大自然が猛威を振るうとき、人はあまりに無力である。
じっと、ただひたすら祈り続けるしか、術を持たない。
天の咆哮が過ぎ去り、そこに残されたもの。
「破壊」 ・ 「悲しみ」 ・ 「絶望」
だが、それでも人は立ち上がる。
降りしきる雨の中、我々は天空に位置していた。
眼下に拡がる、かつて美しき流れであったと想像出来る光景は、無残な爪痕を今なお晒している。
そして次第に水位を増す褐色の河が、あの日の前夜を彷彿とさせる。
高さは、合格。 だが 「揺れ」が足りない。 「強度」 が充分過ぎる。 「呼ぶ声」 が聴こえない。
真の”名所” になるには、あと少しのエピソードが必要であろう…
人里離れた山深い紀伊の懐、後戻りに残された時間は少ない。
最後の決断は やはり、洋食と共に下すべきである。
電話の向う、宿の主人は云う。
「 明日、村は孤立する可能性があります。 通行止になると復旧の見通しが… 」
窓の外の雨滴は勢いを増し、主人の言葉を裏付けるには充分な空と河の色。
我々は云った。
「 ありがとう。 だが我々は行かねばならない。 もう決めたコトだ。」
「 必ず活路はある。 それより御主人、食材の手配を急ぐがいい。 我々の走りは、熱いぞ…」
宿へ向かう前にどうしても立ち寄らねばならぬ場所がある。
この辺りも今夜になれば、各所崩壊し未到の道へと変わるだろう。
今現在でさえ、アクロポリスのSSの如き岩が路上に散乱しており、楽しい。
豪雨の中、法面は崩れ、水はいたる所から噴出し、「路肩」という概念は既に無い。
昨年の災害を色濃く残す、その道。
だが、山頂にほど近い神聖な その場所に到着すると、雨は止んだ。
荘厳なる空間で我々を迎えてくれた、神々の息吹が聴こえてくる…
何か、居る。
気配は感じる。
勿論、「姿」 は視えない…
あの惨事のあと、地元の人達は険しい山道を歩いて登り、祈りを捧げたであろう。
パワースポットなる軽々しい単語では語れない、壮大な 「力」がここに在る。
その、異次元の感覚を保ったまま、ステアリングを握ってはならない。
そのまま荘厳な世界へ 「連れて逝かれる」 だろう。
心を切換え、集中。 目指すは休息の地。
また再び強く雨が降り出した…
「 ようこそ、いらっしゃいませ。 よくぞご無事で…」 安堵の表情で主人は迎えてくれた。
そして、今しがた周辺道路が通行止になった、とも。
「 悲観は無用、想定していた。 我々は生きて帰還する為に、ここに来た。」
「 全ては明朝、活路を見い出してみせる。 まずは”湯”だ。 そして ”補給” だ… 」
押入れにティッシュの箱!? … どけてみた。
「神様」用 !?
主人よ、出来ればエライ人とは部屋を別にしてくれないか。 気を遣う…
もちろん、今夜の客は我々のみ。
その時の我々に必要だったもの。 心からの休息。
そして我々は、深く、安らかに眠りに落ちていく…
もちろん記憶は、無い。
翌朝 雨雲は去り、脱出に向け 天が味方してくれたかの様に、青空さえ顔を見せる。
だが依然、酷道・険道はじめ通行止は継続中。 東西南北、身動きとれず…
その時、宿の主人が息を切らせて我々の元へ。
「 なんとか南へは、行けるかも知れません!」
情報・地図を確認、熊野本宮から那智へと抜ける南南東ルート。 唯一の道。
北へ上るルートに較べ、200キロ近く遠回りになる。
だが奇しくも、古(いにしえ)の神達を巡る、先人達を辿るルート。
彼らが 「来るがいい」と云っている。
よかろう。
そうと決まれば長居は無用。
昨夜までの雨量から推察するに、あがった後の土砂崩れが予想される。
唯一 残された南南東の道も、いつ封鎖されるか判らない。
「 ご主人、ありがとう。 また来年、必ず戻って来る!」
ここからは時間との闘い。 いざ、南南東へ針路をとれ! 「出発!!」
あ、おみやげ屋さん寄ってかなきゃ!
十津川村には決定的な名産物が無いようだ。
お店の人も同意… あ、いや、そう云わず何かありませんか?
