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2007年11月15日 イイね!

人馬一体に赴く道②

人馬一体に赴く道②翌日の夕刻、私は春先ということもあり一張羅の革ジャンにタートルのセーターを着込んで、くだんの店に向かったのだが店に近づくにつれて、その異様な光景に目を奪われることになる。

その店の前は片側2車線の広い県道だが、店の前には20台近いバイクが並び、車線をわたった反対側の路側帯にも同じぐらいの数のバイクが並んでいる。さらにその前後にアルファのジュリアや911がとまってる。どこの誰がどう見たって、これが今宵のツーリングに参加するってことはわかるが、あまりに台数が多い。まるで丸走の集会・・・:::

店に近づくと、屈強な男子が止める場所を誘導しつつ野太い声で話しかけてきた。

「店なら今日は休みだけど、ツーリング参加かい?」

「はい・・・昨日、ここに来いといわれて。。」

「OK。じゃあこっちに同じように並べて。ハンドルロックはかけないで止めてくれ。こっちで動かすことがあるかもしれないんでね。ロックしなくても、この店の前に止ってるバイクを盗むような馬鹿は横浜にはいねーから大丈夫(笑)。で、バイク止めたら店のうらに回ってくれ。そっちでツーリングの説明するから。」

バイクを止めると見知らぬ人たちに混じりながら恐る恐る店の裏に回った。そこはすでにたいそうな宴になっていて缶ビールや瓶ビールを片手に大声で笑ったり怒鳴ったりしてる大人たちであふれていた。

中にはビールじゃなくてジャックダニエルをラッパ飲みしてるツワモノまでいるし、外人も多く英語もとびかっていて無国籍状態になっていた。ツーリングの説明があるって聞いてたものの、それらしいブリーフィングが始まる様子はまったくなく、宴は24時近くまで続いていく。

なんだかいつの間にやら話しかけられて、答えるうちにビールを持たされ初めて会う人にもかかわらずバイク話とかで、何人かの人たちとそれなりに打ち解けてきた。

そして午前零時ちょうどにそれはいきなり始まった。
昨日の酋長が出てきたと思ったら用意された壇上にあがり大声で怒鳴り始めたのだ。

「おまえらー、今から走るぞー。ルートはいつもどおりだ。自分やバイクがだめになったらとっとと離脱しろ。ついてこれるやつはついて来い。死にたくないなら信号無視だけはするな。以上!。」

宴はいきなり終わり、おのおのメットを手に自分のバイクに向かう。自分も遅れないようにと必死でついていくと、さっき話しした人が隣のバイクだったので、これ幸いとにとりあえず聞いてみる。

「いつもどおりってどこ行くんですか?」

「おたく、はじめてだっけ?。行く先はたぶん長野経由で新潟かな」

「え???、どっかに泊まるんですか?」

「ははは!、泊まらないよ。24時間の日帰りさ(笑)。とりあえず心細かったら、なんとか俺についてきな。でも、ペースはあわさないぜ。ところどころタバコ休憩するからその間に追いついて来い。」

「はい。がんばります。よろしくお願いします。」

その人のバイクはZ2だったが、見たことないマフラーやカウルがついていていかにも速そうだった。でも、このZ2なら大きくて重いから、自分のRZ250でついてけるはず。実際、箱根や道志道(当時は月夜野まで)で、この手の大型バイクに負けたことないし。

いっせいにエンジンがかかり深夜の街に爆音がとどろいた。もう、その辺の族なんて目じゃないほど。スタートは誘導灯を持ったスタッフがいて、その指示にしたがって4台づつ順序良く出て爆音とともにスタジアムの交差点に消えていく。

自分の番がやってきて、さっきのZ2の人と一緒に猛然とスタートした。そしてびっくりした。普通のZ2じゃない驚異的な速さで、あっというまに離されてしまう。

とにかく、その後のツーリングはすさまじいものだった。

午前零時すぎに出発したあと、高速を使わず裏道のような狭い道をあえて選んで箱根へ。深夜の旧街道を一気にかけのぼり乙女峠をこえて御殿場へ。御殿場から山中湖にぬけて河口湖から御坂峠をこえ甲府。

