ハンデキャップ

抗がん剤治療の化学療法が効果が出ているのか、体調も元気が感じられ、仲間のゴルフ談義に入って歓談していたら、何か体が疼くという感覚が蘇り、仕舞い込んでいたゴルフ道具を掘り出したりして、ほんとに久し振りにゴルフ練習場に向かった。
月曜日と木曜日がシニアデーとして、年寄りには割引料金がサービスされている。その他の平日も午前中なら早割りと称して割引が適用される。
手取り足取り、受け付けを済ませ、レンジに落ち着くと、かなりの混雑、前も後ろも打ちっぱなしに勤(いそ)しんでいる。
ワタシの前はご婦人で同年輩に見えた。
一応、ラッキーなのだ。同じようなジジィの後ろで打つのは気が進まない。折角、久し振りに打つのだから。
しかし、この人ご婦人も上手にボールを飛ばす、体も柔らかそうだ。やむ無くワタシは、玉を転がしたり、ハーフスィングで誤魔化しながら打っていた。
暫くすると、ご婦人は何か、クラブの先で避けて、こちら側に寄せてきた。ボールを自動供給する穴のゴムの黒いカバーだった。(あー、あれは下手くそは、ダフって外す)と思ってそのまま練習に励んだ。少し汗ばみ、椅子に掛けて帽子やマスクの汗を拭(ぬぐ)っていたが、はたと気づいた。前の彼女のボールの供給穴には、黒いゴムのカバーは付いたままである。
暫し思案の途中にも彼女は顔が広いのか幾人も男性客が挨拶をしたり、少し話し込んで立ち去って行く、女性はこのゴルフ練習場では珍しいのか。人気者なのか。
練習を続けながら気付いた、ワタシが飛ばした黒いゴムが前の彼女に当たり、それをそっと押し返してくれていたのだ。矢張り謝るべきだと思い、意を決して、持ってきたカロリーメイトとクラッカーを用意して、両手に載せて見せて「ご免なさい、判らなくて、下手なもんで、失礼しました」「・・・」「どうぞ、受け取って、おお上手ですね、シングルですか」「はい、シングルです」「練習なんて要らないくらいお上手で」
「・・・」
女房が、低血糖防止に用意してくれたクラッカーを手渡し、自分のレンジに戻って玉を打った。ひたすら打った。
いそいそと帰り支度をする彼女、黙って打ち込みながら、汗ばむ背中が気になった。
〈シングル？〉って、ワタシは、ナンパしたわけではありません。