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如月 宗一郎のブログ一覧

2005年10月21日 イイね!

今日のアクターズ・スタジオ・インタビューは笑った。

NHKでよくやってる「アクターズ・スタジオ・インタビュー」。今日のゲストはロビン・ウィリアムス。

実は見るのはもうこれで三回目だが、いつ見てもこれは窒息か腸捻転を起こしそうになるほど笑える。

この番組は大体、一人あたり1時間以下(キャリアにもよるが平均50分)で構成されるところ、彼の場合はなぜか80分の拡大版。

それもそのはず、冒頭でジェームズ・リプトンが「ROBIN WILLIAMS.」と静かにゲストを呼び、生徒がスタンディングオベーションで迎えるというお約束のシーンから、パロディ混じりのしゃべりと動きで政治・宗教・人種等、日本じゃ絶対やれないような不謹慎なネタ(いちいち書かないけど、日本で言ったら確実に該当する圧力団体から苦情が来そうな内容)で飛ばしてくれる。(実際、「飛ばしすぎ?」とリプトンに聞いている)

この辺りですでにモンティ・パイソン大好きっ子な私には超満足な内容

その後もリー・アーメイとはまた違った言語系瞬発力(これまたリプトンが「その頭の中はどうなっちまってるんだ」と聞くほど)を駆使した即興コントで多いに場を沸かしていたけれども、やはり感心するのはそのネタの広さ。
 本人も「(短大に4年も通えば)一般教養は取り飽きた。フリスビーとか…ゲシュタルト心理学とか…」と言うだけあって、それこそ「空飛ぶモンティ・パイソン」にも似た強烈な笑いがあり、特に絶妙なタイミングで動物虐待ネタのジョークをやるから侮れない。(『メリーに首ったけ』にもあるように、向こうでは動物虐待は幼児虐待と同クラスの犯罪とみなされるため、そこが笑いどころとなる)
 モンティ・パイソンもメンバーの殆ど(アメリカ人のテリー・ギリアムは除く)がオックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジ大学に代表されるエリートな総称)なため、ある意味見る側にもある程度の教養が求められる部分があったため、両者はかなり似ているとと思う。日本にも早くこれくらいの芸人が出てきて欲しい。

ところで、このアクターズ・スタジオ・インタビューにおいて大体共通するのが、ゲストの生い立ち話に出てくる「高校(か短大を含む大学)に進学して、そこにあった演劇科(クラブ)に入って演技の面白さを知った~」という部分。そして真に共通するのがそれに続く「そこで会った○○先生が素晴らしくてね、色々と教えてくれたよ」といったところ。この部分がまるでコピペしたみたいに登場する。

この点が日本と大きく違うところだろう。日本の大衆芸能の貧弱さはたとえ音楽番組であっても向こうの文化祭レベルと囁かれるが、その原因はやはりこういった訓練する機関や組織が教育システムが学校レベルで存在しないことだと思う。(インタビューではジュリアード(!)に行って、「軍隊の鬼教官も真っ青の迫力」の先生に指導受けた話があった)

とりあえずロビン・ウィリアムズはラッセル・クロウと並んで、番組中一番放送禁止用語を言った人間だと思う。(例のピ音が入りまくる

あとは次男の名前がコーディだったり、娘の名前がゼルダだったりするクオリティにちとワロタ。

最後に、生徒からの「数々の作品の中でこれぞR・ウィリアムスいえる自信作はどれですか?」という質問に対し、「まだないよ。今も模索している」(ここで会場から拍手が)とした上で、「これは黒澤明の言葉だ。“今も勉強中です” 立派な姿勢だ。今日も君たちから学んだよ」と古典を踏まえて答えたところに、尊敬の念を覚えた。



Posted at 2005/10/22 00:29:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | テレビ番組所感 | 日記
2005年08月03日 イイね!

NHKにて、中国語版電車男キタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!!

