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#芳賀氏 の記事
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国の史跡に指定されている飛山城/飛山城(宇都宮市)
飛山城は、鎌倉時代の後半に、主家の宇都宮城に近い当地に芳賀高俊により築かれたと伝えられています。芳賀氏(清原氏)は益子氏(紀氏)とともに「紀清両党」と呼ばれ、宇都宮氏を支えた武士団です。芳賀氏は、天武
2023年1月26日 [おすすめスポット] ピズモさん -
20120221 飛山城③
曲輪Ⅳです。飛山城の主要部の南面を守備している曲輪です。ここからは、平らな地面に柱穴を掘り、直接柱を立てた掘立柱建物の痕跡が発掘されています。
2012年3月2日 [フォトギャラリー] ゴランさん -
先週の城攻めの記録
先週の話ですが、2月21日(火)に宇都宮へ行ってきました。目的は、栃木県立博物館です。昨今、ブームという事もあって戦国時代関連の展示も多いので、城攻めだけでなくこういった博物館や資料館に行ってみたりも
2012年3月1日 [ブログ] ゴランさん -
20120221 飛山城②
大手門の内側、5号堀の手前には、「枡形」がありました。「馬出し」って言うほうが正解かな。虎口にこのような凝った造りがあるのは此処だけでしたが、他の虎口には無かったんだろうか?
2012年3月1日 [フォトギャラリー] ゴランさん -
20120221 飛山城①
栃木県宇都宮市竹下町にある飛山城です。鎌倉時代後期、宇都宮氏の家臣 芳賀氏によって築城されました。宇都宮城の東約7Kmの鬼怒川東岸の台地に位置し、東西240m、南北420mの長方形をしています。北面と
2012年3月1日 [フォトギャラリー] ゴランさん -
20090613 勝山城 その1
栃木県さくら市氏家(旧氏家町)にある勝山城です。鬼怒川の河岸段丘上に造られた南北420m、東西370mの崖端城(がいたんじょう)です。鎌倉時代末期、宇都宮氏から分かれた氏家氏によって築城され、その後、
2011年10月26日 [フォトギャラリー] ゴランさん -
20090613 勝山城 その2
⑧北端の土塁の内側は空堀になっています。⑦の位置から見るよりさらに北端の土塁は低く感じます。空堀の底もかなり土砂が堆積しているのでしょう。大抵、1mから多いところは3mも土砂で埋まっていたなんて話が多
2011年10月26日 [フォトギャラリー] ゴランさん -
関東平野は広い・・・
6月13日は、城攻めに行ってきました。前回の大田原城,黒羽城から引続いて栃木県北部の城跡です。戦国時代のこの地域は、中小の勢力が鎬を削ることを繰り返し大勢力にはなりませんでしたが、長い期間その状態だっ
2009年6月18日 [ブログ] ゴランさん