2012年10月09日
利潤率の傾向的低下の法則、再定義。
えーと、今、利潤が一応面白い。
利潤率というのは、マルクス経済学の定義なのかな。
マクロ経済学では、労働生産性。
申し訳程度に定義したのか何のか、細かい背景が見つからないと統計学の定義なんてのはゴミみたいな価値になると思うんですけどね。
背景が簡単に見つからないんですが、今度探してみましょうか。
私は、貨幣の中立性から、マクロ経済学の中で利潤は、貨幣の退蔵ですとしました。
これは貨幣の中立性からの観点で、マルクス経済学の考えである、剰余価値がフロー上で定義出来ないからだと思うんですけど、どうなんでしょうかね。
ですから、利潤というのは、一般的な経済学には出てきません。
マクロ経済学では、生産性と付加価値は、何だかよく解らないけど、右肩上がりで増えていくもんなんだというもの。
これ、現実には則してません。
資本主義というのはデフレ不況で大なり小なり破綻をむかえる物だからです。
では、有名な話
ジョセフ・E・スティグリッツさんの紹介です。
ケインジアンなんですが、貨幣の中立性を無視しています、他の話はすこぶる真っ当。
例の如くWikiから
『経済学への貢献
スティグリッツの著名な業績は、ある経済主体が他方の私的情報を得るために使用される技術であるスクリーニングに関する業績である。情報の非対称性の理論に対する貢献により2001年、ジョージ・アカロフ、マイケル・スペンスと共にノーベル経済学賞を受賞した。
さらに、研究面で数多くの優れた論文を書くだけにとどまらず、自ら経済政策を遂行する立場にもなった。2000年7月、スティグリッツは発展途上国が政策を模索することを助け、より多くの市民が経済政策に参加できるようにすることを目的として、コロンビア大学にInitiative for Policy Dialogueを共同設立した。
また、スティグリッツは、数学的手法を使わずに東欧の社会主義体制が失敗した背景や、市場における不完全情報の機能、「自由な市場」が資本家にとって実際はどのようなシステムなのかというテーマに関する見解を記した。
2003年には1990年代の好景気とその崩壊を分析した"The Roaring Nineties"(邦題:人間が幸福になる経済とは何か――世界が90年代の失敗から学んだこと)と"New Paradigm for Monetary Economics"(邦題:新しい金融論――信用と情報の経済学)を出版した。日本がバブル崩壊後にから10年以上も
名目GDPの成長不全やデフレーションに陥っていることを指摘し、その状態から経済を好転させるために財政赤字を紙幣増刷によってファイナンスすることを提言している
。新しく刷られたお金を人々が持てばそれらの人々のいくらかが財やサービスの消費にお金をまわそうとするだろうし、銀行など金融機関が貸し出しを増やし景気を刺激するからである。これはいわば政府が発行する紙幣、すなわち
政府紙幣
のことである。これは無利子国債を中央銀行が買い取ることと実質等しい。2005年
には"Fair Trade for All"を出版し、2006年の夏には"Making Globalization Work The Next Steps to Social Justice"(邦題:世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す)を出版した。
単純な貨幣数量説に従ったマネタリズムには根拠となる理論がなく一部の実証分析があるだけとして批判しており、コストプッシュ・インフレに対して利上げで対応するような機械的に行う
インフレターゲティングには批判的な立場をとっている』
マネタリズム以外に対しては私と同一見解。
マネタリズムよる解決策は中世の貨幣の総量による、経済的な縛りを、当時の人がどう抜け出したかです。
財政政策に偏れば、ケインズの指摘通り国家主義が蔓延する契機になるし、金の行く先が問題になるしで、健全ではなく、やはり録な事にならないだろう、こちらが私の見解。
アダムスミスの言う通り、市場原理である価格の調整力を強化しろ、というのが私の主張ですからね。
これが投入する財の価値、即ち労働価値によって生産される財の価値が決まる→価値の調整には労働者による、価格の裁定が必要→脱企業化と情報の徹底化となります。
スティグリッツさんは良いことを言っているのでさらに紹介
『IMF批判
2002年にはGlobalization and Its Discontents(邦題:世界を不幸にしたグローバリズムの正体)を書き、その中で彼は、グローバリゼーションの必要性は認めた上、反グローバリゼーションはむしろ
ワシントン・コンセンサスへの反対を示すものと見ている。その上、いわゆる東アジアの奇跡は、最小政府を志向するワシントン・コンセンサスに従わなかったからこそ実現したものとしており、ワシントン・コンセンサスに対する疑問を呈している。また同書では
IMF批判が展開されており、IMFの推し進めた資本市場の自由化は、アメリカの金融セクターのために広範な市場を開拓した反面、その本来の使命であるはずのグローバルな経済の安定には寄与しなかったものとしている。またIMFをG7の債権国の代理者と位置づけており、貧しい国々が貧しいままであるような制度設計をしたアメリカ合衆国の金融セクターに対する不満を表した。
その一方で、IMFと表だって対立はしないもののIMFの方針に全面的に従うということもせず独自の発展政策を採っている
ポーランドなどの国々の成功事例を挙げている(のちにIMFにはリーマン・ショック直後の2008年11月からポーランドから元首相の
マレク・ベルカが転身し、2010年6月にポーランド国立銀行総裁として本国に戻るまで欧州局長を務めることになるが、この期間ベルカは国際的な資本移動に関してIMFの公式
ブログサイト「iMF Direct」上で最近のIMF内部のマネタリズムの風潮とはかなり異なる、ケインズやスティグリッツと同様の見解を精力的に披露している
)。この本の中で、なぜグローバリゼーションがシアトルやジェノヴァのようなWTOへの抗議活動を発生させたかに関するいくつかの理由を示した。この本は世界で100万部以上売れ、30ヶ国語以上に翻訳された。』
グローバリゼーションを推し進めるWTOという枠組みに問題があると指摘しています。
まあ、どう考えるかは自由なので放置。
さて、前の記事で書きました、カツオだったかの出荷制限です。
これは、過剰供給では、限界効用と需給曲線に従って、利潤がマイナスに反転するというもの。
マクロ経済学の生産性は右肩上がりなんだと仮定した問題点を上手く表せるかと思います。
これがおそらくマルクスの書きたかった、利潤率の傾向的低下に繋がるのではないかとも期待。
ここら辺をテーマにやってみましょうか。
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Posted at
2012/10/09 20:32:02
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