NHKにて、中国語版電車男キタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!!今日のクローズアップ現代は「中国・若者たちの本音とは ~日本人俳優をめぐる波紋~」だったわけですが、その中で中国の本屋が出てくるシーンの中で、『電車男』とおぼしき本が映っていました。(画像参照)

てっきり、「また海賊版か?」と思ったところ、どうも正規版のようでした

この辺の、さりげなくオタク要素を入れるあたりはさすがNHK。
(電車男は金になるせいか、民放も持ち上げてますがこの種の本家はやはりNHK)



Posted at 2005/08/04 00:19:37 | コメント(1) | トラックバック(0) | テレビ番組所感 | 日記
2005年05月28日 イイね!

今日の「世界一受けたい授業」には驚かされた。

今日の「世界一受けたい授業」には驚かされた。前からこの「『現役教師・河合敦の歴史教科書BEFORE・AFTER!』~あなたが学んだ歴史は、もうすでに非常識!?~」には興味津々だったが、いや本当に驚かされた。放送媒体によってここまで露骨に暴くとは。

まずいきなり、聖徳太子の肖像画は死後100年以上経ってから描かれたことを皮切りに、聖徳太子は2人以上いたという複数説など多数の説がありますということを紹介。

これらの「聖徳太子の実在は怪しい説」を、私は岡田英弘の『日本史の誕生』から知った(正確には歴史問題が騒がれ始めた90年代後半に兄から紹介された)。1994年初版の本だからもう結構前から言われていた話になる。

その97ページ、「信用できない『日本書紀』」として、聖徳太子は存在しなかったという見出しから始まる部分から引用すると、

(引用開始)

これは驚くべき発見ですが、もう一つ重大な発見があります。先ほど引用した、有名な「日出づる処の天子」の国書は、これまでの常識では、聖徳太子が隋の煬帝に送ったものということになっています。
 ところが、『隋書』の文面をちゃんと読めば、そういうことにはならない。なぜかといと、倭国の使者が隋にきた六〇八年、隋の使者・裴清が倭国に行った六〇九年、裴清の帰国を送る倭国の使者が隋に到着した六一〇年という時機は、『日本書紀』では推古天皇の在位中であり、聖徳太子が摂政だったことになっています。いうまでもなく、推古天皇は女王です。ところが、『隋書』では、この時機に倭国の王位にあったのは、アマ・タラシヒコ・オホキミという人で、名前から見て男王であることは、まちがいなく、しかも裴清はこの男王自身に直接会って話をしています。摂政である聖徳太子を王ととり違えたのだという説は成り立ちません。なぜなら、太子は王と王妃のほかにいたと、『隋書』はちゃんと書いてあるからです。そういうわけで、「日出づる処の太子」の国書を送ったのは聖徳太子ではなく、『日本書紀』には名前がのっていない、誰か別の倭王だったことが分かります。これはどう考えても、『隋書』のほうが正しく、『日本書紀』は史料として信用できないことになります。
 つまり、もし倭国の王座についているのが推古天皇のような女王だったなら、そのことを隋の使者が報告しない理由はありません。裴清だって、「魏志倭人伝」くらいはちゃんと読んでから倭国に行ったので、その証拠に『隋書』には、倭国の都の「邪靡堆」のことを「すなわち魏志のいわゆる邪馬台なるものなり」と注記してあるくらいです。有名な邪馬台国の女王・卑弥呼の故事を知っていた裴清が、もし倭王が女王ならば、それをわざわざ隠して、しかも土語の王号まででっちあげて男王にしなければならない事情は、隋の側にはないのです。そうすると『日本書紀』は七世紀はじめという、日本建国の直前の時代について、大変重大な嘘を言っていることが、疑問の余地なくはっきりします。


(引用終了)

つまり、岡田学説では「聖徳太子は実在しなかった」以上に、「推古天皇も実在しなかった」ことになる。

『日本史の誕生』には、他の箇所でも「推古天皇と聖徳太子は実在したか」(P41)や「実在の天皇と神話の天皇」(P50)とを挙げ、聖徳太子と推古天皇の存在を強く疑問視している。

(引用開始)

