トーションビーム(TBA)というと,脊髄反射的にボロカスに毛嫌いする人がいる。
とりわけ"自称クルマ好き"に多いような気がする。
やれ安っぽいだの(安っぽいんじゃねぇ安いんDA!),
やれ商用車みたいなサスだの(カングーを除けば商用車はだいたいリジッドだわい),
やれF1はダブルウィッシュボーンだの(もはや何を言っているのか分からない)。
TBAはこうしてこうだから性能的にイマイチ,的な主張があまり見られない。
そもそも,スイフトスポーツやFK2型シビックRの速さをどう説明するのか。
国産車じゃ嫌だというなら,VWやプジョーなど欧州FFの多くはTBAだ。
庶民がハンドリングを所望し,長距離高速移動が日常の国のクルマに装備されている。
ダメだったらそんなことにはならないのではないか。
何もトーションビームがもっとも素晴らしいなどというつもりはない。
が,やたら崇拝されるマルチリンクと比べても,特段劣っているわけではないとは思っている。
少なくとも「トーションビーム」の表記ひとつで貶められるような代物ではない。
では,TBAの特徴とは,直截に言ってしまえばメリット・デメリットは何か。
まずは,みんな大好きデメリットの方から行こう(え)。
簡潔に言ってしまえば,TBAは横力に弱い,横剛性が低い。
数あるサスペンション形式の中でも,おそらくトレーリングアーム式に次いで弱いのではないか。
なぜ弱いのかは,この図を見ると分かりやすいだろう。サスペンションの上面視(上が前)である。
TBAのアームは,上から見るとHの字型をしている(故にHサスと呼ばれることも)。)
赤い部材が左右のトレーリングアーム,その間を繋ぐ青い部材がトーションビーム。
Sはスプリング(大抵ココ),Tはタイヤとかハブとかその類のもの。
そして画面上部のオレンジの線が書かれた四角がブッシュジョイントだ。
TBA式では,サスペンションアームは2箇所のブッシュジョイントでしか車体と固定されない。
車体とサスアームを横方向に支えるような部材が存在しないのだ。
横支えのないサス形式は他に,トレーリングアーム式と,一部リーフリジッドぐらいか。
そのようなサスペンションに横力,タイヤのコーナリングフォースがかかるとどうなるか。
ざっくり描くとこうなる。
(ざっくり描きすぎておかしいところがあるけど赦して,パワポで頑張って作ったのだ)
右旋回中だとして,力は左から右にかかっている。
その結果,TBA全体がブッシュを軸に右方向によれる。ブッシュも軸方向によれる。
図ではタイヤは前方を向きっぱなしだが,実際にはアームと平行のはずなので,向きが変わる。
外側のタイヤがいわゆるトーアウトの傾向を示すのだ。これはまずい。
本当にこんなことになれば,スリップアングルが不足して横力が出ずスピンに至る。
横力依存で起きる現象なので,車体が重かったりハイグリップだったりすると問題が大きくなる。
が,自動車メーカーだってそんなことはとっくに気づいている。
どのくらい昔から気づいていたかというと,今から遡ること33年前。
初代ゴルフ……TBAを初めて採用した車種の登場の時点からである。
具体的にどう対策をしているかというと,またまた図にするとこんな感じである。
ブッシュのボルトを,真横ではなく斜め前方向に通すようにしている。
それに伴ってアームも湾曲し,ちょうど筆記体のHのようになる。
これにより旋回時にサスアーム全体が動き,外輪のトーアウトを打ち消すことができる。
設計次第ではトーインにして安定性を稼ぐことも出来る(いいか悪いかは別)。
ちなみに白状すると,筆者,なんでトーアウトになるか正確に理解していない。
「左右ブッシュボルトの軸線の内接円に従って動くのかな?」くらいの印象である。
(……あれ,だとすると,ブッシュ固めるとこの効果って弱まる?)
