御朱印放浪記(愛知県)
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ふと・・何気なく検索していたら 豊臣秀吉さんの生誕480年限定の御朱印なるものを見かけまして・・・ 限定の文字に惑わされて名古屋へと行ってみました 知らない大都会に車で行くのも怖かったし 少し距離もあったし(まぁ・・隣(長野県)の隣の県ではありますが) レヴォーグ君もまだ家出中でしたしで今回は電車で名古屋駅まで折り畳み自転車をもっていって 名古屋駅から自転車で行動しました 自転車は携帯性を買って2号(キャリーミー)を・・ こちらは電車の吊り棚にも置けますので少しだけ気楽に電車に乗れます・・ (幅を取りますので先に吊り棚が混んでますとちと辛くなりますが・・ とりあえず最初に大須観音(おおすかんのん)へと行ってみました うぃきによりますと 寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」 と称するらしいです さてこちらで参拝をして 御朱印帳も 尾張四観音(おわりしかんのん)も体力と時間の許せる限り回ってみたいなと思っちゃったので 新調してみました ・・・まぁ・・・この自転車ぢゃあ・・厳しいのですがね(小径タイヤですし・・変速ギアないですし・・出典:ぎるでぃさん
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大須観音の後 まだ名古屋城を見たことが無かったので通り沿いに北上してお城を目指してみましたのですが ・・お城の駐車場についても天守閣がどこにあるのか見失うワタシ・・ 仕方なく少し回ってみてやっとちらりと拝めました が・・今回 お城の中まで行っちゃうと(観たいけれども)時間が足りないと思ったので しぶしぶ次回へのお楽しみに・・(シャチホコ近くで見たかったなぁ・・・ さてこのお城の南側に(隣ぢゃあなかったですけれども)ある 那古野神社(なごやじんじゃ)へと立ち寄ってみました (お城は名古屋ですが神社は那古野という漢字なのですね) こちらの鳥居をくぐりますと 何やら式の真っ最中な気配・・・ 隠れるように(何故)社務所に入ってお忙しそうなところ恐る恐る御朱印を頂くことに・・ ・・ゃ・・後になった思うと見物したかったかも(後の祭り出典:ぎるでぃさん
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那古野神社の後 名古屋東照宮(なごやとうしょうぐう)に行ってみました こちらは那古野神社のすぐお隣にあります さて参拝をしまして社務所で記帳を・・・ ・・・と思っていたら 「全国東照宮巡り御朱印帳」を発見しまして 確か期間限定発売の品で 全国の東照宮10社御朱印集めますと記念品があるとかないとかで・・ 思わず購入してしまいました ・・・・・・この間日光東照宮とか出羽三山神社の東照宮とに行ってきたばかりなのに ・・また行くことになるのね(まぁ・・来年以降かなぁ・・期間平気なのかなぁ・・ さてこの御朱印帳 全国東照宮めぐりのしおりみたいなのも付属していまして・・ そこには赤城神社も記載されていたりします 絵柄からしますと山の上の湖畔にある赤い方の赤城神社な感じですが 慌ててうぃきで見てみたら・・徳川家康も祀っているのですね(知りませんでしたよワタシ無知でお恥ずかしい出典:ぎるでぃさん
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名古屋東照宮の後いよいよ 豊国神社(とよくにじんじゃ)へ・・ こちらは今回私が名古屋に行く目的地でして 中村公園の中に神社があります 敷地が豊臣秀吉の生地だそうです ・・・・さてたどり着来ましたら何やら騒がしい どうやらこの日は中村区区民まつりのご様子で・・ 境内はとても賑わっていました まさか・・私はこのお祭りの気配に引かれたのかな?(ゃ・・単なる偶然ですが) 山車まで拝ませてもらって 秀吉+お祭り となんだか得した気分になっちゃいました (これは車だと置き場に困った展開だったかもしれないなぁとも思ってみたり) 手水舎も ひょうたん型で(^^♪ さてちと混みあっていますが こちらで参拝をして 御朱印帳を新調して 第一目的の生誕四百八十年記念の限定御朱印(書置きです)と 熊本城内 加藤神社 復興支援 「清正公社朱印」(書置きです) を頂きました こちらの清正公の御朱印は 本城内 加藤神社への支援金になるそうです 御朱印も金ぴかなのはまた秀吉っぽい雰囲気を感じてカッコイイですね♪出典:ぎるでぃさん
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豊国神社のすぐお隣にある 常泉寺(じょうせんじ)にも行ってみました こちらも豊臣秀吉の生誕地ということで こちらの境内には豊太閤之像がお迎えしてくれます さてこちらで参拝をして 記帳を・・・ ・・・こちらは窓口がないご様子で (こ・・・こんなときは) 仕方なく玄関のインターホンをばぽちっと (地元で経験しといて良かった・・・) 押して玄関に入りますと ひょうたんがたぁくさんありました こちらでも御朱印帳を新調しようかなぁと思っていたのですが あいにく在庫が無くなっちゃっているとのことで 大須観音で新調した御朱印帳に記帳してもらいました♪ さてお代はどうしましょうと聞いたところ お気持ちで(熊本支援の)募金箱にとのことで・・ まぁ・・・気持ち分だけですみませんです・・・出典:ぎるでぃさん