 さらにもっと怪しいのは、この六〇八~六一〇年当時の倭王、しかも隋使が本人に面会して男王であることが確かな倭王を、『日本書紀』が
女王の推古天皇としていることである。
『隋書』「東夷列伝」には、これより先、開皇二十年(六〇〇)、隋の文帝に使いを遣わした倭王のことを「姓は阿毎、名は多利思比狐、阿輩鶏弥と号する」といい、また王の妻は鶏弥と号すること、太子を名づけて利歌弥多弗利となすことを伝えている。この六〇〇年の倭王も、名前からも、妻があることからも、男王であることは疑いないのに、『日本書紀』では、女王の推古天皇の治世になっている。摂政である聖徳太子を王と誤認した、という説は成り立たない。『隋書』は明白に、男王とその妻とは別に、太子がいたことを記しているからである。
 推古天皇と聖徳太子がはたして実在の人物だったかどうか、極めて疑わしいと言わなければなるない。
(P44)



ところがそれ以前になると、もういけない。舒明天皇は聖徳太子の息子を押しのけて即位したので、このへんの事情の説明は、どうも歯切れが悪い。果たせるかな、同時代の六三六年に中国で書かれた『隋書』の記述によると、六百年から六一〇年にかけて、日本列島でもっとも有力だった酋長は、邪靡堆に都する倭王・阿毎多利思比狐阿輩鶏弥だった。これが男王だったことははっきりしているのに、『日本書紀』によると、この時期は聖徳太子の妻の母である推古天皇という女帝の治世になっている。真相はともあれ、七世紀はじめという身近かな時代についてさえ、『日本書紀』は信用できないことは確かである。(P51)

(引用終了)


副島隆彦ともなると、この問題はさらに強烈な様相を帯びる。
氏は以前に当ブログで引用した『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ〈下〉』の、やはり「スター・ウォーズ エピソード1」の評論でこう述べている。

(引用開始)

岡田説に立つ私は、「朝鮮系の渡来人」という考え方をも全て廃棄する。「中国歴代王朝期の商業民」が、日本に居留して倭人(日本の原住民)と融合して建国した、という考えに立つ。七、八世紀までの韓半島(朝鮮半島)には、日本と同様、民族や国家の成立はなく、倭人と同様の漁労系の原住民がいただけであろう。
 さらに、私は、「聖徳太子=蘇我入鹿(入鹿大王=華僑)説」を採っている。これは私の唱えた説ではなく他書でも書いたが、日本古代史の真実を暴こうとして奮闘している人々の研究書をあれこれ読んだ結果である。すでに、この学説は日本史学者たちの間でもヒソヒソと語られている。極めて簡単な語であるが、もし『三教義疏』などの仏典を、ほんとうに聖徳太子が自ら書いたのだとすれば、それは中国語(漢文)で書かれている仏典であるから、聖徳は中国人ということになるではないか。あるいは、倭人の族長の娘と華僑の間に生まれた混血だったともいえる。華僑は、倭人と交易しているうちに日本に館(砦、寺院)を築いて暮らし始めた。しかし、それでも強烈に中国人であるというアイデンティティを保持していた。相手は、ほとんど野蛮な原住民である。当時は、まだ、平仮名もカタカナもない。
 もっと、本当のことを書くと、聖徳(入鹿)が書いたとされる仏教の経典の類は、当時の中国の都市で出まわっていた仏教の解説書あるいは古代の小説のようなものであり、それを大枚をはたいて輸入して、日本で、表紙だけ貼り替えて、聖徳太子の作ということにしただけなのだ。こういう簡潔な真実をどうして歴史学者たちは正直に公然と指摘しないのか。わかっているくせに。


(引用終了)

手元にある放送大学のテキスト、『日本の古代』でも、厩戸皇子(聖徳太子)として、「蘇我堅塩媛所生の用明を父に、蘇我小姉君所生の穴穂部王女を母に持つという蘇我系王族である厩戸皇子が政権に参画した」とある。

冒頭の、聖徳太子の肖像画は後世の作という話を私は、この番組が始まる少し前にNHKの朝のニュースで見たが、さすがにNHKではここまで言及しなかった。できなかった、とも言ってよい。

