2011年01月31日
雨の日の喫茶店には、
ラッコの店員がいる。
ラッコが二本足で注文を取りに来る。
『ご注文はお決まりでしょうか?』
毛皮が濡れてつやつやしている。
くりくりした目は、
傷がついたらかわいそうなくらい、
キュートだ。
『ホットココアで。』
ぺこりとお辞儀をすると、
よちよちと下がっていく。
純喫茶には似合いの使い込んだ猫足の椅子。
ビロードのクッションはちょうどよい感じにくたびれていて、
僕はここが大のお気に入りだ。
一番奥の二人がけの小さな席で、
待ち合わせまでの時間を、
のんびり過ごすのだ。
あと、
小一時間はあるかな。
仕事かばんから読みかけの小説を取り出し、
ふう、と、
背もたれにからだをあずける。
ふと気がつくと、
ラッコの店員が、
ホットココアをよちよちと運んできていた。
『お待たせいたしました。』
『ありがとう。』
店内の電球色に照らされて、
歩いた後の濡れた床が輝いている。
ココアを口に運び、
ソーサーに返そうとして、
そこに挟まっていた小さな紙切れに気づく。
片手に持っていた文庫本をおいて、
それを拾う。
『ファスナーが。』
あ。
ゆっくりと紙きれを胸ポケットにしまい、
ゆっくりとへその下のファスナーを閉める。
そしてココアをこくりといただく。
ああ、小説。
どこまで読んだか忘れてしまった。
いや、待ち合わせ。
窓がないから、雨の具合が分からない。
まだ時間はあるから、
もう一杯いただこうか。
『すみません。』
奥から店員がやってくる。
今度は蝶ネクタイをした、
革靴の男だった。
『おかわりを。』
ラッコより、小説だ。
えっと・・
まあいい、最初から読もう。
ああ、あれを栞にしよう、今度から。
ふふっ・・
何で笑ってるんだか。
そして二杯目のココアがやってくる。
革靴の音だから、顔を上げたりしない。
カップを取り上げ、
ソーサーを見ても、
そこには薔薇の花の柄が見えるだけ。
さ、時間が来た。
栞を挟んで・・・
・・・・・あれ。
さっきの紙がない。
胸ポケットをもそもそ探るが、
紙の感触に行き当たらない。
目線を落とす。
ファスナーは上がっている。
二杯目のココアをごくりと飲み、
まだ少し残っているがもういらない。
小説はまたふり出しに戻った。
店を出ると、
そこはさっきのラッコが歩きまくったであろう、
濡れて輝いている路面が広がっていた。
Posted at 2011/01/31 09:40:39 | |
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2011年01月31日
杉太郎と松太郎の、
おはなしです。
あるムラにふたりは、
同じお母さんから、
同じ日に生まれました。
はじめに生まれたのが杉太郎で、
あとから生まれたのが松太郎でした。
杉太郎はつるっと生まれたのですが、
松太郎は暴れたので、
お母さんは死んでしまいました。
ふたりは、
同じ顔をして同じ声だったので、
ムラの人々は気味悪がりました。
やがて、
杉太郎はイド掘りの職人になりました。
腕もよく、
ムラびとはたくさんイドを掘ってもらいました。
松太郎は仕事もしないで、
盗みに入ったり博打をしたりしていました。
ムラの人は、こう言います。
『杉ちゃんはいい子なのに、
松ちゃんは違うね、
杉ちゃんだけだったらよかったのに。』
そして、
ある日、
杉太郎がお嫁さんをもらうことになりました。
ムラの人々はこれを祝って、
盛大に宴会をひらきました。
杉太郎は松太郎をこれに招待しました。
だって、兄弟ですから。
松太郎は、
それが気に入りませんでした。
宴会の場所につくと、
松太郎はお嫁さんを斬って殺してしまいました。
杉太郎はなにも言いませんでした。
それが、
松太郎はもっと気に入りませんでした。
松太郎は、
『ばかやろう!』
と言って、
どこかに行ってしまいました。
杉太郎はお嫁さんの傷に、
イドの水をかけてあげました。
すると、
お嫁さんは息を吹き返し、
何にもなかったように元気になりました。
松太郎のいなくなったムラは、
平和な日々が続いていました。
それから何年も経ったある日、
杉太郎は突然、
ううううう・・・・・
と、苦しみだして、
床に臥してしまいました。
奥さんの看病の甲斐もなく、
杉太郎は死んでしまいました。
奥さんは悲しんで泣きながら、
イドの水を杉太郎の口にふくませました。
しかし、
杉太郎は生き返りませんでした。
杉太郎の顔は、
まるで松太郎の顔でした。
だって、兄弟ですから。
Posted at 2011/01/31 09:39:18 | |
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