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2016年12月31日 イイね!

大坂冬の陣 “真田丸”ドライブ 2016

大坂冬の陣 “真田丸”ドライブ 2016













大阪市天王寺区餌差町の心眼寺は、大坂冬の陣で真田左衛門佐幸村が築いた出城・真田丸があったことは知られていました。
そして、2016年1月オンエアのNHK 歴史秘話ヒストリアで、謎の出城・真田丸の大きさやカタチがほぼ特定されました。大河ドラマは終了しましたが、5年ぶりに訪れた真田丸跡といわれる心眼寺に到着です。







真田丸は本放送が終了していましたが、ちょうど冬休みも重なって多方面のナンバーの乗用車が心眼寺に到着。中には福岡ナンバーの車もいました。
正門右わきにある石碑です。5年前訪問したときは、「本当?」と正直疑っていましたが、歴史秘話ヒストリアによって、心眼寺は真田丸の台地上に当時からあった寺であったことが証明されました。








正門をくぐると有りました。2014年10月に建立された真田左衛門佐(豊臣)信繁の墓です。長い間建立されることがなかった墓です。合掌後、写真を1枚。
豊臣家大好きだった真田左衛門佐、これぞ大河ドラマ効果。








道路に建立された真田丸顕彰碑。400年という長い年月をへてようやく建立された石碑です。






真田丸は、台地上に築かれた出城でした。今も名残がちゃんと残っています。








2016年、松江市で発見された江戸時代初期の真田丸の絵図です。矢印の寺は今の心眼寺です。戦災後、再建されましたが、位置はこの当時のままです。
“雲”は崖をさしています。








真田丸の大部分は、今の大阪明星学園の敷地でした。グーグルマップでは、今は“ 真田丸跡 ”と表示されています。








歴史秘話ヒストリアで再現された“真田丸”の全容です。大坂城から完全に孤立した台地に築かれた要塞でした。






大坂冬の陣 / 真田丸の戦い















夏の陣後、堀は徳川方に完全に埋められてしまい、地上からの痕跡はありませんが、徳川方に1万5千人もの大打撃を与えた”真田丸”。
真田左衛門佐の名声を今に伝える要塞だったことが改めて証明されました。








夏の陣で“真田丸”といわれる茶臼山にも行ってみました。徳川方との和睦で真田丸を破壊された左衛門佐は、やはり南から北上してくる徳川軍を迎えるため造った陣でした。
今は天王寺公園内に残っています。
















和気橋から見える通天閣です。


















真田軍が伊達軍と相対、そのとき言いはなった名セリフです。

「関東勢百万も候へ、男は一人もいなく候」



















大阪市天王寺区はかつての“仕事場”。まもなく3周年を迎える地上300m あべのハルカスにも寄ってきました。







見ものは、ハルカス300。お天気がいいと大阪平野はもちろん、京都や明石海峡大橋が見える大阪のランドマークです。













大阪城公園が見えます。







茶臼山です。







JR環状線と近鉄南大阪線ですね。


















2016年大河ドラマ“真田丸”。それなりに楽しめた戦国大河でした。

今年最後のブログです。

皆さん、よいお年をお迎えください♪♪

Posted at 2016/12/31 19:00:05 | コメント(3) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域
2016年08月20日 イイね!

日本100名城紀行 四国編 <日本三大水城 今治城・高松城、徳島城>

日本100名城紀行 四国編 <日本三大水城 今治城・高松城、徳島城>













みんカラ初の四国の旅は、愛媛県東予の今治城です。
今治城は藤堂高虎によって慶長9年(1604)に完成した城で、特徴的なのは三重の堀に海水を引き入れた構造でした。当時は瀬戸内から直接海上を通過して入城できる造りになっていました。

高虎は築城の名手として知られており、この後、伊勢国・津城、伊賀上野城を手掛け、大坂夏の陣に参戦、今ある大阪城の石垣は高虎によるものです。
同時代の加藤清正は、熊本城や名古屋城の反りのある石垣造りが特徴的ですが、高虎は高い直線的な石垣を好んでいました。







手前は高虎像です。早速、模擬天守に登ってみることにしました。







当時は、城の前方には建物はなく、堀から外は直接海につながっていた構造でした。













今治市の島しょ部が見えます。西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)が走っており、因島を経由して尾道市方面につながっています。瀬戸内には大きな橋がいくつか架かっていますが、どれも素晴らしい景観でした。