この種のあぶない話は民放のバラエティーではないとできないのだろう。
かつては爆笑問題が「これマジ!?」で「アポロ計画の嘘」を、ビートたけしが「こんなはずでは」で「ロッキード事件はアメリカの陰謀」や、同じく「アポロは月に行ってない」を扱っていた。それでも民放といえども、ある程度のネームバリューがないと、この種の危険なネタはできないようだ。(特に「これマジ!?」の不可解な終わり方には驚かされた)

この構造はちょうど、「メリーに首ったけ」が単なるラブコメではなく、コメディーの体裁を取って、障害者問題や各種精神病、病的な犯罪に病んでいるアメリカを表現したことに近い。
この種の問題を真正直にドキュメンタリー映画にしたら、あっという間に圧力がかかって制作はできまい。(これに関してはハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ〈上〉 参照)

まあこれも、すぐに「そんなこと始めから知っていたよ。ねー、みんな」という扱いになって、そのうち公知されるのだろう。いつものように。


個人的には、今年の教科書から従軍慰安婦の記述が消えたのはなぜかとか、盧溝橋事件は偉大的劉少奇同志の手によるものかどうかの解説もしてほしかったが、それをやると番組が存続の危機になるのだろうなと思った。

あと、一休さんの話もあったが、故坂口尚の『あっかんべェ一休』リアルタイムで読んでいた人間には常識以外の何物でもない内容。


番組最後の方で、水曜に書いた味覚嫌悪の話もやっていて、今日の放送には大満足だった。



(注)
添付画像は祖母が物置を整理した時に出てきた財布に入っていた古い紙幣。
一万円札だけでなく、五千円札も聖徳太子のがあったとは。



Posted at 2005/07/11 00:14:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | テレビ番組所感 | 音楽/映画/テレビ
2005年05月25日 イイね!

アスパラガスが嫌いなキャラ。

「ためしてガッテン」にて、アスパラガスの話をやっていました。

オープニングクイズによると、ベーブ・ルースはアスパラが苦手だったそうです。


アスパラが苦手と聞いて、私が真っ先に思い出すのは、セーラーマーズこと、火野レイ

単行本10巻にあるSailor-team全データによると、彼女の「キライなもの」は「カンヅメのアスパラ」
なんとも実感的な内容です。

私も子どもの頃食べさせられた記憶がありますが、とにかくあれは不味かった。
あの匂いと箸で触った触感そのまんまの味がして、これ一発で味覚嫌悪起こしたほどです。(吐血


一方、アスパラが好きなキャラで思い出すのは、『BITTERSWEET FOOLS』の主人公の一人、アラン。(以下は18禁のPC版から/←これしか持っていない)

第13話「普通の存在たち」で、ティの「アランさんの一番好きな食べ物ってなんですか?」という問いに、彼は「アスパラガスかな……」と返答。さらに「惜しむらくは、まだ春じゃない」と続けていることからも、かなりこだわりがある様子。

しかしそんな彼も、「白はアスパラじゃない」そうで、どうやらレイと同じく苦手なようです。



(注)
味覚嫌悪とは、主に哺乳類の草食動物が不味い草(≒毒草)等を食べると、次から絶対に食べなくなるという1試行学習。(ある地方の羊飼いは、羊に狼が嫌う成分を混ぜるらしい。これもコンスペックに関係あるかも)
当然、人間にもある機能で、これを応用した行動療法として引きこもりの人間やホモセクシャルに使われる。(ただしこっちは電気ショックによる条件付け

ググると結構面白い内容です。(例えばこれとか)

Posted at 2005/07/09 22:54:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | テレビ番組所感 | 音楽/映画/テレビ
2005年05月19日 イイね!