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常泉寺の次にすぐ南隣のある 妙行寺(みょうぎょうじ)にも行ってみました こちらは加藤清正さんの生誕地ということで 加藤清正さんの銅像がお出迎えしてくれます さて こちらでお参りをして 記帳を・・・こちらも窓口が見当たらない・・ では玄関口お願いしようとインターホンを・・・反応が・・戸に鍵が・・ どうしようかなと思案(黄昏かもしれません)していますと 後から来た方がもう片方の玄関を試したところ あちらの方は鍵がかかっていない模様で無事中に入れてお話ができた模様・・ ワタシもその後から憑いて行って無事 記帳をお願いできました(助かった♪ こちらでも募金箱に募金をするかたちでお代を あと飴をお土産に頂きました(あと常泉寺ではお茶を頂きました出典:ぎるでぃさん
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中村公園を後にしようとしてふと時計を見ると ・・・この時点でもうお昼を過ぎてしまいました>< これから尾張四観音を巡って着ようかなと思っていたけれども 流石に四観音をこの日のうちに回るのは無理な気配が濃厚に(ま・・私がもたついているのが原因なのですが ちょっぴり焦りつつ(多分)近い方の 甚目寺観音(甚目寺(じもくじ))へと向かってみました ・・が・・ちと遠目・・ そして (遅いから)高校生に(橋のあたりで)余裕でちぎられるワタシ;; まぁ・・なんとかたどりつきましたが 南大門をくぐって 三重塔を拝みつつ こちらの本堂で参拝をしてきました この時点で結構へとへとです・・出典:ぎるでぃさん
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甚目寺(じもくじ)のあと荒子観音(あらこかんのん)へと こちらも尾張四観音(おわりしかんのん)の1寺でして それぞれが名古屋城からほぼ四方に分散する形で立地しているようです(一通り拝みに行くためには名古屋を一周しなくてはならないのですね・・ 甚目寺(じもくじ)が名古屋城から見て北西側にありまして 次に 南西側にある荒子観音(あらこかんのん)に向かってみました さて・一旦中村公園付近まで戻ってからほぼ南下することにしましたのですが いかんせん・・・速度は・・でない;;(キッズ自転車にも抜かれる始末・・ でも疲れは・・たまる か・・かろりーがほしい・・と思い 妙行寺で頂いた飴を頂いちゃいましたが ・・・ちと足りない・・ もちこっとお腹に何か入れないと流石にきつく感じたので 道端のコンビニでパン(バターを塗っているパン)を購入してさっくりと食べて再び南下 (相変わらず食べ物に関心がないなぁ・・ワタシ) 何とか二時半ごろ(だったかな?)に荒子観音にたどり着けました こちらの山門をくぐりまして 六角堂と 多宝塔を拝みつつ こちらの本堂で参拝をしました さて御 ...出典:ぎるでぃさん
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荒子観音を後にして再び自転車をこぎだしたのですが 背中にしょった(電車の中で暇つぶし用に持ってきた)ノートと予備電源そのたもろもろの重みの影響で 腰と肩(と乗り慣れていないからお尻)が悲鳴を上げてきて結構つらくなってきて 体力その他もろもろに不安を感じつつ 微妙に迷子になるかけつつ・・ 次の四観音(笠寺観音)へ行く前に 今回もう一つ行ってみたいところがありまして・・ それがこちら (東側の鳥居です) 熱田神宮(あつたじんぐう)です 敷地の北側から道路沿いにめぐりましたけれども 結構・・・広大です なぁんとなくこちらの南側の鳥居から入ってみました この日こちらでは七五三真っ最中な感じでしたのですが ふと見ると・・ 式真っただ中? (いいいなぁ・・・と・・相手がいなくて黄昏ちゃっていたりするワタシ) き・・・気を取り直して こちらで参拝をしまして こちらの社務所で 御朱印帳を新調して記帳もしてもらいました出典:ぎるでぃさん
