震災から2週間、皆さんはこの非常時をどうお過ごしでしょうか。僕はもう一生忘れないと思います。仁科亜季子が子宮頸がんを患ったのが38歳の時であるということを。
地震、津波、原発。数珠つなぎの災害が東日本を襲いました。生命、財産を奪われなかった国民も、電気、ガソリン、そして水という、これまでコストさえ負担すれば当たり前に手に入れられたものを入手できないことに頭を悩まされています。住む地域によって程度の差は小さくありませんが、全国民が試練を与えられている感じですね。
地震当日、僕は出張でLAにいたのですが、帰国後、多くの予定がキャンセルとなり、ぼーっと考える時間が増えました。いろいろ考えさせられます。暗い駅と本数の少ない電車やネオンが消えて営業時間も短い飲食店などに対する不満と、これでも案外大丈夫だなという感覚の同居。何度も停電する地域と一度もしない地域があり、停電しない地域にいて申しわけないと思いつつもPCの電源までは切っていない自分の行動。大丈夫だが避難すべき地域や食べても問題ないが出荷停止となる野菜を報じる官房長官をどの程度信じ、どの程度疑えばよいのか。エンターテインメント性の高いイベントを実施すべきか否かという議論と同時に叫ばれる“自粛しないで経済回せ”の大号令……。そのどれにも結論は出ません。
LAでも、メディアは津波への警戒を含め、日本の地震を大きく報道していました。そして多くの人に「日本人か? 家族は大丈夫だったか?」と心配していただきました。
こうした状況に対し、早々に東日本を離れる人もいれば、大丈夫と判断して残る人もいます。本当は避難したいけれど、仕事の関係や経済的事情からできない人も少なくないでしょう。僕自身は、判断するのに十分な情報が手に入らないことにイライラしながらも普段と大きく異なる行動はとっていません。ただ、情報が手に入らないと書きましたが、16年前、阪神・淡路大震災を激甚地区の宝塚市で経験した時のことを振り返ってみると、あの時と比べて、今回は格段に多くの情報を受け取っています。なにしろ、あの頃にはPCも携帯電話も持っていませんでした。余震を事前に知らせる緊急地震速報もありませんでした。官房長官もこれほど頻繁に記者会見を開いていないはずです。当時と比較すれば、あふれんばかりの情報を受け取っています。なのに、僕は避難すべきか残るべきか、外に出てよいのか家にいるべきか、何を食べ、飲むべきか、確固たる自信をもって判断できていません。
なぜだろう? しばらく考え、結局、必要なのは情報の量ではなく、情報を解析する能力なのだと気付かされます。かつては情報を収集する能力が問われましたが、今は洪水のような情報を正確に取捨選択することが求められています。昔と今のどちらがよいかという問題ではありません。PCも携帯電話もない時代に戻りたいかと問われれば、答えはNOです。日常的にはメリットがデメリットを大きく上回っていますから。けれど、ITに寄りかかった生活は、前進するか後退するか、それともそこに留まるかで人生を大きく左右するような非常時に求められる嗅覚や本能のようなものを鈍らせることに、今さらながら気づきました。Yahoo!知恵袋は京大の入試問題は解けても(解いてないけど)、「震災から2週間が経過、都民はどう過ごすべきか」という問いには答えをくれません。信頼できる情報源を確保する。これこそが現代のサバイバル術なのでしょう。
……にしても、オシム元気そうじゃん。代表監督できただろっ!
Posted at 2011/03/24 14:44:53 | |
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