コンテンツ産業に必要な、ハイパーステージ理論と対抗不能性。

コンテンツ産業に必要な、ハイパーステージ理論と対抗不能性。以下はさっきの続き。

同じ番組(クローズアップ現代)の中で、

「映画の投資ファンドでは、リスクの少なさを数字で投資家に示す研究を重ねてきました。そして新しいソフトを開発しました。
監督や主演、脚本のテーマなど、100を越える項目を入力。投資の対象となる映画が、どれだけヒットするか予測するものです。
過去の作品データで試したところ、ヒットしない作品の的中率は7割。
さらに精度を上げ、一人でも多くの投資家を獲得したいと考えています」


という予想ソフトが出ました。
画像がそれで、人名欄にはボカシが入りまくっているのが見えます。(判読できちゃいますけど)

まあ結構理論的なやつですが、正直なところ、「まだ作ってなかったのか」と思いました。

少なくともハリウッドでは、ロケ電卓やシナリオプロセッサーの変形(後述)ですでに作っているでしょう。

例によってまたアルファシステムの話をすると、同サイト内にあるGAME-DOJOにて、「改良不可能理論」とそれを突破する「ハイパーステージ理論」の課題があったことを思い出します。
どんな課題だったか、改良不可能理論から引用してみましょう。

(引用開始)

ゲーム構築 課題 (単位1) (10月22日)

ゲーム構築 課題 (単位1)
 
改良不可能理論
 
ケーススタディ
(1)
 前作よりゲームが面白くなかったり、売上が悪かったりすることがある。
 

 
師範説明
 ここから先は今までのゲーム構築、マーケティングの常識を覆すものである。
 
まず、前作の成功を受けて続編を作る際に、わざわざゲームを売れないように作ったり、前より面白くないように作ろうとする間抜け、あるいはアホはいない。
 
が、現実問題ではこのような例はまま、ある。
 なぜそうなるのか。
 
それはゲームの構成要素が"複雑"であるために起こる。
 
 ゲームの面白さや売上と言うのは膨大な要素の組み合わせで成立する。
しかも、この要素というのはゲームそのものの中身だけで決定するわけではない。そのゲームが出現した社会的状況や、ユーザーマインド、ライバルの出来、天候、ハードウェアの売れ行き、同時期の他の娯楽、マンガ、アニメ、など、あげていけばキリがない要素の組み合わせとしてゲームの価値(面白さと売上)は確定する。
 
 実際ではゲームそのものの出来というものは、その全体の一部にしかすぎない。
ゆえに、その一部の一部である末節をいじったからといって、絶対に面白くなったり、することはないし、売上が伸びるわけでもない。
 
 良く、ゲームの評論家がてきとーなことを後付けでこじつけているが、実際問題で評論家が指摘する"部分"が売上の主因になったり、失敗の主因になったりすることは、その構成要素数から見て、絶対にありえない。
 
 これは、例えて言えばプロ野球の解説者みたいなものである。
いずれも元プロであり、素人よりよほど内情に通じ、もっともな解説者が出す未来予想は、だからといって優勝予想があたるわけではない。(素人とほとんどかわらない正解率である) これは、プロ野球と言うその実体が解説者の把握、構築できる範囲を大きく越えているところからはじまる。
 
 ゲーム構築の第一歩はその現実を理解するところである。
 

 
設問
(下記を解いて掲示板にUPせよ。カンニング、討議、可。三人までのチームをつくっても良い。解答に対する採点のみをDOJOは行う。)
 
Q1 要素とはなにか? またここでいう要素とは?
 
Q2 ゲームそのものの出来というものはその全体の一部にしか過ぎないとは、具体的にどういうことなのか。
 
Q3 ゲームの評論家が指摘する"部分"とは、いったいどういうことか。
 
Q4 要素が多いとなぜ改良がうまくいくとは限らないのか
 
Q5 改良だけでなく、新たに構築する企画でも、このことはありえるのだろうか。
 
Q6 所感をのべよ。


(引用終了)

というもの。
次にハイパーステージ理論。(むしろこっちが大事)


(引用開始)

ゲーム構築 課題(2) (単位1) (11月02日)

ゲーム構築 課題(2) (単位1)
 
改良不可能理論に対する挑戦
 
ケーススタディ
(1)
 アルファ・システムのゲームはクソゲーの比率が低い。
また、売り上げ予想の誤差は10%を切る。
 

師範説明
 1994年当時、アルファ・システム入社2年目の芝村が改良不可能理論を完成させ、それまで主力として存在した社内の企画組を不要物として排除したあたりから、社内では改良不可能理論を突破するアプローチが大々的に行われた。
 