詳しく分かるという人は,コメントなどで補足いただければ幸いである。
あとは,左右ブッシュ間の距離を可能な限り長く取ることでも解決策になる。
逆説的になるが,この図を見て欲しい。いかにも横剛性が低そうである。
幅を広く取れば,ブッシュが多少柔らかくくてもよれにくくなる。
スズキのTBAはこの辺がよくできている(らしい)。
それよりは狭いものの,現在売られているBセグは全般的にちゃんと作られている。
一昔前の国産TBA車がケチョンケチョンに言われるのは,ここのせいかもしれない。
話を戻して。上記の通り,TBAは旋回中にアーム全体が動く。
無論,定常旋回中にグラグラ動くようなことはないから安心していい。
(まぁグラグラするやつもたまにいるんだけどねぇ……)
問題はこのあとだ。
ステアリングを戻して横Gを減らすと,動いていたアームが元に戻ろうとする。
サスアーム前端で変形していたゴムブッシュも横力から解放されて原形復帰しようとする。
この時ゴムブッシュは,自ら蓄えていた弾性エネルギーによってオーバーシュート気味に戻る。
ゆっくり戻すなら何事もないが,戻しが速い場合,後輪が暴れて舵が効かなくなる。
旋回状態の変化に対して後輪が遅滞なく追従してくることができないのだ。
実際の運転動作に沿って言えば,切り返し性能に難があるということだ。
これがデメリットその2である。
原因はゴムブッシュが動いてしまうことなので,ブッシュを固めればこの問題は解決はする。
実際,FK2型シビックRはこのブッシュを固めることであの性能を確保している。
もっと確実に動きを止めたいなら,ピロボールをぶち込む手もある。
さすがに純正では見たことないが,コペンやVW,あとアバルトのアフターにあるにはある。
じゃあ固めればいいのかというと,そんな単純ではないところがTBAの本当の難点である。
車体とサスアームを繋ぐ唯一(唯二?)のブッシュを固くするとどうなるか。
お察しの通り,タイヤからの振動を遮断できず騒々しくなる。いわゆるNVH性能が悪化する。
この2つの性能はどのサスでも基本的にトレードオフだが,TBAはそのレベルが他より低い。
ゴムが2つしかない以上,これは固めていい、これはダメ,とマルチリンクな真似はできない。
なので,TBAは基本,1つのゴムの部分部分の固さを変えたり,穴を開けたりで対処している。
路面振動の振幅方向には柔らかく,それ以外には固く,と言った具合だ。
単純なゴムの円筒を突っ込んで終わり,とはいかない,高度な見識が要求される。
そんなわけでここは,チューニングを考える場合でも迂闊に触らない方が無難だと思う。
うっかりブッシュのバランスが狂ったりすると大変なことになる。
……とまぁ,考えられるデメリットは,実際のところこんな程度である。
「こんだけ?」と思われるかもしれないが,これだけである。
少なくとも吊るしの市販車であれば,これらだけ気にしておけば問題はない。
ついでに,上記からTBAが本質的に向かない車種を挙げてみよう。
まずは重量級の車種。
最初に述べたとおり,TBAは横力に弱い。
同じ旋回Gでも,横力は車重に比例して増加していく。
一方でパッケージングに制約がある以上,上で挙げた対策も無闇には打てない。
どの程度からかは一概に言えないが,あんまり重い車種にTBAを使うのは得策ではない。
次にハイグリップタイヤを履く車種。
これも基本は上のと同じだ。タイヤのグリップが上がれば横力が増える。
とはいえ,早い話が,NVHを妥協すればハイグリップタイヤは使用可能だ。
そもそもハイグリップタイヤを履くような車種に求められるNVHっても,ねぇ。
なので,純正がそこそこなのにアフターで履かせるなら,という話と思ってもらっていい。
ブッシュはどうにかなっても,アームの構造は如何ともしがたい。対策にも限度がある。
あとは高級車。
基本的に重い。振動は嫌われる。挙動が不安定なのもダメ。
第一イメージがよろしくない。合理主義は,無駄こそ正義な高級車には向かない。
安いBセグと同じサス形式で「高級車!」と謳われても「…は?」となるだろう。
さて,上に書いたようなデメリットは聞いたことがある人も多いだろう。
逆に,TBAのメリットは?と聞かれてすんなり出てくるだろうか。
コストが安い,スペース効率がいい,このくらいなら出てくるかもしれない。
あまりアピールされないが,TBAの走行性能に対するメリットは意外と多い。
まず,ストロークに伴うトレッドや対地キャンバーの変化が少ない。
アームが車両後方に突き出ているトレーリングアーム系ならではの強みだ。
横方向に突き出ている形式でこの両方を実現できるものはまずない。
車幅が小さくなればなるほど,トレーリングアーム系の優位は大きなものになっていく。
しかも,トーションビームがあるおかげで車軸保持剛性はただのトレーリングアームより有利だ。
さらに,両輪同時ストロークであればトーの変化も微小で,少なくともトーアウトにならない。
接地性変化が少なく安定したグリップを発揮できるサスだと言える。
次に,バネレートをあまり上げなくてもロール剛性を保つことが出来る。
トーションビームがスタビライザーの役割を果たすためだ,それも極太の。
スタビライザーとしてのレートは並の独立懸架に使われているほっそい棒の比ではない。
FFの後輪用として考えると,このロール剛性の高さは魅力だ。