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倭文神社を後にして次は進路を東へと ・・・まぁ一日で帰れるのはちときついので帰路につくのですが 途中のSAで車中泊しつつ 熱田神宮(あつたじんぐう)へと立ち寄りました いつものうぃきによりますと ・・・ 熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社。式内社(名神大社)、尾張国三宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。宮中の四方拝で遥拝される一社。神紋は「五七桐竹紋」。 ・・・ だそうです 以前来ました時は自転車でへとへとになっちゃっていた時で しかも午後三時ごろで少々参拝をするお方がいましたけれども 今回は朝方ですので こちらも境内が広いので散歩が気持ちいいです こちらの本宮で参拝をして今回も記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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熱田神宮の次にに愛知縣護國神社(あいちけんごこくじんじゃ)へと行ってみました こちらは名古屋城のすぐ南に鎮座していまして 道端もいっぱいで ・・ちょっとばかし車の停めるところを 悩んぢゃったりもしましたけれども ・・・まぁ・・なんとか・・ うぃきによりますと ・・・ 戊辰戦争から第二次世界大戦までの愛知県関係の戦没者9万3千余柱を祀る。 ・・・ となっています ではさっそくこちらから境内へ・・ 参道の桜がいい感じに♪ こちらで参拝をして記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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愛知縣護國神社の次に大神神社(おおみわじんじゃ)へと行ってみました こちらは尾張の国の一ノ宮です うぃきによりますと ・・・ 創建は不詳。・・・、大物主神を奉斎する大和の大神氏(三輪氏)一族が来住し祭祀を担ったと見る説と、大美和都禰命を奉斎する尾張氏関係氏族が祭祀を担ったと見る説がある。 ・・・ となっています 駐車場は裏手にありましたから回り込んでこちらから境内へ こちらの拝殿で参拝をしまして記帳していただきました(桃色の拝殿がかわいい気もしますけれども) が・・・ 宮司様と気があったのか何故か社殿の中へご案内Σ(・ω・ノ)ノ! ワタシ不作法者なので恐縮でしたけれども (流石に本殿に入る度胸はなかった・・・)出典:ぎるでぃさん
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大神神社の次に真清田神社(ますみだじんじゃ、眞清田神社)へと行ってきました こちらも尾張の国の一ノ宮でして・・ 尾張の国も一ノ宮が二社あるのですね(結構一ノ宮が複数あるお国ってあるものなのですね) いつものごとくうぃき頼みで・・ ・・・ 愛知県北西部、一宮市の中心部に鎮座する。創建は詳らかでないが、古代に尾張地方を治めた尾張氏の奉斎に始まるとされ、尾張氏祖神の天火明命を祭神とする。中世には尾張国の一宮に位置づけられ、一帯の地名「一宮」はこの真清田神社の社格に由来する。現在でも一宮市の市章は真清田神社の神宝がモチーフとされるように、古くから一宮地域の発展に関わってきた古社である。 ・・・ となっています さてこちらの鳥居をくぐりまして境内へ こちらの楼門もくぐり抜けまして こちらの拝殿で参拝をして記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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真清田神社の次には松平東照宮(まつだいらとうしょうぐう)へと行ってみました 東照宮めぐりの御朱印帳もありますし さて こちらはうぃきによりますと ・・・ 松平東照宮(まつだいらとうしょうぐう)は、愛知県豊田市松平町赤原13にある東照宮。文化財としては「松平氏遺跡」のうち「松平氏館跡」として国の史跡に指定されている。 松平親氏を祀り、さらに松平郷松平家が大正時代まで在住した。境内には徳川家康産湯の井戸跡や松平家の屋敷跡などの史跡がある。近隣には松平家の菩提寺である高月院や松平城址などの史跡が散在する。 元和5年(1619年)、9代松平尚栄が、八幡宮(現在の松平東照宮)に東照大権現を勧請した。 なお、この神社の敷地自体が松平家の屋敷「松平氏館」の跡で、現在でも石垣や濠などが残されている。 ・・・ となっています つまり・・徳川家康の生まれ故郷で良いのかしら 何となしに行ってみますと 結構な山中に案内されちゃったりしましたけれども(愛知県はもっと平地だと油断してた・・・) こちらの拝殿で参拝をしまして 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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松平東照宮の次には滝山東照宮(たきさん とうしょうぐう)へと行ってみることに こちらはうぃきによりますと ・・・ 日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮の一つとされることがある。 ・・・ となっています さて行ってみますと 滝山寺の境内にある感じなのですね なにわともあれ境内をうろうろしまして こちらの鳥居をくぐりまして こちらの拝殿で参拝をしまして・・ 御朱印は書置きということになりましたけれども 無事いたたけました出典:ぎるでぃさん
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