 連続成功理論構築計画。プロジェクトチェイン。
会社を安定させるためには、質の高い製品を連続的に作り上げる必要があったためである。
 
「それが不可能であることが分かれば、不可能ではない」
 この掛け声のもと、改良不可能理論をひっくり返す理論構築が行われた。
95年初頭にはこの理論はほぼ成立し、主要プロジェクトのほぼ全てにその考えが反映されることになる。この理論を"ハイパーステージ理論"と言う。
 
 すなわち勘やセンスのゲームから、理論と計算のゲームへの変換である。
アルファはそれまでのセンス至上主義の企画者を完全排除し、企画"技術者"として再教育をおこなうことになった。
 

設問
(下記を解いて掲示板にUPせよ。カンニング、討議、可。三人までのチームをつくっても良い。解答に対する採点のみをDOJOは行う。)
 
Q1 ハイパーステージ理論の内容を推察せよ。
Q2 なぜプランナーではなく、企画"技術者"(プランニングエンジニア)としたのか。推察した理論から推定せよ。
Q3 所感をのべよ。


(引用終了)

このハイパーステージ理論にもとづいて開発されたのはリンダキューブ(PC-エンジン版、1995年10月13日発売)の頃からだそうですが、それにしても興味深いです。(ちなみにDOJOの設立当初から“プランナー”の育成ではなく、“プランニングエンジニア”を育成をする主旨が述べられていた)

ハイパーステージ理論の名称の意味と由来は、(長文につき引用)

(引用開始)

ゲームが形成する衝力形成場を、ステージと仮定します。
社内資料での正式名称は市場系内の衝力場です。

 ゲームはこの場の大きさによって近似的に売り上げを決めます。
これは
 GRP≒売り上げ、あるいは話題性≒売り上げという統計的資料を元にしています。

市場系内の衝力場は、通常全体に対して相対的に小さいために売り上げが他の動きに左右されて
コロコロかわります。
系内の比率が小さいために、場の中でがんばっても全体に及ぶ影響は少ないのです。
 言い方を変えれば、何らかの対策を行って系内の衝力場を拡大させることが出来れば、
それが十分であった場合、他からの影響は少なくなり、安定します。

 この十分条件である拡大の規模を安定臨界点、シバムラ半径と呼び、これを越えたものを
市場系内の安定場と呼びます。 ハイパーステージというのは、まあ、このDOJO用の名前ですね。 シバムラ半径を越える衝力場を形成し、安定場とする概念というより、
ステージを拡大し、ハイパーステージ状態にする方法、という名前が分かりやすいと思います。

(実際の場は位相をもったスピンで記述されます。また、市場系は二次元でない半端次元で記述されます)

(引用終了)

で、シバムラ半径というタームから判断するに、おそらく量子論または量子力学から応用したと考えられます。
何となく、管野ひろゆきが『YU-NO』で行った理論構築(事象のシュバルツシルト半径に捕らえられると、どのような回避行動も無意味というアレ)を思い出しました。(ちなみに師範は中学生の時からブルーバックスを読んで、適当に描いたグラフ、ネコの動きなど、見えるものすべてを数式化していたそうで、実際、DOJOにもグラフ化の課題も出ていた)

話を冒頭の映画に戻すと、映画が個人投資ファンドを使う状況(スパイラル状態)になったのは、この連続成功理論構築計画のような数学的な骨組み無しにやってきたからではないかと思います。(アルファ風に言うと、「勘とセンスに頼った」というやつだ)

現代の価値観(と萌えポインツ)が多様化する中で、ヒットする案を
考えるのは難しいとは思うものの、これも師範の言葉を借りれば、

「目が見えなくても的にあてるにはどうしたらいい?」

という問いに集約される。
当時は小室直樹の『超常識の方法』を読んでいたためパッと答えが閃いたものでしたが、答えからいうと…

的をね、大きくすればいいんですよ。
どこに投げてもあたるぐらいに。


というわけで、「ガンパレード・マーチ」をその視点から見ると、それこそ戦闘から恋愛(特にBLから百合を含むカップリングができちゃうのが凄かった)まで、極めて自由度が高いのが特徴です。(CONTINUEは分かりやすかったな)
これに匹敵する自由度のあるゲームといえば「ようこそシネマハウスへ」くらいしかやったことありません。
ガンパレ開発中の書き込みにあった、

