
9月15日は 平成の大遷宮 60年に一回ってことなんで行ってきました!
台風が気になりましたが、進路を見ると島根県は台風の影響が少なそうだったので決行。
行きは第二神明-加古川バイパス-姫路バイパス-龍野を抜け中国道へ
米子自動車道 から 山陰道へ
カーナビが渋滞回避の為出雲インターから宍道インターで降りるようにと言っています。到着時間も1時間速くなりました。
出雲インターどんだけ渋滞してるねん!
って思いながらカーナビに従いました。

出雲大社!どぉーん!!

到着は12:30 多勢の参拝者です。
稲葉の白兎でお顔を隠してみました。

大社から振り返ると、大山が見えます。(ピンボケですみません)
神社の入口に近い所に小さな社があります、そこで日頃のけがれを落とします。
が、多分落としきれません(._.)
ここは二回礼をして四回手をうち一回礼をします、普通の神社とお詣りが違います。

神社といえば普通は杉か檜が参道に植えられているものですが、ここは松が参道に植わっています。
荘厳です!
大国主大神がお祭りしてある社殿、裏手に回るのですが、どっちからまわるねん?
気が付いたら右から反時計回りで詣ってました。
裏手にまわると社の大きさに驚きました。
木造建築とは思えないぐらい大きい!重厚!
凄い迫力です!
参拝者が裏からも写真を撮っていましたが、流石に神域、撮れませんでした。
そして自然に頭を下げ手をあわしてしまいます。
出雲大社の一番奥には小さな祠があります、素戔嗚尊、大国主命の父がまつられています。
そして、その裏にまたもや皆さん回っているので、意識せずに右手から裏手へ。
大きな岩の上に賽銭。
緑色の大きな岩です。
立て札に八岐大蛇の退治の神話も書かれています。
八岐大蛇は荒れる河を表しているとか、その河を治水工事で整備した事を神話にしたとか、日本には8つの大豪族がいててそれをまとめたとか色々な説があります。
どちらにしても、出雲には大和朝廷をしのぐ勢力を持つ豪族が存在したと伝えられています。
伊勢神宮の式年遷宮と出雲大社の大遷宮、敵対関係にあった神社なのにめでたいと喜んでいる平成の時代。
色々妄想しながらお詣りするとなかなか楽しめます。
この小川が結界なんですね。
神社やお寺は元々、隠したい物があるから豪族が神社仏閣を建てたと言われています。
大きな神社仏閣の地下やご神体の山に金、銅の鉱物があったり。
活断層があって地割れを塞ぐ為に神社仏閣が建てられたりしているそうです。
出雲大社は玉鋼の神様とも言われていて、やはり戦いの神様?
確かに隣の県の鳥取砂丘では砂鉄が採れて
上質の玉鋼が出来ると言われています。
出雲大社の外には千家、出雲大社を代々おまつりしている家柄だそうです。
観光客が記念撮影するのは、このしめ縄の下なんですね。
凄い迫力(O_O)
参道には勾玉のお店が多いです、勾玉は胎児それも初期の段階の胎児の形と昔に聞いた事があります。
神棚に榊を供えるのも榊の新芽が勾玉の形で胎児の形だからと生花の師匠から聞きました。
出雲の勾玉は緑石から作るそうです、ヒスイから作られていると思われがちですが、実は緑石なんですと店員さんから説明を受けました。
神社前にある勾玉の店から天皇が代わる時と大遷宮の時に勾玉が奉納される由緒正しいお店だそうです。
色々考えながらお詣りした出雲大社でした。。 。。。。 。
出雲の語源は、「八雲立つ出雲」から連想される雲の源泉という意味、あるいは諸神の母神イザナミの神陵地があることから、「母から生み出された」地の「出母」あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。ただし歴史的仮名遣いでは「いづも」であり、出鉄(いづもの)からきたという説もある。
Posted at 2013/09/16 17:43:56 | |
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