2012年08月25日
ドイツの戦後賠償にみる、スタグフレーション(デフレ)の波及効果ですね。
時代背景からやりましょう。
大まかな流れは、
時代背景→賠償へのプロセス→ドイツのハイパーインフレ→欧州不況
となります。
この時期のケインズにも注目したいところ。
例によってWikiから
『ドイツからフランスに運ばれる物納賠償 (1920年)
1918年11月18日、ドイツ帝国が申し出た休戦はアメリカに受理され、休戦協定が締結された。この休戦協定ではアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領が唱えた「十四か条の平和原則」と、1918年2月11日の「四原則」と「民族自決・無併合・無軍税・無懲罰的損害賠償」、9月27日の「五原則」を加えた「ウィルソン綱領」が将来の講和条約の原則となるとされた。この原則の中には「無償金」も含まれていた
。この背景には、反帝国主義者によって賠償金が貪欲な略奪と同義であり、併合と同種の野蛮なものであると見られていたことがある。イギリス
政府はこの綱領が講和の基礎になることについては不服であったが、早期休戦成立のために承認せざるを得なかった
。首相デビッド・ロイド・ジョージは1月5日の会見で賠償金要求を否定していたものの、基本的な主張としては「完全な復旧、完全な賠償、有効な保障」が講和条件であり、「賠償なくして講和は不可能である」「それは復讐的であるといった問題ではない、報復するといった問題ではない。償金はあらゆる意味で本質的なものである」と、賠償要求の可能性を崩してはいなかった
。また、ジョルジュ・クレマンソー首相のフランスも最大被害を受けた国として賠償を譲ることは出来なかった。フランスは安全保障の観点からも賠償によって産業を復興させなければならず、同時にドイツを弱体化させることが必要であった
。また、英仏は戦費のためアメリカから膨大な借り入れを行っており
、賠償金無しに返済は困難であった。ただし伝統的にヨーロッパから孤立した地域にあるイギリスと、ドイツと接するフランスの間ではドイツの脅威に対する恐怖の差異があった』
WW1の終戦経緯はご存知でしょう、予期しない長期の総力戦とスペイン風邪により、欧州は社会インフラに壊滅的なダメージを受け、国民の不満の高まっていたドイツの休戦の申し出によって講和しました。
この戦後処理ですね、敗戦国に対する賠償に関する議論が、今回の記事の第一の焦点になります。
背景は、賠償はないとの建前の下でですね、戦費回収とドイツの封じ込めだけ狙う戦勝国と覚えれば良いか。
引き続き、記事の続きを引用
『イギリスの大蔵省A課はドイツに課す賠償額策定の任に当たっていた。1918年には責任者にジョン・メイナード・ケインズ
が就任した。A課は11月に「ドイツの支払い能力は高めに見積もれば40億ポンド、楽観的に見れば30億ポンド、慎重に見れば20億ポンド」になるという見通しの報告書を作成し、閣議に提出した。しかし一部閣僚は納得せず、
オーストラリア
首相のビリー・ヒューズを委員長とし、イングランド銀行総裁ウォルター・カンリフ(en)らを委員とする委員会が新たな報告書を策定した。この報告書では
連合国戦費すべてをドイツに支払わせるという前提で作成され、大戦前のドイツ貯蓄を基準として賠償請求額は240億ポンドにするべきであるとした
。おりしも12月の総選挙が迫っており、好戦的な
ノースクリフ系の新聞が対独強硬的なキャンペーンを行ったことで、ヴィルヘルム2世の裁判や全額賠償を求める世論が高まっていた
。ロイド・ジョージは11月29日に「ドイツはその能力の限界まで戦費を支払わねばならぬ」
と声明し、12月11日には戦費全額を賠償させると言明した上にヒューズ委員会による240億ポンドという具体的な賠償請求額を公表した。このことによって
タイムズ紙なども対独強硬な主張を掲載し、賠償金要求の声はさらに高まった。しかし選挙の結果、ロイド・ジョージ自身の与党である
自由党はむしろ議席を減少させ、右派の保守党の勢力拡張に繋がった』
ナショナリズムが糞の役にも立たない好例かと思います。
ドイツ賠償については、イギリスの大蔵省A課という所が算定をしまして
そこの責任者にまだ若かった有名でもないケインズが就任、過去の統計からドイツにとって支払い可能な賠償金を算出しました。
その結果は「ドイツの支払い能力は高めに見積もれば40億ポンド、楽観的に見れば30億ポンド、慎重に見れば20億ポンド」
ドイツの社会インフラは崩壊していましたから
イギリス政府の予想より低い物となりました、これに納得いかない閣僚により
新たな委員会が発足
『大戦前のドイツ貯蓄を基準として賠償請求額は240億ポンドにするべきであるとした。』
歴史的な失敗でもあるドイツ賠償の算定は240億ポンドになります、その根拠は社会インフラの混乱していない戦前ドイツの貯蓄の全額に相等するものでした。
これらの一連の流れはWW2への足取りとも言えます。
ケインズは深く悩んだでしょう。
イギリスの算定結果を受けたヴェルサイユ条約の流れは、さらにナンセンスな物でした。
『1919年1月からパリ講和会議が開始され、賠償問題が協議された。この会議の当初で最も紛糾した争点は、「フランスによる
ザールラントの領有」、「フランスによるライン川左岸占領の継続」、そして「賠償金」であった。3月25日からはウィルソン、ロイド・ジョージ、クレマンソーに
イタリア首相ヴィットーリオ・エマヌエーレ・オルランドを加えた4人で会議が行われた。クレマンソーは強硬に賠償要求を行ったが、ロイド・ジョージはあまり長期にドイツを拘束することは復讐心をかき立てるとして反対であり、「賠償支払の期間は出来るだけ短くしなければならない」と説いた。