甲府から20号線をかけあがり、小淵沢から八ヶ岳有料道路にぬけて清里へ。清里から八千穂に抜けたら、そこから麦草峠にもどって白樺湖~大門街道~佐久~御代田。そこで昼食。

その後北軽井沢~万座~水上と進み下道で新潟へ。ここで夕食をとったあと関越道にのって、まっしぐらに爆走して翌日の午前零時ちょっと前にスタートした店の前に帰ってきた。

24時間で1000km以上。超えた峠は数知れず。

当然スタートしたときは40人以上いたメンバーも次々に脱落して最後にもどってきたときは半分をきっていた。速く着いた人たちは、2時間前だったという。

自分は最後までZ2の人になんとかついていったものの、どの峠道でも、どうにもならないぐらいに離された。軽量2サイクルの得意とするタイトコーナーの続く下りですら、コーナー二つで見えなくなった。あんなに重いZ2やその前を行くCB750K1、GX750がヒラヒラとタイトコーナーに消えていく姿は、あの教官とまったくおなじ。まさに人馬一体だった。この一日で自分のそこの浅いライディングは微塵に砕け散った。

なんとか帰り着いた店先でへばって座り込んでいると、くだんのZ2の人に声をかけられた。

「おう!、がんばったなー。初参加で完走とは見どころあるぜ。ま、峠はすげー遅くて笑っちゃったけどな(笑)。」

「すいません、峠で足手まといで。まったくついてけませんでした;;」

「まぁ、こけずについてこれたし、帰り道はマシに走ってたから良かったよ。俺程度の走りでも参考になったろ?」

「ラインとかは勉強させてもらいましたけど、でも自分はステップこすってぎりぎりなのに、同じコーナーを大きくて長いZ2で、バンク浅くステップもすらずに走れるのかが、わかりません」

「ははは(笑)。簡単さ、アクセルあけてるからだよ。お前は、コーナーでアクセル閉じて辛抱して回ってる。俺はコーナーでアクセルをあけて気持ちよく回ってる。アクセル開けるとさ、フロントフォークが伸びるから、バンクとステップに余裕が出るんだよ。」

「あれ以上アクセル開けたら曲がれませんよ。飛び出しちゃいます。ぎりぎりです。」

「以外と馬鹿だな、お前(苦笑)。大学いってんだからもうちょっと考えて乗れよ。左右の重心ばっかじゃなく前後の重心とか、バイクが自分で動きたがる方向とかさ。いろいろあるだろ?。そういうの考えて感じて走れよ。それからさ~、俺のはZ2じゃないよ。Z1だからね、パワーはあるけどZ2よりもっと重くて大きんだぜ(笑)」

Z1だったのか・・・そりゃついていけないわけだ。でも200kgを余裕で超えるあのマシンを自分より小柄な彼が、ああまでも軽々あつかえることが凄かった。

このチームでは、軽くて扱いやすいマシンで峠を速くはしれるなんてのは当たり前のことであって、いかに重くて大きなマシンと馬力を軽々と扱ってみせるかが騎手を超えた人馬一体の極意だった。とはいえ、Z1のライダーが話してくれた人馬一体のための合気道みたいな道理が、さっぱりわからないわけで、その会得の仕方から模索しないといけないと思った。

かくして、さらなる探求の道は続いていく。

※ この話は実際にあった話を元にしたフィクションです。登場する人物や団体については架空のものが含まれます。
Posted at 2007/11/15 00:04:37 | コメント(5) | トラックバック(0) | 人馬一体に赴く | 日記
2007年11月14日 イイね!