別名 吹揚城(ふきあげじょう)とも呼ばれ、日本三大水城のひとつです。







日本三大水城の二つめは、香川県高松市の別名 玉藻城(たまもじょう) 高松城 です。







天守台から瀬戸内方面です。城の向こう側は瀬戸内海、今はフェリー乗り場となっています。







JR高松駅方面です。高松市のほぼ中心部にあります。







廃城令以降、明治中期まで天守が残されていましたが、老朽化のため破却されました。天守が完成した時代の藩主は、徳川光圀(水戸黄門)の兄で松平頼重でした。祖父は徳川家康になります。
同市の栗林公園は、頼重の隠居所として造営された別邸でした。







重要文化財の月見櫓と水門です。当時の高松城はここから海上に出入りをしていました。







水門から外は瀬戸内海でした。今は埋め立てられ、道路を挟んで右手がフェリー乗り場となっています。







右は月見櫓(重文)、手前は報時鐘、左がフェリー乗り場です。







もうひとつ重文、艮櫓(丑寅櫓・うしとらやぐら)です。







徳島城阿波踊り♬ です。蜂須賀連の皆さんの練習風景です。



















今に伝わる阿波踊りは、初代藩主蜂須賀家政の時代に始まったのだそうです。徳島城完成のお祝いに家政が、  「城の完成祝いとして、好きに踊れ」  という触れを出したことがそもそもの始まりだったとか。






夏休みを利用して四国の日本100名城を見てきました。ちょうど猛暑日と重なって毎日がうだるような暑さでしたが、何事もなく無事1500キロを走り抜けました。
それなりに楽しめた四国ドライブ旅行でした








四国地方の日本100名城訪問結果 (○:済み、ー:未)

○76. 徳島城
○77. 高松城  三大水城
○78. 丸亀城  現存天守
○79. 今治城  三大水城
○80. 湯築城
○81. 松山城  現存天守  三大平山城
○82. 大洲城
○83. 宇和島城  現存天守
-84. 高知城  現存天守
Posted at 2016/08/20 19:00:02 | コメント(1) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域
2016年08月10日 イイね!

日本100名城紀行 四国・現存天守編 < 松山城、丸亀城、宇和島城 > 

日本100名城紀行 四国・現存天守編 < 松山城、丸亀城、宇和島城 > 









みんカラ登録後、初の四国旅行です。神戸明石鳴門自動車道・淡路SAから、明石海峡大橋です。








四国の現存天守、一つめは愛媛県松山市 松山城 です。









松山城は、現代まで残る現存12天守(姫路城、松本城、彦根城など)のひとつで、完成は安政元年(1854)、三重の大天守です。
最初の築城は慶長7年(1602)、関ケ原の戦いで勝利した加藤嘉明が開始をしました。25年の歳月をかけ五重の大天守が完成しましたが、加藤嘉明は会津に転封。その後に入った松平氏は五重から三重に改築を試みましたが、落雷で焼失。今の三重大天守は12代松平氏の幕末でした。









重要文化財の戸無門(となしもん)をくぐって大天守に向かいます。戸無門は慶長時代からの遺構ですが、現代まで火災で焼失したものも数多くあり、貴重な文化財です。戦国時代の城郭らしく、大天守までまっすぐな通路がないのも特徴です。








中央が小天守(復元)、右が大天守(現存)、小さな門が紫竹門(現存)です。復元建築と現存建築がなんら違和感なく構成されているのが、松山城の魅力だと思いました。















松山市が一望できる勝山にあります。本壇にはロープウェイやリフトで登れます。








加藤嘉明は、加藤清正や福島正則ら賤ヶ岳の七本槍のひとりで、松山の命名主でもあります。松山では明治時代の正岡子規、夏目漱石、秋山好古、真之(坂の上の雲)らとともに有名です。








松山といえば、道後温泉 が有名です。
道後温泉本館です。熱帯夜にもかかわらず、エアコンなしの旧い建物です。夜遅くまでひとでごった返していました。








道後温泉本館近くのホテルで一泊。あまりにも熱い一日でした。食事後、爆睡でした Zzzz・・・








朝方、リオ・オリンピック男子体操団体金メダルLIVE中継を見てから朝風呂に浸かり、とと姉ちゃんを見てチェックアウト。次の目的地に向かいました。
ところで、男子団体オメデトウ \(^_^)/







