前から電柱にブットって大破したウラッコ買わない?
第4話
「こいつが恋い焦がれたウラッ子か!!」
その日1988年8月31日
僕はウラッ子に会いに行きました。
場所は横浜市港南区の原っぱの駐車場。
ランボルギーニが居ては駄目です。みたいな住宅地の原っぱ。
まあ、しかたない。
ウラッ子は寂しそうでした。
天気は晴れ
「私、どうなっちゃうの?」
ウラッ子
大破してからどの位たったのだろう。
クラッシュして、放置され、ボディーの錆。
頭から駐車してあったから良いけど、痛々しい姿。
リトラクタブルライトが出ているということは
夜、事故を起こしたんだ。
「彼女は治るのでしょうか?」
愛が生まれました。
「大丈夫だよ、僕が治してあげる」
エンブレムを微かに外してフロントからブットて、
本当に電信柱の形に凹んでました。
「大丈夫、大丈夫」
まず、フロントの傷具合。
フレームまで後、数センチのダメージ。
「ヤバかったね」
フロントラジエターは真っ二つに割れていました。
見てはいませんが、その時の光景が目に浮かびました。
どういう事情で事故ったかしれませんが、直前まで元気に走っていたのだろう。
と予想が付きました。
ただ、心配だったのは、フロント・ラジエターが割れて、
オーバーヒートの事です。
車を分かっている人は、まずエンジンを切ります。
それを信じるしかなかったのです。
事故を起こしたこのオーナーはきっとパニック状態になっていたはずです。
僕には分かります。
予想ではありますが、アンダーが出てフル・ブレーキング、
または逆。
そのまま、なすすべもなくクラッシュしたのでしょうか。
フロントガラスには事故の時ドライバーがヒットしたと思われるヒビ。
そしてONのままのハザードのスイッチ
(インパネ左、メーター下、3ッ並んでいる一番右)
あのスティーブマックインの「栄光のル・マン」
クラッシュ回想シーンみたいだったでしょう。
しかし僕はあなたを守る。
こんな気持ちになってしまいました。
1976年型 ランボルギーニ ウラッコP250
しかし本当に治るのだろうか、、、
1988年の出来事です。
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ランボルギーニ ウラッコP250 | 日記
Posted at
2012/03/02 00:20:26