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2013年02月12日 イイね!

プリンス自動車の型式命名規則 (調査中)

『中島飛行機の残滓を継ぎて』nanbuさんの力作「プリンスのあゆみ」に圧倒されました。

年表作りというのは地味ですが、何かを調べようとする時に最初に必要な基礎情報になります。しかし、さまざまな情報ソースを一つの年表に集約しようとすると食い違いが出てきてとても悩むのです……。

ちょうどプリンス車について調査中だったこともあり、刺激を受けました。プリンスの難解な型式記号を明らかにしてやろう、とちょっと火がつきました。

ちなみに、【型式】は(けいしき)ではなく(かたしき)と読みます。

たとえばトヨタの場合、型式の命名規則はこんな感じ。

P K 3 0 V - B (トヨエース パネルバン)
||||│  └ボデータイプ2(特装車用)
||||└──ボデータイプ1(派生車種のみ。V=バン等、詳細下)
|||└───グレードおよびボデータイプ(0=STD,1=DX,5=色々,6=マスターライン等)
||└────主にモデルの世代(1~)
|└─────シャシー型式
└──────エンジン型式

例外もありますが比較的わかりやすく作られています。その後桁数が増えましたが、現代でもこのルールが基本となります。制定から50年以上を経て運用が可能なあたり、将来を見据えたコード設計の賜物でしょう。

観音クラウンの1500スタンダードがRS20、1900スタンダードがRS30になるように、排気量の違いで二桁目の数字を変えるなど、ある程度柔軟に運用されているようです。一桁目の数字の7のように、輸出モデル用として割り当てられた数もあり、全貌を知るのはなかなか大変です。

1961年12月現在のトヨタのボデータイプ記号(『トヨタ技術』より)


しかし、プリンスの場合はスカイライン(初代)がALSID-1型と、いきなり難解です。

注)黒いクルマは57年式のプリンスセダン(AISH-VI)かセダンスペシャル(AMSH-1)ですね。半世紀前のミス。

コマーシャルはボディ形状が変わると型式名が大きく違う

一方、プリンストラックは低床も高床も同じ型式を名乗る

なかなか難物です。(以上の写真は『自動車ガイドブックVol.4 1957』より)

暗号解読よろしく各モデルの型式名を並べて共通点を探ったところ、なんとなく法則性が見えてきました。

ALSID-1 (プリンス スカイライン デラックス)
||||│  └マイナーチェンジ(無印は試作?)
||||└──グレード(D=DX,S=STD,P=グロリア)
|||└───ボデー累進(ABCDEFGHIJTを確認)
||└────ボデー形状(S=セダン,T=トラック,P=ピックアップ,V=バン,B=バス,R=スポーツカー)
|└─────モデル型式(詳細下へ)
└──────エンジン型式(A=GA4型1500cc,B=GB4型1900cc)

1型、2型の後に記号が付く場合もあり、これはボデー違いの派生車種を表すようです。(ライトコーチAQVH-1Lなど)しかし、トラックの場合、ボンネットとキャビンが同じなら架装が違っても型式には謳っていません。

エンジン型式は、この命名基準の頃には2種類しかありませんが、GA4型というのはガソリン+A型+4気筒を示していると思われます。

2文字目はシャシー形式とのことですが、シャシーを共用するクリッパーとマイラーが別の記号ということからかなり細かく区分されている模様。便宜上、モデル型式としました。整理すると以下のようになります。

《セダンとその派生モデル》
1952~ プリンスセダン、コマーシャル
1956~ セダンスペシャル
1956 プリンスBNSJ
1957~ スカイライン、グロリア、スカイウェイ
《小型トラックとその派生モデル》
1952~ トラック、ピックアップ、ライトバン
1957~ マイラー
1958~ ニューマイラー
《キャブオーバートラックとその派生モデル》
1955~ キャブオーバートラック、ルートバン
1958~ クリッパー、ライトコーチ、マイクロバス
など。事例が少ないのでネーミングの規則性が読めません。