二つめの現存天守は、香川県丸亀市 丸亀城 です。








標高66メートルの本丸から見える景色です。坂出市から岡山方面に走る瀬戸大橋がくっきり見えました。






















現存建築大手一の門(手前)、大手二の門(右)と山上の御三階櫓です。








丸亀城は万治3年(1660)築の3階3層の御三階櫓です。







三つめは、愛媛県南部 宇和島城 です。








今の宇和島城の原型は16世紀後半、秀吉の命で伊予国に入国した藤堂高虎によるものです。大坂夏の陣後、仙台藩主・伊達政宗の長男 伊達秀宗 が宇和島藩主となり、天守は二代・宗利の時代に完成したものです。
現存12天守のひとつです。








伊達政宗が長男・秀宗を後継者に指名しなかったのは、秀宗は豊臣秀吉の影響を強く受けていたためでした。ところが、大坂夏の陣に政宗とともに参戦すると、家康から褒美として宇和島藩10万石を与えられました。伊達家は明治の廃藩置県まで宇和島藩主として君臨しました。








天守から見える宇和島港です。



















現存12天守訪問結果 (○:済み、ー:未)
-1. 弘前城  青森県
○2. 松本城  長野県
○3. 丸岡城  福井県
○4. 犬山城  愛知県
○5. 彦根城  滋賀県
○6. 姫路城  兵庫県
○7. 松江城  島根県
○8. 備中松山城  岡山県
○9. 丸亀城  香川県
○10. 松山城  愛媛県
○11. 宇和島城  愛媛県
-12. 高知城  高知県



四国地方の日本100名城訪問結果 (○:済み、ー:未)


-76. 徳島城
-77. 高松城  三大水城
○78. 丸亀城  現存天守
-79. 今治城  三大水城
-80. 湯築城
○81. 松山城  現存天守  三大平山城
-82. 大洲城
○83. 宇和島城  現存天守
-84. 高知城  現存天守


Posted at 2016/08/10 18:00:01 | コメント(2) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域
2016年05月06日 イイね!

日本100名城ドライブ 近畿編 <日本五大山城 観音寺城、安土城>

日本100名城ドライブ 近畿編 &lt;日本五大山城 観音寺城、安土城&gt;











戦国時代に築かれた日本五大山城とは、越後国上杉謙信・景勝の 
春日山城







出雲国最大の戦国大名 尼子経久 月山富田城







能登国 畠山義綱 天空の要塞 七尾城







北近江 浅井長政 小谷城







そして5つ目は、南近江 六角義賢 観音寺城
です。







有料の林道を走って間もなく辿り着いた駐車場です。ルートは何か所かがあったようですが、ナビで観音正寺と検索するとここへ案内されました。






駐車場から数十段の石階段を登ると、観音正寺に着きます。観音寺城跡は入山料を払います。
百名城スタンプ設置場所もここです。






本堂手前の脇道が観音寺城跡への入り口です。






310m歩くと、曲輪(くるわ)という平地が見えてきます。






こんな巨大な石垣が数多く見られたのですが、残念なことに案内板が1か所しかなく、何もわかりませんでした( ;∀;)






すぐ近くに、豊臣秀次が築城した八幡山城跡、織田信長の安土城跡があるので、次は安土城跡に行ってみました。






安土山麓の駐車場です。ここも入山料と駐車料が必要です。






観音寺城跡と同じく、安土城跡も寺の管理です。







まっすぐに伸びた大手道です。無防備な信長らしく防衛上危険な造りです。







大手道入り口付近の羽柴秀吉邸跡。後に天下人となる秀吉は天正4年(1576)当時織田家ではまだこんな位置関係であったことがわかりますね。









まっすぐな大手道は途中からカーブになります。






石段ひとつの高さが高い。戦国時代、身長は皆低かったはずなのに、歩くひとのことをなにも考えて造っていなかったんでしょうね。












二ノ丸、本丸の入り口、ここは検問所があったと想像できます。







いよいよ天主閣跡に近づきます。







ここにあの豪華絢爛な安土城天主がありました。







天主閣を支えていた台座石が印象的です。









築城当時の現存建造物、摠見寺三重塔。天主が焼け落ち、廃城になった後も現代まで400年以上も残っている遺構です。
信長は自らを神と言い、神仏を否定したといわれていますが、この三重塔は何を意味していたのか・・・?






安土城郭資料館にも寄ってきました。








近畿地方の日本100名城訪問結果 (○:済み、ー:未)

○ 49.小谷城    日本五大山城
○ 50.彦根城    国宝 現存天守
○ 51.安土城
○ 52.観音寺城   日本五大山城
○ 53.二条城    世界遺産 国宝
○ 54.大坂城    日本三名城
ー 55.千早城
○ 56.竹田城
○ 57.篠山城
ー 58.明石城
○ 59.姫路城    世界遺産 国宝 現存天守
ー 60.赤穂城
ー 61.高取城    日本三大山城
ー 62.和歌山城



本州の100名城制覇まで あと11城!  



