まとめ【F1日本GPの歴史】 Vol. 2(91~95年)
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1991年編
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出典:麺屋 魔裟維さん
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プロストVSセナの因縁の対決が続いたここまでのシリーズ『F1日本GPの歴史』は第5弾・・・特に90年&91年はチャンピオンを掛けた戦いが両者の接触で決着するというまさにドラマティックな展開でTVにかじり付きながら、熱狂した2年間でした(^.^) さて今回はその3年間とはやや様相が異なることとなった1991年のF1日本グランプリをお届けいたします! <これまでの日本グランプリ> 76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年のシーズンはプロスト&アレジのフェラーリが不調で未勝利・・・マクラーレンホンダとウィリアムズルノーがコンストラクターズで、またドライバーズではセナとマンセルが競い、残り2戦でマンセルが連勝すればチャンピオンという状況で鈴鹿を迎えたのでした( ..)φメモメモ 迎えた予選は上位2チームの大激戦でしたが同僚セナに0.198秒差をつけてベルガーがポールポジション、0.024秒差で3位マンセル、以下15位中嶋(ティレル・ホンダ)、25位亜久里(ローラ・フォード)とい ...出典:麺屋 魔裟維さん
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1992年編
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出典:麺屋 魔裟維さん
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過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第6弾・・・前回はあっけないN・マンセルのリタイア&チャンピオン決定、また鈴鹿ラストランとなった中嶋をお送りしました(^.^) 全盛期を既に過ぎた感のあった中嶋でしたがあと数年早くF1に参戦し、速いマシンがあったら表彰台もあったかも・・・『雨の中嶋』の真骨頂が見れたかもしれませんね! <これまでの日本グランプリ> 76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 92年のF1はM・マンセル&R・パトレーゼウィリアムズのウィリアムズルノーが圧倒t来な強さでマクラーレンホンダを引き離した形で鈴鹿へ・・・J.アレジ(フェラーリ)、M.シューマッハ(ベネトン)、M.ハッキネン(ロータス)といった新世代の台頭が見られる年でもありました(#^.^#) 予選は2回目が雨で中止となったことで1回目の結果で決着・・・マンセルが僚友パトレーゼに0.859秒差をつけてポールポジション、以下3位セナ、4位ベルガー、亜久里16位、こ ...出典:麺屋 魔裟維さん
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1993年編
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出典:麺屋 魔裟維さん
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過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第7弾・・・前回は新世代ドライバーが続々登場する中、圧倒的な強さを見せたウィリアムズルノーをパトレーゼの優勝とチャンピオンとなったマンセルでレポートしました(^.^) TVで気になったのが若き日のベネトンのシューマッハ・・・粗さは目立つものの確かに速さは際立っていましたね! <これまでの日本グランプリ> 76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 1992年 1993年のF1はある意味激動の年で1年の休養明けのA・プロストを初めR・パトレーゼ、D・ワーウィック、T・ブーツェンが引退表明・・・昨年チャンピオンのN・マンセルは契約のこじれからなんとCARTシリーズへ参戦していました(^-^; チャンピオン争いはプロストが圧倒的な強さを見せ、D・ヒルと組むウィリアムズルノーがぶっちぎり・・・セナ&ハッキネンのマクラーレンは2倍近いポイント差をつけられていました! 予選は大接戦の末、0.130秒差でセナを ...出典:麺屋 魔裟維さん
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1994年パシフィック編
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出典:麺屋 魔裟維さん
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過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第8弾・・・前回は日本で最後のセナVSプロストの対決が見られた1993年のレースをレポートしました(^.^) ややダーティというか機械的イメージの強いプロストでしたが確実な速さでは唯一無比と言ってもいい存在だった・・・それだけにアグレッシブだったセナやマンセルが目立ったとも言えますね! <これまでの日本グランプリ> 76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 1992年 93年 1994・95年は日本で2戦F1が開催され、先ずは岡山県TI英田サーキットで行われた第2戦のパシフィックGPを・・・本来は94年から5年契約で開催される予定でしたがバブル崩壊、ホンダのF1撤退、そして急激なF1人気の低下と重なったためでした(-.-) 1994年のF1レギュレーションはこれまでのハイテク装備を禁止したことで不安定なマシンが続出・・・ 迎えた予選はA・セナが伝説のスーパーラップでM・シュ ...出典:麺屋 魔裟維さん
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1994年鈴鹿編
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出典:麺屋 魔裟維さん
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過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第9弾・・・前回は正式にはパシフィックGPという名称ですが日本で開催されたということで94年のF1第2戦をレポートしました(^.^) レースはベネトン時代のシューマッハが圧勝・・・あのベネトンカラーが気に入ってトレ-ナーやジャンパーを買ってしまったミーハー気味の当時の私でした~(爆) <これまでの日本グランプリ> 76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 1992年 93年 94年Pacific 94年シーズンはハイテク装備禁止が仇となって事故が続出し、3戦のサンマリノGP予選でラッツェンバーガーが事故死、そして決勝ではセナが・・・他にも数えきれない負傷者・欠場者が出たため、後の安全性重視のF1になるキッカケの1年でした(T_T) 残り2戦という段階でドライバーズではシューマッハがD・ヒルを5ポイント引き離しトップ・・・コンストクターズはベネトンが僅か2ポイント差でウィリアムズをリー ...出典:麺屋 魔裟維さん
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