プリンスセダンからスカイライン(グロリア)へのモデルチェンジでAIXXからALXXへと二文字目が変わるのがポイントで、この一文字で車名と世代管理を兼用しています。これでは記号の枯渇が早そうです。

1962年に命名規則が改定され、マイナーチェンジしたスカイラインがS21、新型のグロリアがS40と命名されたのは、この辺りの事情があってのことかと思います。(Sはセダン、Tはトラックとなった)

考えすぎかもしれませんが、型式名にモデルチェンジの概念がない所には航空機に通じるセンスを感じます。旧軍の軍用機をはじめ、旅客機のB707から787 、戦闘機のF14からF18あたりを見ても、全てサブタイプの概念しかありません。プリンスのエンジンにマイナーチェンジで付与された11型、21型という記号もゼロ戦などに通じるものがあります。

しかるべき資料に当たれば分かることでしょうけど、こうして読み解くのも面白いものです。

四文字目のコードはボデーのマイナーチェンジを示す固有記号と判明しましたがですが、どうも命名基準がよく分かりません。

60年代のマツダとダイハツも相当に覚えにくい型式名を採っているので、これも解読したい所なのですが、なかなか大変そうです。


2017.12.24追記
モーターファン29巻13号(1975-10)に掲載された“幻のショーカー・リストアップ”によると、プリンスBNSJのアルファベットは「B型エンジンを搭載したN型シャシー使用のJ(3)番目に作られたセダン」という意味だそうです。

Jが3番目というのがよく分かりませんでしたが、セダンを並べると…

AISH→ALSI→BNSJ。なるほど、H・I・Jと連続しています。なんだこれ。
Posted at 2013/02/12 23:14:15 | コメント(1) | トラックバック(0) | 調査中 | 日記
2013年01月20日 イイね!

バン改ワゴンの法規的意義について(調査中)

バン改ワゴンの法規的意義について(調査中)昭和40年代の写真で時々見かける、5ナンバーを下げたバンについて。

Nox規制や一年車検回避のバン改ワゴンと違い、排ガス規制が無い時代にバンのワゴン登録があったのはなぜか?役所の公用車なので保険や税金がらみではないはず…。

古い教則本を見てみました。

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道路交通法施行令
(昭和三十五年十月十一日政令第二百七十号)

第三章 車両及び路面電車の交通方法

(最高速度)

第11条 自動車及び原動機付自転車の法第22条第1項に規定する最高速度(以下次条において「最高速度」という。)は、次の各号に定めるとおりとする。

(1) 大型乗用自動車、普通乗用自動車及び自動二輪車 六十キロメートル毎時

(2) 全号に掲げる自動車以外の自動車 五十キロメートル毎時

(3) 原動機付自転車 三十キロメートル毎時


第四章の二 高速自動車国道等における自動車の交通方法等の特例

(最高速度)

第二十七条の三  最高速度のうち、自動車が高速通行路を通行する場合の最高速度は、次の各号に定めるとおりとする。

一  大型乗用自動車及び普通自動車(三輪のもの及び第二十二条三号八の総理府令で定めるものを除く。) 百キロメートル毎時

二  前号に掲げる自動車以外の自動車 八十キロメートル毎時

2  法第三十九条第一項 の緊急自動車が高速自動車国道の本線車道を通行する場合の最高速度は、第十二条第一項及び前項の規定にかかわらず、百キロメートル毎時とする。

---------------------------------------
普通貨物自動車(中速車)=一般道50、高速道80
普通乗用自動車(高速車)=一般道60、高速道100

4ナンバー車は最高速が抑えられています。

その後、普通貨物自動車は高速車の区分に変更。(変更年未調査)
区分自体がなくなったのは平成4年。路面標示「高中」消える。
---------------------------------------

(軌道敷内の通行)

第二十一条 車両(トロリーバスを除く。以下この条及び次条において同じ。)は、左折し、右折し、横断し、若しくは転回するため軌道敷を横切る場合又は危険防止のためやむを得ない場合を除き、軌道敷内を通行してはならない。