Posted at 2016/05/06 17:00:08 | コメント(6) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域
2016年03月21日 イイね!

上州ドライブ 碓氷峠から、真田昌幸 『岩櫃城』

上州ドライブ 碓氷峠から、真田昌幸 『岩櫃城』













※全画像クリックで拡大します。

ぽかぽか陽気の三連休中日、群馬県安中市と長野県軽井沢町の県境標高960m碓氷峠を目指して車を走らせました。国道18号線(旧中山道)の坂本宿から登りのワインディングを進むとやがて見えてくるのが、通称めがね橋です。








碓氷峠の名スポットめがね橋は、かつてのレンガ造りの鉄道橋で、昭和38年(1963)まで信越本線のアプト式軌道が走っていた碓氷第三橋梁でした。
上から眺めた旧国道18号線(旧中山道)です。








軽井沢と横川を結ぶこの路線は、難所中の難所でした。線路は撤去されて今はなく、歩いてトンネルの中に入ることができます。














結構の数の見物客がいました。イニシャルDでも有名な名所です。








起点の坂本宿から196ものコーナーをクリアすると、たどり着いたのが、県境・標高960mの碓氷峠です。面白いもので、この辺りで水を流すと、群馬県側では太平洋側に向かって、長野県側では日本海側に向かって水が流れるそうです。









軽井沢から浅間山を抜け、まだ道端の残雪を横目にたどり着いたのが、群馬県東吾妻町の岩櫃山(いわびつやま)、大河ドラマ真田丸 真田昌幸岩櫃城跡です。
真田丸のオープニングに登場するのは、この岩櫃山のCGです。








武田家滅亡後、上杉、北条、徳川といった強力な大名に囲まれた国衆・真田昌幸が知略・策略を使って守り通した沼田領の支城・岩櫃城は、典型的な戦国期の山城でした。
関ヶ原の戦い後は、長男・信之(信幸から改名)の支配に移りましたが、徳川幕府の一国一城令で廃城となるまで、約50年間、真田家の支城としての役目を果たしました。









蜜岩神社(みついわじんじゃ)
標高802m岩櫃山の目の前、イベント会場となっている神社です。岩櫃山の岩肌がはっきり見える場所にあります。ただ、真田家の歴史とは関係なさそうです。








真田昌幸が武田征伐の際、武田勝頼を岩櫃城に迎えるために造った御殿跡 潜龍院跡 (せんりゅういんあと)






岩櫃城跡の登山口になります。







平沢登山口から500m、徒歩15分で到着。岩櫃城本丸跡です。







高~い! ここまで押し寄せてくる敵はまずいない、というのが第一印象です。
実はここへたどり着く前、間違って別の登山口に行ってしまいました。足はガタガタ、一緒に来た友人は駐車場でDOWN。達成感から、ペットボトルのお茶を一気に飲みほしました。
やったー \(^_^)/







本丸下堅堀
本丸跡の真下にあったカラ堀です。






二の丸跡です。規模は小さいですね。本丸同様、非常用の館があったと思われます。
真田昌幸らの居館は、今の登山口と本丸跡の中間地点、中城跡にあったかもしれません。







これから、岩櫃城跡を目指す方に東吾妻町公式HPから






岩櫃城は、武田の三名城(岩殿城、久能城)のひとつ、いずれ行ってみたいと思っていました。
この後、東吾妻町町営の日帰り温泉でまったり、温泉で真田丸『祝言』を視聴して帰宅の途につきました。

Posted at 2016/03/21 17:00:00 | コメント(5) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域

プロフィール

「安福久美子69歳、99年の名古屋西区主婦殺人事件の主犯者。悟さんにフラれた腹いせに、自宅を突き止め、悟さんの愛妻を刺殺した。この安福の自宅、今日グーグルマップで見つけた!裁判やって判決確定まであと何年要するか? 悟さん、息子さん、被害者があまりにも気の毒。。。」
何シテル?   11/05 21:54
オートビレッジ時代の2001年11月に登録しました。みんカラもメジャーになり、国産車から外国車まで、いろんなオーナーカーを見て楽しませてもらっています。2025...
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2015年4月7日登録のマークX 350S”G's”です。G'sのエクステリアと、3. ...
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