に入れて、走りたくて仕方ないらしい。
「いいよ。あとでな」
週末にもかかわらず、アルコールを口にしない俺に家族が訝る。

皆が寝静まったころ、俺は静かに玄関の扉を開けた。
久しぶりに満点の星空だ。
「お待たせ」
ガッチリとしたドアノブを引き体をシートに滑り込ませる。
「んっ」
何だか他人の椅子に腰掛けた様な違和感だ。
『太ったんじゃない？』
「余計なお世話だ」
ポジションを直し、キーを捻る。
アイツの高鳴る鼓動が全身に伝わってくる。
『早く、行くよ！』
静まり返った住宅街をスルスルと、夜遊びを覚えた中学生のように抜け出した。


国道沿いの明かりが次々と後ろへ流されていく。
少し開けた窓から入ってくる風はすっかり冬の匂いだ。外気温計は15℃。
「ちっ、寒いな。このまま行こう」
パーカーで出て来た事を少し後悔した。

『何処行く？』
「決まってるだろ」
radioからはマイルスのナンバーが静かに流れている。



ワイディングロードに入ると、元気のイイ奴らがタイヤを響かせながら駆け上がってゆく。
『新しいシューズ試してみようよ！』
「そうだな。慎重にな」
俺が言い終わらないうちに、アイツは大声で吼えながら山頂まで駆け抜けた。




何度となく来ているのに、今日は何だか知らない場所のように感じる。
缶コーヒーを1本飲んで山を下りる。

途中ふらっと寄った駐車場に大勢の人影が。
そこかしこに並べられた天体望遠鏡。
車から降り、その光景を眺めていると、人影が近づいてきた。
「天文クラブのイベントなんです。のぞいて見ますか」
「いいんですか」
40ｃｍのドブソニアンで見るジュピターは、すぐ目の前にぶら下げられたビー球を見ている様だ。
M42も写真のように雲が見える。
子供の頃初めて望遠鏡で月面を見た興奮が蘇る。
こんな気持ちになれたのも、アイツのおかげ。これがよく言う小さな奇跡か？



いくら興奮していても、気温5℃にパーカーでは長居は出来なかった。
後ろ髪引かれる思いで駐車場を後に、下りの腕試し。
ところが、赤いランプの付いた車が熱心に仕事をしていた為、アクセルペダルを全く踏まずに山を下りた。
『残念でした』
「また今度な」
「そうだ、お前の写真撮ってなかった。記念に撮ってやるよ」
「ハイ、チーズ」






嫁のアイシスですけど何か(^^)