二 車両は、次の各号に掲げる場合においては、前項の規定にかかわらず、軌道敷内を通行することができる。この場合において、車両は、路面電車の通行を妨げてはならない。

(三) 公安委員会が、交通のひんぱんな道路について、当該道路における車両の通行の円滑を図るため特に必要があると認めて場所及び必要に応じて時間又は通行の方法を指定した場合において、もつぱら人を運搬する構造の普通自動車が当該指定に従い通行するとき。
---------------------------------------
普通貨物自動車は軌道敷内通行禁止!(当時)

今は

(三) 「軌道敷内通行可」の道路標識等により軌道敷内を通行することができることとされている自動車が通行するとき。

と改正されています(改正年未調査)

以上の法令が、昭和期におけるバンのワゴン登録の動機の一つかと思います。
クルマ好きにとって道交法は常識、と思いきや、なかなか奥が深いですね。


免許更新のたびに貰う悪名高いアレも、古くなると面白いものです。全部保存しておけば、結構な資料になったかも…と今になって思いました。

昭和44年発行『安全運転の知識』

いやいや、最後まで諦めちゃダメ!
Posted at 2013/01/20 11:49:27 | コメント(2) | トラックバック(0) | 調査中 | クルマ
2013年01月12日 イイね!

Zamyad Z24のこと

Zamyad Z24のこと海外で生産されている日本車には興味深いものが色々ありますが、その最たるものがイラン製のZ24ピックアップではないでしょうか。

亡命したパーレビ国王のアメリカ入国問題や、その後の核問題などの事情により反米国家な現在ながら、なんだかアメリカン!

よく見ると日産ジュニアなわけですが、独自のマイナーチェンジにより、グリルのデザインが大きく改められています。

こちらが日産のオリジナル。縦目グロリアのイメージを継承した優美なデザインながら、2t/1.75t積の大型ピックアップトラックとしては、ちょっと力強さに欠ける感が無くもないわけですが…。

イランでの顔には力強さが感じられます。

日産ジュニア(3代目)のタイムラインは以下のとおり。
1970年 日産ジュニアとプリンスマイラーの車種統合で日産ジュニア140型誕生 マイラー時代と同じく昭和飛行機にて受託生産
1974年 昭和50年排ガス規制対応で141型にモデルチェンジ 東洋ボデーへ生産引継
1982年 生産終了

ライバルのトヨタスタウトと共に現役当時から異彩を放っていたが、その後、意外な展開を見せる。
イランは外国車の輸入を禁じており、友好国の日本と技術提携を行った。
http://www.nissan-global.com/JP/DOCUMENT/PDF/FF/2002/ff2002_09.pdf

1969年 イランのザムヤッド(ZAMYAD)社と技術援助契約、ノックダウン開始。(Nissan Patrolか?)
1983年 イランのサイパ(SAIPA)社と日産が提携。
1986年 日産ジュニアをノックダウン生産開始。
1990年 2400ccに排気量拡大。オリジナルのH20・2000ccガソリンからディーゼル/LPGのバイフューエルエンジンに変更。
1998年 商用車メーカー、ザムヤッド(ZAMYAD)社へ生産を移管。
1999年 業界再編によりZAMYAD社を買収。SAIPAの系列下に。
2003年 ZAMYADブランドにて販売開始。
2013年現在、生産継続中。

なんと、この21世紀にも生産が続いているという、驚くべき走るシーラカンスなのです!生産年数は初代デボネアの35年を既に越えています。

こちらのサイト(http://www.all-car-brands.com/zamyad/stock-cars/2003-zamyad-z24-z28/)に詳細なスペックが掲載されていました。
エンジン:
2400cc Euro II 対応4気筒ディーゼル/LPG  100hp/ 4800 rpm; 190 Nm/ 4800 rpm
2800cc Euro III対応4気筒ディーゼル     93 hp/3600 rpm; 225 Nm/1600-2400 rpm
トランスミッション:4 および 5 速マニュアル
駆動方式:FR および 4WD
オリジナルからずいぶん変更されています。EUROIIが1998年、EUROIIIが2000年の規制とのこと。