人馬一体に赴く道①

人馬一体に赴く道①人馬一体とは、古くは鎌倉時代、流鏑馬において使われたのが始まりらしい。流鏑馬においては、馬上で弓を射るために手綱から手を離し馬を走らせる。手綱を使わず鐙だけで馬に一定の方向と速度を維持させるその技術こそ人馬一体の原点。

私が最初にこの古式な言葉に出会ったのは10代も半ばを過ぎてバイクの免許をとったころ。試験場の小柄な教官が当時の重くて大きなCB750に軽やかにと股がり、スターター一閃、矢のような加速のあと一瞬ブレーキランプが点灯したとたんクランクにスルリと切り込み、試験者には見たこともない速度でヒラヒラと舞うようにクランク→メガネと抜け、一本橋に乗ったらすぐに数秒とまりそのままスルスルと走り抜けて、波状路をフロントウイリー気味で超える。まさに人馬一体。馬を乗り手が操ることの境地。小柄な試験官が見せたその走りは今も脳裏に焼きついている。

戻ってきた教官に、若造の自分はすかさず質問する。

「どうしたらそんなに自在に乗れるようになれますか」

教官はあっさりと答えた。

「バイクの走りたいように走らせばいいだけ。バイクが行きたい向きを自分の向きにあわせればいい。馬なりこそ人馬一体の本領。」

人馬一体とは???

解らないまま、グルグル走っても転ぶばかりの日々だったが、なんとしても人馬一体を会得したいと思う気持ちは強く、バイト先で知り合った女性に連れられて、その女性の実家のバイク屋に行くことに。

行ってみてびっくり。

なんと、そこは当時国内屈指の準ワークスチームを運営しているNモータースだった。後の全日本チャンピオンで世界GPでも活躍した平忠彦もその場に居るようなチーム。

しかし、そのチームは本当に相撲部屋みたいに厳しい場所だった。平氏でさえ昼間は、そのチームの母体であるバイク屋のメカニックとして働き、夜仕事が終わってから自身ののるマシンの整備と体力づくり。休みは朝から富士や筑波に行って練習やタイヤテスト。誰もがハングリーで鬼気迫るまなざし。

大学通って、レースもちょっとやってみたい程度の甘ったれた小僧が「人馬一体」なんて能書きたれて来る場所じゃない(笑)。紹介してくれた女性にもその気持ちは伝わったらしく「もっとぴったりのところあるよ~、まさに人馬一体かな。ちょっと雰囲気悪いけど、どうする?いってみる?」

もちろん行って見るに決まってる。

とりあえず彼女を自分のバイクのけつに載せて、言われるままにその場所に向かう。

そこは横浜の中心部でありながら、米軍のペースやドヤ街が近くにある横浜でもっともディープなゾーン。1980年代でありながら、夜になれば通りに立ちんぼが立ち、バーやスナックで酔って暴れたアメリカ兵をMPが確保してベースに連れ戻すなんて光景が具間見られる場所だった。

そのMC(モーターサイクルクラブ)があるバイク店に行くと、さっきの相撲部屋を上回るカルチャーショックを受けた。店先には当時はまだ逆輸入でしか手に入らない国産メーカーのリッターバイクがずらっとならび、その周りには、いかついオヤジどもが地べたに座ってたむろしている。

その中には白人もいれば黒人やアジア人も居て、他国語がとびかっていた。とりあえず紹介してくれる女性は、その連中と顔見知りらしく軽く手を上げて、挨拶しながらズカズカと中に入っていく。

そして狭い店の奥にいたロンゲでヒゲのインディアンの酋長みたいな年配の人に声をかけた。

「ひさしぶり~」

「おうっ。Nの娘かー。こんなところ来たら親父がぶちきれるぞっ!」

「へへ、こんなところ来てるなんてわかりゃしないから大丈夫だよ。ここにはオヤジにチクる人はいないっしょ!。で今日はさ、紹介したい人がいてね。この彼、バイク上手くなりたいんだってさ、しかも人馬一体になりたいって(笑)」

その酋長は大きく目を見開いて私をにらみつけた

「おまえか!Nの娘をタンデムに乗っけてくる馬鹿は!!」

「え?、乗っけちゃいけないんですか」

「お前聞いてないのかぁ???ますます阿保な奴だ(笑)」

酋長は、にやりと笑うと女性の方を向いた。
彼女はぺロッと舌を出しながら言った。

「ごめんねー、うちのオヤジにばれたら間違いなく君にはグー3発だよ。そのうえ後ろに乗せたら最後、あたしを嫁にもらうしかないってことになってるからさ~(笑)」

そんなの聞いてねーし、21歳の小僧で学生で生活力ないし;;

