あいつと走り続ける

２月２０日 朝日新聞夕刊 スピード⑧
以下、抜粋…



１９９０年３月２３日、富士スピードウェイ。テスト走行をしていた村松栄紀が逝った。享年２４。Ｆ１をうかがうＦ３０００にたどり着いたばかりだった。

現場に真っ先に駆けつけたのが、片山右京だった。弟のように思っていた村松の死。片山は我を失った。

二人は、レーシングカーデザイナー由良拓也が率いるチームで出会った。先輩のタイムを抜きたいと走り続け、しまいには本当に抜いた村松に、片山は脅威を感じた。
その頃の片山は、自分以外はみんな敵と身構えていた。ところが村松は『こびを売るでもないし、さわやかすぎると言うか、まっすぐで誠実』だったから、片山の心も溶けていく。

３週間後、同じ富士スピードウェイでのレース。事故現場に差し掛かるたび、片山は村松の名を叫んだ。

村松の死に誰よりも責任を感じたのは、由良だった。山梨の果樹園の次男坊にレースの才を見て、この世界に引っ張ったのだから無理もない。

村松は速いばかりか、いま車に何が起きていて、どういう状態かを的確に説明できる稀有な能力があった。お前は金の卵だと、由良はヘルメットに金色のデザインを施してやった。

事故は、まさにこれからという時だった。駆けつけた村松の両親に、由良は泣くばかりで説明も出来なかった。

事故から２３年近く。
Ｆ１まで上り詰めた片山は言う。『あいつがいたら、中途半端は許してくれない。レースだけじゃなくて、何事でもそう思いますね』。

由良は今もレース界に身を置く。『ずるいよね。こっちはどんどん年取っていくのに、向こうは２４歳のままなんだよ』。

オフィスには村松の写真が飾られ、倉庫には事故車と同型の車が眠る。


片山右京も由良拓也も知っていましたが、村松栄紀の名は知りませんでした。
命日には片山や由良たちが生家に集い、思い出を語る、村松栄紀というレーサー…。

生死の境をひた走る。
こちらか、あちらか。
すべては一瞬で決まるのですね…。