オフィシャルサイトはhttp://www.zamyad.co.ir/で、ペルシア語の壁を潜ってサイト内を探したところ、エンジンはコモンレールディーゼルとあり、かなり新しいユニットが乗っているのに驚きです。こちらでは2800ccモデルや4WDの記述が見つからないので、上記記述の真贋に少し疑問が沸くところ。

現地では多彩なオプションでドレスアップしたモデルが売られているようで、公式サイトのフォトギャラリーではこんな写真が見つかりました。


どこかで見たようなサイドストライプと、ロールバーに並んだ補助灯にタミヤのクラッドバスターを思い出しました。日本では四駆のイメージが皆無なクルマなので、こういった路線で格好よくカスタムされたジュニアを見ることはありません。



Web検索で、1985年当時、テヘランに赴いて技術指導を行っていた日産社員の方のブログを発見。掲載された写真より、この時すでにグリルが大型化されていることがわかりました。NISSANのエンブレムが付いていることもあって、このマイナーチェンジは日産の社内で行われた可能性が高く、あるいは国内向けに予定されていたものかもしれません。

しかし、仕事とはいえ、イラン・イラク戦争の最中の海外赴任はあまりにも大変だったことかと思います。

こちらはNISSANのエンブレムが付いた当時のSAIPAの広報写真。


日本仕様との違いはグリルとドアミラーの変更だけかと思ったら、サイドウインカーや三角窓の廃止など、かなりの部分に手が入っているようです。暑い国の現行モデルとあればクーラーも付いていそうで、もし輸入できるものならこのまま日本で乗りたいところです。

【参考】
70万台規模に成長したイランの自動車生産、06年にRenaultも生産開始 - 自動車情報プラットフォームマークラインズ
http://www.marklines.com/ja/report/rep311_200410
Posted at 2013/01/12 00:39:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | 海外 | 日記
2012年12月16日 イイね!

HIPOCA HMC6470のこと

HIPOCA HMC6470のことどこかに書いた気がしますが、LA4型ルーチェの国内生産は意外と長いのでした。

1977年10月 LA2型からモデルチェンジ
1979年 2月 バン誕生
1979年10月 縦目から横目にマイナーチェンジ
1981年10月 HB型にモデルチェンジするもバンのみ継続
1988年 3月 カペラカーゴに切り替え。

バンを含めると、実に11年。日産セドリック/グロリアのワゴン・バン(Y30)に匹敵する長寿モデルといえます。こちらは1983年~1999年で16年!

そして、ここからが本題。

なんとお隣中国の海南マツダではHIPOCA HMC6470という名前で1991年から2002年まで生産が続けられていました。
http://auto.sina.com.cn/salon/HAINANMAZDA/HAINANMAZDA/HMC6470/index.shtml
「HMC6470L車体の製造は日本マツダの安全な車体設計が優秀な製造技術と互いに結合するのです。車体の鋼板は日本の輸入から、押し抜きの鋳型は、取り付け具を詰めて皆マツダもと工場のために提供することを溶接して、設備の先進。」

直訳なので分かりにくいですが、日本製の鋼板を輸入し、マツダのプレス型を使ってライセンス生産している、ということのようです。エンジンについては一切語っていないので、日本からの購入でしょう。

エンブレムにHMC6470とHMC6470Lの2種あるのを確認していますが、違いはよくわかりません。

フェアレディZのマンハッタンカラーを思わせる華やかなツートンカラーとルーフレールは「もしもルーチェにステーションワゴンが存在したら…」という妄想を叶えるような存在です。カモメを意識したようなセンターキャップのマークも興味深いところです。
(注:日本向けは商用グレードのみでしたが、豪州向けなどで豪華装備の929 wagonは実在しました)