酋長は笑いながら続けた

「つまりだ、嫁にもらうような覚悟の無い奴はニケツをするなってことだな・・・で、覚悟あるのか?」

「無いですよー、だってまだ知り合って1ヶ月だし。もちろんニケツには自信と覚悟はあります。」

「はははははは、そうか!。また、ふられたぞっ!おめーなかなか嫁にはいけねーな。」

「つーか、あたしもその気はないってば!。」

って言われるのも辛いっす。

酋長は真顔にもどって話を続けた。

「うちに入るかどうかは、お前が決めろ。うちはNんところみたいな体育会系じゃない。やるかやらないかは自分できめりゃーいい。だいたいレースで速くなったって道じゃおせー輩はいっぱいいる。うちにもモトクロの全日本チャンピオンがいるけど、チームのなかじゃ遅いほうだ。ちなみに、お前はプロレーサーになりたいのか?」

「いえ、普通に街乗りでうまくなりたいんです。人馬一体になりたいんです」

「人馬一体!そりゃいい(笑)。まさに、うちの目指すところだぜ!。じゃ、とりあえず明日の晩にここに来い。明日はちょっとしたイベントがあって、その後みんなでツーリングに出る。そこで先輩たちの走りをみて、それが自分の求めるものだと思ったら入ればいい。違ってたら二度とここへは近づくな。」

彼女がにっこり笑って言った。

「すごいじゃん!いきなりツーリングに参加だよ!頑張りすぎて死ぬなよ(笑)」

「え????」

「このチームの目指すものって、まさに人馬一体なの。君の目指すものズバリでしょ。でも人馬一体になるのは大変なことだからさ、なれずに消える人もいっぱいいるわけ。この世から消える人も含めてね(苦笑)」

そういうことでしたか・・・

だからこんな絵が描かれたTシャツを皆さん着てらっしゃるわけですか・・・。



「このTシャツって?」

店の奥に居たおカミさんらしき人が答えた。

「4900円。買う?ツーリングに行くなら着なきゃだね。あんた、みたところサイズはLだな。黒ならLあるよ。」

「はい。買います。」

こうして自分の人馬一体へ赴く長い道のりは始まったのだった。


※ この話は実際にあった話を元にしたフィクションです。登場する人物や団体については架空のものが含まれます。
Posted at 2007/11/14 16:10:01 | コメント(2) | トラックバック(0) | 人馬一体に赴く | 日記
2007年11月12日 イイね!

507をフォトギャラリーにアップしました。

507をフォトギャラリーにアップしました。というわけで、ちゃんとしたデジカメ持参して、フォトセッションしてまいりました。
日本に2台しかない超希少車との逢瀬は素敵な時間でした。ちなみに、この個体は、堺市に寄贈された「ドイコレクション」の一台。国内の残る一台は、浜松の大津氏が所有されているそうだ。
Posted at 2007/11/13 00:53:43 | コメント(2) | トラックバック(0) | Z8 | 日記
2007年11月11日 イイね!

4号機インプレ。

4号機インプレ。日曜日は4号機で100キロぐらい走った。なんで一応インプレ(笑)

第一印象としてトラクションと飛び出しの良さ。4WDはフリクションが大きくてカッタルイって思いがちだけど、CVTの癖を上手く掴んでしまえば60キロまでの加速はカナリ速くて、ヴィッツやマーチクラスには負けない(笑)

スーチャーのキーンと言う金属音を軽く響かせながらCVTらしい無段加速が続く。さすがに80キロを越えると加速は鈍るけど、登坂車線のある長くキツイ登り坂でもキックダウンなしで80キロを維持できる。

