
梅雨の合間の久しぶりの星空に誘われてナイトドライブに出た。夜空にはまるでスリットが切れたように細い三日月浮かんでいて、開け放した屋根ごしに低いビルの谷間に月が見え隠れする。
自己顕示欲に駆られた者どもの走り回る環状線はスルーして北上。外環道を抜けて関越道に入った。平日ということもあり、交通量は少なめで3車線の一番右側をいつものペースで走る。
所沢を過ぎたあたりで、月が見えなくなったことに気がつく。すでに沈んだのか、雲が出てきたのかとっさにわからなかったが、先ほどまでかすむ夜空にかすかに見えていた星もみえなくなっている。
三好を過ぎるころは空気が湿ってきたのがわかった。
次の高坂SAで屋根閉めないとやばいな。そう思いつつ雨が降り出したらすぐに路肩に寄れるように右の車線から中央車線に移って先を急ぐ。
川越ICを過ぎたところで、いきなりフロントガラスに大粒の水滴がポンポンポンポンとあたって砕け始め、やばい、路肩にって思った瞬間にワイーパーを動かさないと視界が確保できないほどの降りになってしまった。
こうなると路肩に止めて屋根を占めるのは無理だ。陸橋の下とか雨をしのげる場所を探さないと、路肩に止めるための減速する時間とトップを占める30秒程度の時間の間に室内はびちゃびちゃになってしまう。
幸い今どきの屋根なしは90kmぐらい出せば大雨でも室内に雨は入らないからトップを閉める30秒程度の時間雨をしのげる場所を考えながら探先を急ぐ。
ーそうだ!鶴ヶ島JCなら路側帯も広くて停めやすい。
雨は一層激しく降っていて、シートバックがウインドディフレクターが巻き込んだ飛沫で濡れ初めた。鶴ヶ島JCの圏央道行きランプを通り過ぎたら一気に減速し交錯する圏央道への導入路の陸橋の下に滑り込む。ここは4本の導入路が交錯するおかげで、これだけ強い雨が降ってるのに路面はほとんど濡れていない。
陸橋の下には先客がいた。現行のアルファスパイダーのシルバーだ。おそらく自分と同じようにトップを閉める為にこの場に止めてるのだろう。スパイダーの手前のスペースは濡れそうだったので、追い越してその前5mほどの場所に止めてハザードを付けて急いでクルマを下り、トップを閉じてしまうと手が入りにくいシートバック裏側の濡れてる場所を賢明にタオルでふいた。
あらかた拭き終わって運転席に戻りトップを閉じようとすると後ろで女性の声が・・・。通り過ぎる車の走行音が橋に響いていたのでなんて言ってるかは聞き取れなかったし時間が時間だから背筋に寒いものを感じながらも、振り返ると肩より短い髪がびっしょり濡れた女性が立っていた。
「え!」って声を上げてしまったけれど、通り過ぎるクルマのライトに照らされた顔は青ざめて不気味な様子ではなくて、ほんとに困った表情だった。
どうやら普通の人間らしい(笑)
「おどろかせて、すいません。雨に濡れてしまって・・・」
「いやぁ、ちょっとびっくりしちゃいました(笑)。あのスパイダーの方ですが?ひどく濡れちゃいましたね。ウエスのきれいなのがあるから貸しますよ」
「ありがとうございます。自分もそうですがクルマも結構ぬれちゃって、でもタオルとかなんにも持ってなくて。」
トランクを開けて、カーショップでまとめ買いしてるウエスの袋から何枚かを彼女に渡した。
「ありがとうございます。本当に助かります。・・・それで、実はもう一つお願いがあるんですが・・」
「なんでしょう?クルマ動かなくなっちゃったならJAF呼んであげますけど」
「いえ、クルマは走るんです。でもどうやってもトップが閉まらないんです・・・さっき開けたときはちゃんと動いてたのに」
偶然にも自分には思い当たることがあった。
「とりあえず、ちょこっと見てみましょうか」
「ほんとですか!!!申し訳ないです。このままじゃ雨がやむまで動けないしどうしていいかわからなくて」
とりあえず自分のクルマの屋根をしめ、念のためにキーロックして彼女のスパイダーへ向かう。歩きながら、よもやの考えが頭をよぎる。
―ひょっとして、これ新手の美人局だったらやばいな~。