メーカーは中国の経済特区、海南省にある海南汽車。登場までのタイムラインを追ってみましょう。

1988 海南汽車製造廠成立 フォード車組立
1990 バン型車HMC6470を少量試作
1991 伊藤忠の仲介でマツダとの合資成立。
1992 海南馬自達有限公司(Hainan Mazda)設立。バン型車HMC6470の組立開始。
2002 生産終了。

“マツダの技術指導”を受けて最初に量産したのがこのクルマ。カペラカーゴへの切り替えで用済みになった生産ライン一式を購入したのでしょう。

日本勢は株式の25%を出資。社名は海南馬自達(簡体字でしんにょうに大)を経て“紅旗”でおなじみの第一汽車の系列会社となり、現在は一汽海馬汽車と変わったようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/一汽海馬汽車
http://www.faw-mazda.com/



内装は左ハンドルなのが目立ちますが、1DINサイズのオーディオ対応に改められ、灰皿とセンターコンソールも一般的な形に変わっています。(オリジナルのシガーソケットはちょっと使いにくい)

スペックの中で日本のルーチェバンと違って気になる部分を拾ってみます。

直列四缶・電噴・排量2.0、真皮座椅、遥控門鎖、安全気嚢、ABS系統、電子防盗装置、CD収放機

つまり

直列四気筒インジェクション2000cc、本革シート、キーレスエントリー、エアバッグ、ABS、セキュリティ装置、CDデッキ装備というわけ。 う〜ん、豪華。キャブレターにビニールシートの日本版とはぜんぜん違います。

こちらは後期型?HMC6470という色気の無い名前は変わりませんが、オーディオの右隣に増設されたスイッチパネルが気になります。タコメーターの代わりに巨大な時計が付くのは日本のルーチェバンと同じですね。


バンパーにはフォグランプがビルトインされています。

海外サイトで画像を探すと、見慣れたMA型とは全く違うエンジンを積んだ個体も見つかります。プレス製のタペットカバーはどう見てもOHV!


トヨタの輸出用エンジン、4Y型2200cc(のデッドコピーで491Qと称する汎用エンジン。95ps/4600rpm)をムリヤリ積んでいるようです。この変更は1999年5月に行われ、国産化率が85%になったと誇っております。

詳しい事は分かりませんが、マツダからのエンジン供給が途絶え、中国国内で入手できるエンジンを積んで何とかした、というのが実際の所でしょう。どうやら、HMC6470Lが後期のOHVモデルのような気がしますが、確証はありません。

部品供給の最後の手段として、MADE IN CHINAのルーチェ用パーツが見つかるかもしれません。

一汽海馬汽車ではHMC6470の後、ファミリアやプレマシーのライセンス生産を行っていました。しかし2006年にはマツダとの契約が切れ、その後はマツダのコピーメーカーとしてデミオのようなクルマなどを生産しています(涙)
Posted at 2012/12/16 19:08:56 | コメント(4) | トラックバック(0) | 海外 | クルマ
2012年12月15日 イイね!

LA4ルーチェの仕向先別バリエーション

みんカラBlogはじめました。

いまひとつ使い方を決めかねていますが、ルーチェの情報発信はここですることになりそうです。


さて、突然ですが海外仕様について。

外観上の違いはあまり無いですが、灯火類の他にフェンダーミラーやサイドモールなどが異なります。車名はmazda 929Lを名乗る国が多いですが、ロータリー車にRx-9のバッヂが付く地域もある模様…。

詳しくは調査中ですが、フロントコンビネーションランプの仕向先別バリエーションが少し見えてきました。



日本で言うところの
「車幅灯の照明部の最外縁は、自動車の最外側から400mm 以内」
みたいな基準が国ごとに違うので、それに合わせた可能性があります。


ハウジングとレンズにも、車幅灯と指示器を区切る位置が変えられるよう、スリットが2本入っています。

Posted at 2012/12/15 22:17:48 | コメント(2) | トラックバック(0) | パーツ | クルマ

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