参りましたねぇ(^_^;・・・九月最後の日曜日は台風様のご襲来(;_;)
よって今日は引きこもり決定! 勉学の秋らしくエロ本&エロサイト閲覧に没頭です(^_^;
・・・ま、クルマ本&クルマ関連のネット徘徊ですがね(^_^;
・・・最近はこういうオカズ(=良書)も出てますからね♪
これらでクルマ勉学に励んでいたら、とある一台が気になりました・・・
幻のスーパーカー、日産MID4Ⅱです。
901活動で”イケイケ”だった日産が市販前提で開発したクルマです。
全長4300×全幅1860×全高1200mm ホイールベース2540mm 車重1400kg
エンジン;VG30DETT 2960cc 330PS/6800rpm 39.0kg.m/3200rpn
サスペンション;前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク(HICAS)
タイヤ;前235/55 ZR16 後255/50ZR16
・・・もうこれらスペックを見るだけでワクワクしちゃいます(^_^) 純粋に市販化を期待しちゃますよね☆
完成度が高かったMID4Ⅱでしたが、市販化までの道のりは想像以上に厳しかったようです。
まずはエンジンの熱問題。
MID4Ⅱ、ミッドシップらしさを強調しないデザインが施されました。その影響で熱が籠もりやすく、市販化に向けた対策に長時間を要することに。
そして価格やブランド力。
販売するとしたら・・・2000万円くらいになったとか(^_^;
1990年代当時、フェラーリのテスタロッサが2300万円でした。現代に比べまだプレミアムブランド力が弱かった日産が、スーパーカーリーグに2000万円に挑むのは大きなリスクを伴います。
また馬力規制やデザインの問題も生じたかと思います。
当時は例の”280馬力規制”が施行されたばかり。実質330PSのMID4Ⅱも日本仕様は280PSとなったでしょう。
すでに同じ280PSのスポーツカーが、2000万円を大幅に下回る価格で販売されていたので性能的な優越感が薄らいでしまったでしょう。
同時期にホンダがリリースした初代NA1 NSXに似ているとも言われていました。個性が重要視されるスポーツカーで”マネッコ”はいいイメージが損なわれますからね・・・
そのMID4Ⅱの存在で、運命が左右されたのが・・・
Z32、だったのです。
Z32、90年代の日産のスポーツカーラインナップにおいて、MID4Ⅱの下位の立場となる予定でした。
ミッドシップ2シーターのMID4Ⅱを際立たせるために、Z32は歴代Zでは初めて2 by 2をメインにデザインされたといいます。
2 by 2をメインにすることでGT的なキャラクターも持たせたのでしょう。だからもう一つのGT・・・F31レパードは4ドアのJフェリーへとなったのでしょうね。
VG30DETTも本来はMID4Ⅱ専用ユニットだったとか・・・
しかしMID4Ⅱが幻となったので、Z32に搭載決定。
HICASや、インテリアデザイン等Z32はMID4Ⅱの技術を大いに受け継いでいるのは既知の事実。
しかしその生誕において、幻となった”長兄”の存在感も大いに影響があったのです。
MID4Ⅱが放つつもりであった魅力を、魂を受け継いだ”妹分”Z32で味わうってことも楽しいかも☆ ドラポジはこんな感じだったのかな、エンジンフィールはこうなってたのかな、とか・・・
現実に公道でMID4Ⅱを見る機会はありませんが・・・
・・・こういうカタチなら、所有は可能ですね(^_^;
・・・昔作った、フジミのプラモデルです。
それにしても90年代の日産、Z32 & BNR32の二大スポーツ、インフィニティQ45 & Y31シーマの二大サルーンの上級にプレミアムスーパーカーを据えようとしていたなんて・・・今のラインナップを思うととてつもない勢いがあったと大いに実感しちゃいました(^_^;
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勝手に語るクルマネタ | 日記
Posted at
2018/09/30 19:03:15