さらに,トーションビームでロール剛性を稼げる分,バネレートを低くできるから乗り心地も有利。
ただ,不整地ではスタビとして効きすぎるため,減衰が追いつかず接地性が下がる場合もある。
さらに,意外かもしれないが,バネ下重量は割と軽い部類に入る。
これより軽いのはマクファーソンストラット式とトレーリングアーム式ぐらいだ。
リジッドとは比べるまでもないとして,マルチリンクやダブルウィッシュボーンよりも実は軽い。
あとは,最初に出したが省スペースであること。
だから何?と思うかもしれないが,要するにアームを通すにあたって無理が少ないということだ。
結果,幅広い条件下でサスペンションが設計通りに動きやすい。
部品が少ない故にフリクションも小さいこともあって,ストロークは基本的にスムーズだ。
妥協に妥協を重ねつつアームで知恵の輪しないといけないマルチリンクとは対照的といえる。
……まぁ,1箇所でも設計を間違えるとお手上げになる,とも言えるけど。
メカニカルではないが,シンプルさは運転にあたって有利に働く場合が多い。
アームは2本,それぞれゴムブッシュ1個だけで車体に留まっている。難点は前述のとおり。
が,逆に言えば,何か外乱があってもそこぐらいしか動くものがない。
シンプル故に動きが分かりやすい。予想の斜め上なとっ散らかり方はほぼしない。
とっ散らからないとは言わないが,その場合でも何が原因かがすぐ分かる。
今時のTBA式の車種で「ん!?」となることがあったら,ゴムブッシュのボルトを点検するといい。
ミラージュ納車当初,普通に走っていただけなのに山道でハーフスピン(!)になったことがある。
調べたところ,右後ろのブッシュのボルトが意味不明なほど緩んでいた(左ハーフスピンである)。
おそらく取付部にガタがあって,バンプトーインが正しく働かなかったのだろうと思う。
念入りに締め直して以降,そんなことはなくなった。以降も定期的にチェックすることにしている。
どうだろう。
やや恣意的な文章になったことは否定しないが,TBAにはメリットがこんなにあるのだ。
デメリットもあるがはっきりしているし,対策の方向も明快だ。やろうと思えば出来る。
車幅も利幅も大きく取れない小型FF車にとっては,リアサスの最適解と言っても過言ではない。
コスト重視の安物サスなどではない。コスパ重視の質実剛健なサスペンションなのだ。
そして,シンプルであるがために,あらゆる状況で適切に機能させるには高度なノウハウが要る。
30年間,自動車業界は1つの構造と向き合って知恵を積み重ねてきたのだ。
トーションビームはもっと評価されるべきだと思う。
最後に。
トーションビーム式の印象がイマイチよくない理由をついでに考えてみた。
真っ先に浮かんだ元凶が,先代のヴェルファイア。
「その高級車は強い」とか言っていたアレだ(お値段はそんなに高級じゃなかったんだな)。
2tの車重にトーションビーム,高級車なのにトーションビーム,4WDだろうがトーションビーム。
流石にネガを隠しきれなかったのだろう。トーションビームを合言葉に色々言われていた。
エンジニアは頑張ったのかもしれないが,チーム内のどこかで認識に齟齬があったのだろう。
エスクァイアもほぼ同じ状況なのにあまり言われなかったが,今更誰も気にしなかったのだろう。
正直,あのクラスに使うなら,ラテラルロッド付きのリジッドが最適だと思う。
プロボックスの後ろについているアレだ。横剛性もバッチリ,乗り心地もいい。
余計イメージ悪いかも知れないが,しょうがない,重いし室内空間は要るしじゃ他にない。
仕上がりが良ければ結果的には認めてもらえたんじゃなかろうか。
次がFN2 シビックRユーロ。
ホンダとしてはユーロとつけることで,欧州スポーツ的なしなやかさを表に出したかったのだろう。
それまでの「一般道? なにそれ?」なタイプRと一線を画す商品のつもりだったのだと思う。
が,日本ではFD2,欧州ではEP3の後継と扱われ,それらと比較されて血祭りにあげられた。
コンセプトが違うのにタイプRの名を外せなかったホンダもホンダだが,雑誌媒体も大概だ。
某有名誌など,長年ホンダを猫可愛がりしてきたと思いきや,コンセプトひとつ理解していない。
速いは正義なんて時代でもなかったろうに,バカのひとつ覚えのようにサーキットサーキット。
サスペンションの方向性が違う上に,そもそもエンジンとタイヤが別次元だ。勝てるわけがない。
ホンダのタイプRに退化は許されない。FN2はFD2に勝てなかった。これは退化だ……。
その原因として槍玉に挙げられたのが「トーションビームになった…」。風評被害もいいとこだ。
FK2がわざわざトーションビームでニュルに挑んだのは,この時の意趣返しかと勘ぐってしまう。
今でも見れるのかは分からないが,FN2の公式サイト,私は意外と好きだった。
当時まだガチガチのサスに乗っていたが,こういうのもありだなぁと思いながら見ていた。
コンセプトは悪くなかったんだと思う。実際にどうだったのかはともかくとして。
こういう例を見ると,売り出し方って難しいなぁと思う。
文字で書かれたスペックだけで自動車を語るのは素人だと思う。
やるなら物理法則に則って突き詰めていくべきである。
でなきゃ乗ってみて感覚で判断するか,そのどちらかだ。
先入観って怖いね。
カテゴリが手薄なので書いてみたら予想外の長文になった(汗)。