その刹那 私の視界の隅、レジ脇に至高の逸品ハッケン。
このネット社会、地方のどんな物でもクリック一つで買えてしまう、味気ない現代。
そんな時代でも、ココでしか 現地でしか手に入らぬ感激の品。
また、イイ買い物をしてしまった…
部下達の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
極上のワインディングの果てに現れた、神の宿。
神の懐に抱かれ、
人は 「少年」 に還る…
未だ南南東ルート封鎖の不安が残るなか、我々は先を急ぎ進行再開。
しかし河口に近づくにつれ、私は目を疑うばかりの光景の連続に言葉を失う。
昨年の災害からよく立ち直ったものだと、人のチカラに感動する。
その一方で全く手付かずの箇所も残り、信じられぬ大自然の恐怖を目の当たりにする。
ここ数年の日本だけを振り返っても、幾度となく大自然は我々ヒトに牙を剥いて来た。
成す術なく、無残に切り裂かれる大地を前に、人々は悲しみに暮れる。
だが、人はその度に立ち上がり、再び歩き出す。
昨年、この南紀を襲った災害に打ちのめされた現地の人たち。
彼らの口から出た 「東北の大災害に比べたら… 頑張ります!」
云えるコトバではない。
傷付いてなお、前に歩く為に必要な「原動力」。
それを自ら造り出さねばならぬ状態での 「人のチカラ」 に、私は涙を禁じ得ない。
太平洋をこの眼で確認し、「脱出」成功をようやく実感した我々。
そして至る道での光景の記憶が、自然と「神」の元へと足を向かわせる。
今回の旅における最後の目的地、那智大社。
いにしえの息吹に触れる前に、栄養補給を済ませよう。
この店の定食は、懸ける意気込みが違う。
「注文が入ってから」 打ち始める、蕎麦。
「注文が入ってから」 採りに行く、山菜。
「注文が入ってから」 漁港に仕入れに走る、マグロ。
これだけ魂のこもった逸品、注文して小一時間待つのも、むべなるかな。
我々のアトで入った十数名の団体さん。
全員が食事を終える頃、朝日と向き逢えるコトだろう…
境内の茶店で一服。
店主から災害時の話を聴きながら、壮絶な写真に絶句。
駆けて来た道も、町も、この境内でさえも、手の付けられない惨状…
よくぞ、よくぞここまで復興された! ヒトのチカラは素晴らしい。
ここ紀伊の地に住む人達のそばには、常に神々が居る。
その力添えもあっての復興。 正に、神とヒトの道、紀伊路。
災害写真をめくる度に、哀れみでは無く、感動の「ココロの涙」を流す私。
人は助け合い、励まし合い、手と手を取り合って進んで行かねばならないと力説したい。
しかしそれも、なかなか美味しい那智黒ソフト片手では説得力に欠けるので、遠慮しておいた。
そしていよいよ我々は、御神体の前へ。 神々しき 「滝」。
今回様々な「何か」を感じ、体内に取り込んで来た旅。
ここでまた最大限に、圧倒的な 「何か」 が私に迫って来る。
五感全てに訴えかける その力の前に、私は立ち尽くし、閉じられた一人の世界へ。
周囲には夥しい数の観光客が居るハズだが、それも もう感じない。
音の無い、研ぎ澄まされた集中の世界。
この巨大なオーラに包まれた今の私の「集中」を解けるモノなど、この世に存在するのだろうか?
「 すいませーん、 シャッター押して貰えますか~!」
む、かわいい。 むむっ、彼氏付き。
「 イイですよ~ ぢゃ、滝をバックに、はい チーズっ!」
「 ありがとうございました~♪ 」
む、かわいい。
「 いえいえ、どーいたしまして。」
勿論、男の顔はアングルから外しておいたのは、云うまでも無い。
ひたすら海岸のワインディングを駆け、クルマを操る悦びを純粋に満喫。
カルガモも楽しいが、分断・迷子の心配なく思う存分駆け抜ける快感!
他にクルマは殆ど無し、素晴らしき南紀。
そして本州最南端の地、想えば遠くへ来たものだ…
棲んでみたいぞ、串本。
予定より数百キロも廻り道した。
その甲斐は、有り過ぎた。
昨日の土砂降りの雨や、不安な気持ち、通行止…
それらがまるで遠い日の出来事であったかの様に、眼前には眩い太陽と 穏やかな海。
友人ご夫婦と共に過ごした、2日間。
代え難い、貴重な濃密な旅。
この素晴らしい想い出とともに、南紀の地で我々は誓う。 また必ず還って来る、と。
さぁ、また走り出そう。 まだ先は長い。
そしてそのまま、それぞれの我が家へ帰ろう。
友よ、素晴らしき旅をありがとう。 また逢う日まで、さらば。
彼らは数秒の空白の後、口々に云う。
「 いやぁ、嬉しいです。 なぁ、みんな… 」
そうか、喜んでくれて私も嬉しいよ!
良い部下達を持った私は、幸せ者だ。