ブレーキは初期制動がスローだけど踏み込めばしっかり止まる。このあたりリアエンジの強みと4WDのエンブレの強さにも助けられている。

足はガチガチに固めてあるので当然ギャップで跳ねるけど、ピッチングはなし。アシストなしのステアリングは舗装路での据え切は少々辛いが、走り出せば重さは感じない。

むしろ車庫入れは、クリープなしのCVTと今どきの低速でフリーになる4WDとは違う、常時接続のゴリゴリしたフロントデフの重さに慣れる必要がある。

とはいえ、ハルデックス変えてパワステプーリーを小さくしてる1号機(TTRQ)とあんまり変わらない(笑)

コーナリングは予想外にプッシュアンダーが出なくて、弱アンダーで素直に頭が入る。タイヤが10年以上前の農耕用のM&Sにしては、ドライもベビーウェットもしっかりグリップしてくれた(笑)

季節がら近々スタッドレスに替える予定だけど、その前にこのタイヤが本領を発揮するだろうグラベルやダートを走ってみたい。

とりあえず第一印象は上々っす。
Posted at 2007/11/11 23:57:14 | コメント(4) | トラックバック(0) | サンバー | 日記
2007年11月10日 イイね!

Z8修理完了!【喜】

Z8修理完了!【喜】昨日、サービスセンターから修理完了の連絡。前回の件があったから、高速道路での試走も十分に行って症状がでないこと、エンジンの調子が十分にいいことを確認しましたとのこと。

そこまでやってくれたなら間違いないべーってことで嬉々として、本日朝から代車の528iで高崎へ。あいにくの雨模様だけれど、そんなの関係ねーっ♪って感じで高速を快走。12時ちょっとすぎに現地到着。

とりあえず、ちょっと試してのって本当に大丈夫か確認してからお会計をとおもったら「とりあえずお持ち帰りになっていただき、調子が十分に悪くないと確認された上でお電話いただければと思います」ってことになった。要するに、後払いでクルマお持ち帰りくださいってこと(笑)。

といいつつ貧乏性な自分は、そのまま家に帰らず前橋ICから北上、お隣の駒寄PAへ向かう。料金所からの2速フル加速でも、息つきなしでレッドまで吹けきりそのまま3速飛ばして4速で合流ランプをフル加速。

走行車線で6速にシフトしたあともスロットルはワイドオープンのまま。問題の4500回転はスムーズにクリア。と思ったら前が詰まった。流れにのったまま駒寄PAに。クルマをとめてトイレに行って帰ってくると、車に60過ぎのおじさんが数名たかってる;;;

なんだよ、って思いつつ近づくと・・・「これモーターショーにでてた新型ですか!」「あのBMWの新型ですよね?」と矢継ぎ早に。

なんと間違えたんだかわからないけど、とりあえず「違いますよ、これって2000年のクルマですし」と答えると「え~っ!こんなの見たことないよなぁー、ケンチャン」って隣のおやじはケンチャンなのか(笑)。
「何CCあるんですか?4Lぐらい?」
「いや5Lです。」
「そりゃーガソリン大変だよなーケンチャンよぉ!」
「俺なんか2LそこらのマークXでお手上げだよ・・けけけけけ」
ワライカワセミみたいな声だよ、ケンチャン。
「そうですねー。まあ、たまにしか乗らないクルマだから、ぼちぼちで」

って、ところで、クルマに乗り込んでETCゲートから外へ。そのまま200mほど走って反対側の東京方向のゲートへ回って、再び離陸。今度は合流から追い越し車線まで、まったくのクリアラップだったのでワープ7まで加速。気持ちイイ。

まったく無問題。しかし、絶不調になる前に徐々に悪くなっていたことを実感。こんなにパワフルで速かったっけなぁって感じ。碓氷軽井沢ICを降りて、いつもの和美峠を駆け上がると、ウエット&落ち葉なんでそりゃーお祭りのようにパワースライドしまくり;;;

Z8をうまくこなせるようになったと思ってたのは、エンジンの調子が下り坂で馬力落ちてたからだったと思い知らされた。ぜんぜん操れません・・・・。つーわけで、来週は早起きして朝練しなくては。
Posted at 2007/11/10 18:27:34 | コメント(8) | トラックバック(0) | Z8 | 日記

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「@サンデ 納車?」
何シテル?   11/08 16:06
ワインディングモンキー&オープンスカイジャンキーです。
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