(引用開始)

”G”。
それはおそらく、アルファ・システム最後のプレイステーション・ゲームである。
有効プレイタイム250時間以上保証。
10時間1プレイで25回以上は確実に面白く遊べる性能と、
過去人類が生み出したゲームの中でもっとも多彩な戦術を再現可能なゲームである。

 高々度な思考系を有し、使う人と見る人によってそのシステムを可変する。
よってジャンルはRPGでも戦術SLGでもあり、また恋愛SLGであり、
またその全てではない。
 使い手が、プレイヤーの特性を最大限引き出す形で、システムが変形する。

 その複雑さと斬新さと変形性故に、使い手を選ぶが、一度離陸できれば、
かならずアルファの意地と誇りをユーザーの心に叩き込むであろうことを期待して
設計された。

(引用終了)


からも、「目が見えなくても的にあてるにはどうしたらいい?」ということを念頭に入れていたことが分かります。(だからあのヒットがあった)



番組はこの後、韓国の映画事情(新作映画のほぼ全てが投資ファンドによるというもの。ケーススタディとして「オールド・ボーイ」が出ていた)を紹介していましたが、NHKはひとつ大事なことを流し忘れたと思います。
ご存知の方も多いであろう、「スクリーン・クオーター制度」です。

スマステーションでキレイに纏まっていますが、ピックアップすると年間上映日数の40%に相当する146日以上、国産映画を上映することを映画館に義務づけたものです。
というと大したことなさそうですけど、実際は映画館一館あたりの上映ラインナップの内、少なくとも数本は自国映画なんてことになるわけで、ある意味強制的に見させれる(≒ヒットさせる)システムになっています。(そして「韓国NO.1ヒット!!」として外国すべからく日本に売りつけると)

つまり韓国映画の躍進というのは、ものすごい規制と保護によって成り立ってるわけです。

何年か前のNHKスペシャルでやったDRAMの開発に関する事でも、韓国や台湾では国家予算から補助金を出して安いDRAMを生産し、世界シェアの大半を独占した話や、アメリカで新しいコンピューターチップを作る時は、軍事費から開発予算が下りるなんて話に近いものがあります。

こうなると、市場原理が働か(け)ないというか、(本来資本主義の長所であるはずの)競争(とそこからくる淘汰)自体が無効化されているという状態で、多分これが兵頭二十八が言う、対抗不能性だと解釈しています。(この場合は予算規模でのそれ)

いくら日本企業の技術力と開発力が優れているとはいえ、国家規模で攻勢かけられたら手も足も出ません。

以前、「民営化してはいけない分野」(郵貯とか)「競争させてはいけない分野」(NHKとか)をちらっと書きましたけど、その理由はこれでして、NHKと民放が競争すればいい番組ができるか?といえば、そんなことは全然無いわけで、NHKが視聴率目当てでロンドンハーツや水10!のような番組を作っちゃいけないですし、逆に民放がクラシック音楽番組や毎時間(ゴールデンタイム含む)にニュース番組を流すか? ということもいえます。(木曜の「コメディーお江戸でござる」が世界遺産の番組に変わったのはいい傾向)

まして郵便局が民営化すればサービスがよくなる云々は、向こうのファンドに郵貯を食い荒らされる結果になるのが目に見えるようです。(公共事業のムダを無くすのが目的なら、官僚をスターリンよろしく“粛清”すればいいだけの話だろうに)
郵政民営化といえば、ニュージーランドの例が言及されますが、もしかの国の郵貯と簡保が300兆円あったらどういうプロセスを踏んだことでしょう。