これでいきなりデカイ男が現れて、お前のクルマのキーと有り金をだせ!って
言われたらどうすっかな・・・
そんな、自分の思いを図られたかのように、いきなり彼女が振り返った。
「屋根しまらなかったら、このまま雨宿りするしかないでしょうか・・」
「大丈夫。自動がだめでも手動でしめられます。女性一人じゃ厳しいかもしれないけれど僕がしめてあげますよ。」
「すいません、本当に。」
クルマのまわりに人が隠れてる様子はなかった(笑)ので、運転席に座りエンジンをかけたうえで、センターコンソールのトップ開閉ボタンを押す。忙しくポンプの音ががするもののトップは動かない。
「ここに止めてからずっとこんな感じなんです。開けるときはすんなり開いたのに。」
クルマから降りて運転席を倒し、座席の裏にある物入れを開け、怪訝そうに見ている彼女に問いかけた。
「ここ最近触ったりしました?」
「え?、あ!はい。さっきここに止めたときに、そこにタオルをしまってた気がして開けてみたんですけど・・入ってなくて。」
「ああ~、その時になんかワイヤーみたいなもの引っ張っちゃったりしたかな?」
「あ、はい。暗かったので中を探ったときに指がひかかってひっぱちゃいました・・・でもなにもおきなかったので、そのままです。あれがまずかったんでしょうか。」
「たぶん。でも、それが原因だったらすぐ直りますよ!」
小物入れの中にある小さな輪っかのついたケーブルを、ゆっくりと中に押しむと中に入っていく手ごたえがあった。
「これで閉まるかもしれない。」
再びトップ開閉ボタンを押すと、オイルポンプがちょっと唸ったあとグンっという音とともにトップが動き出した。
「ああ!!うごいた!なおったんですねー」
彼女は満面の笑顔で喜んだ。
ややこしい動きをするスパイダーのトップは、ロールバーにトップのライナーがやや引っかかりながらも無事しまった。
「やっぱり思ったとおりでしたね。あの輪っかは油圧ポンプの圧力抜きなんですよ。実は自分も以前に同じミスをしてね(苦笑)」
「それは、どういうときに使うんでしょうか?」
「ポンプが故障したときに手動でトップをしめるのに抵抗をなくすためですね。間違えて引っ張っちゃたら今みたいに押し込んでみてください。」
「覚えておきます。本当に助かりました。なんてお礼を言っていいやら」
「わたしたタオルで車室内と自分の髪を拭いたほうがいいですよ。レザーシートはふきあげたあとで、保湿剤をぬったほうがいい。」
「はい。ありがとうございます。これは洗ってお返ししますので」
「いやいや、いらないですって(笑)。1枚10円もしないんだからそのままクルマ用のタオルとして使ってください。」
彼女は黙々とタオルで、すっかりぬれてしまっているシート後ろ側のスペースをふく。
ひとしきりぬれたシートを拭いたあと、彼女は自身の濡れた髪をタオルで拭った。
「革シートの保湿剤ってオートバックスとかで売ってますか?」
「ええ、お手軽なシートタイプがいいですよ。ちょうど空き袋あるからあげます。お勧めです。」
「ありがとうございます。回りにオープンカー乗ってる人いなくていろんなことわからないままなんです。実は他にも教えていただきたいことがあって・・・」
それから屋根の洗浄剤のこととか防水用のケミカルとかオープンカーならではのメンテについて問われるままに立ち話をしてたら、いつしか雨もあがり日付が変わりそうな時間になっていた。
ぼちぼち引き時だ。
「じゃ僕はぼちぼち行きます。帰り道、お気を付けて。」
「あの、メールアドレスとか教えていただけませんか?」
「いいですよ」
自分の携帯のメールアドレスを彼女の携帯で入力して渡して、車に戻ると、ゆっくりとスタートした。バックミラー越しにお辞儀をする彼女が見えた。
― あ、名前きかなかったな・・・まあ、メールが来ればわかるからいいか。
あれから半年。いまだに彼女からのメールは来ていない(笑)。
※ この物語はフィクションです。実際する人物や団体と一切事実関係はありません。