三本和彦さんが亡くなった。
実際にお会いしたことはないが、自動車、ひいては工業製品全般に対する思想や趣味趣向において、私がこれほど影響を受けた人物はいない。
“自動車は人々の社会や生活の中にあるもので、そこから切り離して語れるものではない”
(
ベストカーWebの記事より引用)
三本さんのこの考えは、まさに私の自動車への向き合い方の基礎になっている。
常にユーザーの役に立つ論評を心掛けておられた三本さんは、人々の社会や生活に根ざした、リアルな消費者目線の評価軸をお持ちだった。
自動車を趣向品として扱い、マニアに向けて語る評論家たち(それはそれで否定しないが)とは一線を画した、徹底的なジャーナリズム精神。
自動車の評価としては、基本性能である「走る・曲がる・止まる」は当然ながら、実際の使用シーンにおける利便性を重視し、合理性や経済性を欠いた設計には常に厳しい目を向けておられた。
本質を疎かにしておきながら、表層的な高級“感”を貼り付けたようなデザインを「貧乏臭い」と批判。
一方で、色気や艶っぽさを感じさせるような粋な演出は、大いに褒めそやしていた印象もある。
また、国産車でありながら、日本の道路事情を無視するかのようにボディサイズを肥大化させるモデルチェンジなど、メーカー都合によるグローバル化の負の側面にも、警鐘を鳴らし続けた。
さらには自動車という製品自体の評価だけでなく、自動車ユーザーを取り巻く社会問題にも造詣が深かった。
利己や保身のためではなく、常にユーザーの視点に立った論評が持ち味であったと感じている。
私と三本さんとの出会いは、多くの人がそうであるように「新車情報」というtvk製作のテレビ番組だ。関西ではKBS京都で放送されており、子どもの頃から毎週欠かさずチェックしていた。録画したものを何度も何度も見返す時もあったくらい、熱心な視聴者だった。
世代的に、放送当時リアルタイムで視聴していたのは最後の数年間だけだが、近年もYouTubeに上げられた過去作を楽しんでいた。
また、著書や雑誌に寄稿された文章などでも、沢山楽しませてもらった。
三本さんの歯に衣着せぬ物言いは、気持ちいいほどに核心を突いていたし、何より面白かった。
番組でも文章でも辛口で、気になる事をズバッと斬り込んでいくスタイルが魅力であったが、ただ辛口というだけではない。人情味に溢れていた。
べらんめえ調で繰り広げられる秀逸な言葉選び、そして小気味よいテンポ感は、批評の中に心地よい緩和のリズムを生んでいたと思う。
私にとっては、モータージャーナリストに留まらず、勝手に心の中で師と仰いできた存在だ。
何にも媚びない、ブレない姿勢。間違っているものは間違っているとハッキリ言う姿がカッコよかった。そして、強さの中に、深い優しさと愛情が感じられたのだ。
今でも私は、初めて試すクルマに乗り込んだら、まずドラポジを合わせ、頭上空間は拳何個分なのか測っている。
車内からの視界は開けているか。運転しやすく、安心感のある空間設計になっているか。
ラゲッジスペースの使い勝手も重視。荷物の載せ下ろしに手こずらないか。バックドアの開閉のしやすさや、取っ手の位置も忘れずにチェック。
各部のレバー、スイッチ、グリップ類の配置や使い心地は、くまなく確認するのがお約束だ。
人間の感覚を無視したような、不健全な設計になってはいないか。そんな視点でいつも見ている。
あ、そうそう。
試乗コースでワインディングロードに差し掛かったら必ず、「え〜◯◯◯をいつもの山坂道に持って参りました」と言いたくなっちゃう癖は、もう抜けそうにないな。
三本さんから学んで身につけた評価軸は、これからもずっと私の中に在り続けるだろう。
本当に、沢山の事を学ばせてもらった。
正直とても寂しい。まだまだ、もっともっと三本節を聞きたかった。激変期といわれる昨今の自動車業界を、どんな風に見られていたのかな〜とか。
数年前に「遺言状」と題した記事を目にしたのが最後だったかな。
近年は表に出ておられなかったけど、大往生でしたね。
三本さん、ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りします。
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2022/07/24 05:34:58