ま、要は採算や利益が見込めなくても国レベルでの保護の必要性があるのは結構存在するということで、急にアニメの話に飛ぶとこれがまた酷い状況

ネット版 アニメレポート生々しい証言と資料がそろってますが、同時期に見た板野一郎のインタビューもこれまた凄まじい
BSアニメ夜話で北久保弘之がガンダム時代の給料を岡田斗司夫に聞かれた時も、

岡田「そのときいくらくらいもらってたんですか?(笑)」
北久保「えーと…一枚描いて…税金引かれて……108円(笑)。」
乾「えー!」(一同爆笑)
岡田「何枚くらい描けてたんですか?」
北久保「えぇー…始めた最初のひと月は…16枚くらい」
一同「うわぁ~」
岡田「じゃあもう一日1800円ぐらいで…」
北久保「いえいえいえいえ、月給が1800円くらい」
岡田「えっ! すごい…。アニメーター貧乏伝説がまた1ページ(笑)」

とまあこんな感じで、アニメでは今のところ、技術面での対抗不能性はあるものの、予算面においてはお寒いどころか絶対零度の悲惨さで、イノセンスの公開時に制作関係者が様々なメディア(SAPIOにすら載ってた)にてアニメ製作の窮状を訴えていましたけど、このままだと将来的にアメリカか韓国あたりに食われるんじゃないかとすら思える内容。(これはゲームにも言えること)


長々~と書き散らしましたけど、これからのコンテンツ産業はヒットする(させる)ためのちゃんとした理論を構築して、政府は潰れる金融機関に公的資金投入したり、ガキ子どもに地域振興券をバラまくくらいなら国家レベルでこの産業を保護するようにしてください。
かつて統制経済に失敗してアメリカに負けたことをお忘れなく。





注:ロケ電卓やシナリオプロセッサーは『東大オタキングゼミ』第4章・映画にあるもの。

(引用開始)

あと、ロケ電卓。こういうのが世の中にはあるんですよ。すごい単純な仕掛けだから日本でも売ればいいんですけども、何かっていうとですね、シナリオが上がったら、どこでロケするかっていうのをインプットする電卓なんです。で、世界地図を出して、このシーンはカナダでロケしようとか、ここはオーストラリアでロケしようとか、プップッと入れると、どこからどこまで移動するのに何時間かかるかとか、何日に撮影終了したらバスがこの便がここまで出てるからこの日はOKだとか、スケジュール計算ができるんです。あと大事なのは、各国の時差とか、日照時間が書いてあるわけです。季節ごとに、何時何分に日の出があって、何時何分に日の入があるか。すごい重要ですよね。ロケっていうのをするときには太陽の光がなかったらできませんから。そういうデータが全部入ってるわけです。だからシナリオができたらすぐにこのロケ電卓にインプットしていけば、ほぼその映画のスケジュール計画、製作予算が把握できちゃうわけです。

 じゃあ日本ではどうかというと、シナリオができたらですね、俳優さんのスケジュールをおさえるというのをまず先にするわけです。その後で、全員そろって神社に行って、ロケ中は晴れますようにと祈るわけです。この差はすごいですよね。

 それから、シナリオプロセッサーというのがあります。これはワープロソフトみたいなやつなんですけど、「主人公は男で、何歳で、黒人」とか、そういうデータを入れていって、「アクションもの」とかマウスで選んでおくと、シナリオの土台ができちゃうんです。で、その上にドラマっていうのを組んでいけばいい。そんなやり方でシナリオができるのかって聞かれると思いますけど、後で説明しますけど、実はシナリオってそのやり方で作ってるんです。日本でもそのやり方で作ってるんです。でも、そこまでですね、みんなドライに考えられないわけです。これを使うとシナリオ完成から準備までの工程管理がすごく容易です。


(引用終了)



Posted at 2005/07/05 23:10:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | テレビ番組所感 | 音楽/映画/テレビ

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「10万キロ突入」
何シテル?   04/29 20:47
基本的には、その日受けた情報に対して感じたことや考えたことの分析みたいなことを記憶力を道具に書き綴っていこうと思いますが、 いきなり「同人ネタ」や「カップリン...
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更新しない間に4台目。 消費増税の年に、駆け込みで新車購入したもの。

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