一方で巨頭会談とは別に、1月23日には賠償委員会が設立された。慎重派のケインズは委員会に出席できず、ヒューズやカンリフといった強硬派がイギリス代表となった。アメリカ代表は賠償を損害の補償に限定しようとしたが、ヒューズらは戦費をも含めるべきと主張した
。ウィルソンは戦費を含めることは認めないと指示を送った
。これに対してイギリスとフランスは、対米債務の削減があれば賠償金削減があるとほのめかしたが、3月8日に
アメリカ財務省はいかなる債務削減にも応じないと拒否回答した
。行き詰まりを打開するために3月10日に設置された米英仏専門家の三者委員会はドイツが支払い可能な額を考慮し、3月15日には総額1200億マルク(600億
金マルクと600億パピエルマルク
)という賠償額を勧告した。ロイド・ジョージやクレマンソーも現実的な路線に転換し、イギリスは委員会代表にケインズを加入させた
。しかし保守党や新聞世論を背景とするヒューズやカンリフ、ジョン・ハミルトン (初代サムナー子爵)
(英語版)常任上訴貴族
の抵抗は強かった。3月26日に米英仏の三政府案が提出されたが、アメリカが最大1400億マルク、フランスが1880億マルク、イギリスは2200億マルクと開きは大きかった
。ロイド・ジョージとクレマンソーは講和会議での決着を諦め、決定を先送りすることにした。一方で賠償に軍人
恩給を含めるべきとする英仏の主張がアメリカを屈服させ、条約にはドイツの恩給支払いが盛り込まれることとなった
。ケインズはこの流れに抗議して会議の途中で帰国した。
6月28日にヴェルサイユ条約が署名された。第八編231条で大戦の結果生じた損失の責任は「ドイツ及びその同盟国」にあることが明記され、232条ではドイツに完全な補償を行う能力が無いことを確認した上で、損失に対する補償を行うべき事が定められた。ヴェルサイユ条約では一定の物納による賠償が定められた。賠償金については占領軍費用として1921年4月30日までに200億
金マルクに相当する物資・金を支払い、400億マルクの無記名債権を発行することが定められたが賠償金総額については決定されず、独立の
賠償委員会を設置して後に協議されることとなった。また、116条によって
ロシアの賠償請求権は留保され、正式政府の成立後に協議されることとなった。』
政治目的に欠けた人類史上かつてない大戦の行く末は、各国の財政破綻だったのです。
そして各国は、その破綻を、賠償によってドイツに負わせようとしました。
それがヴェルサイユ条約の本質です。
途中で退席したケインズ(国に帰りました笑)は、このナンセンスなヴェルサイユ条約を批判するために、「平和の経済的帰結」を出版、賠償の結末と行く末を欧州不況と次の大戦だと予想します。
※この著書によってケインズは有名になります。
ケインズが政治に戻ってくるのは、この予測をあてたためですが。
この予想について、1929年にオリーンとケインズが議論を繰り広げています。
内容は、国際貿易上でのドイツ不況の波及効果です。
ドイツが貧困になっても欧州経済に問題は無いか。
ドイツは賠償金を支払えるか。
おかしい、オープンソースが見つからない(笑)(笑)
まあ、ドイツには賠償能力がなく不況は欧州経済に波及しますよというのがケインズ
ドイツが不況でも、安価にドイツから資源を奪える欧州は好調に成長しますよというのがオリーンという構図です。
オリーンの構築した伝統的な貿易モデル、ヘクシャー=オリーンモデルには注目すべき点があります。
『財の価格は究極的にはその投入物の価格によって決定されるからである。』
投入物の価格に賃金を導入すると
賃金競争によって財の価格は低下し続けるのです、その賃金競争が賠償によってひきづられ続けたのがWW1後の欧州経済でした。
これは金融恐慌の不良債権のスパイラルによる、出口的な賃金競争力とほぼ同じ構造かと思います。
んー、一つの記事にまとまりませんね(笑)(笑)
次の記事はドイツのハイパーインフレからやります。

Posted at 2012/08/25 20:02:24 | |
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2012年08月24日
次の記事に入る前にですね。
日韓の問題が佳境に差し掛かって来ているようですので、当ブログの立場を書いておきます。
今回の騒動の概容から書きましょう。
・チキンレースの様相を呈しはじめた日韓両政府。
領土問題の報復措置にスワップ協定を選んだということは、状態の解らない相手の命綱を、領土問題で切ると脅すという事です、その命綱が何かというと、公の定義として援助か相互の通貨協定なのかさえ解らない始末だというのが今回の所感でした。
報復措置として、経済が絶好調(そういう報道ですね笑)にある先進国への援助を打ち切りますよという事なのか、既にいらない協定だから打ち切りますよという事なのか。
※安住財務相の発言は興味深い
スワップ協定が事実上の二国間援助なら、これは民主党の失策ですし、高々援助の打ち切りは、報復措置として的確なのか、それとも援助でないなら報復措置として選んだ理由は何なのか、そして、スワップ協定延長(内IMFの関与しない300ドル)の破棄が韓国経済に影響するのか、スワップ協定が必要以上に大きな噂になっているとも取れます。
そこに韓国大統領の天皇の侮辱発言が飛び込み
今年の韓国の反日問題は親書の返送にまで発展してしまいました。
日本政府は、報復措置だか何だかさえ解らない、状態も定義も解らない相手の命綱に言及していますから
※この曖昧さが問題の核だったりして
まさにチキンレースと評して良いでしょう。
・難しく考えないで簡単な話にして、個別にバランスした対応を取れば良い
スワップ協定延長破棄に対する私の個人的な感想はこうです。
『竹島の報復措置としてのスワップ協定は、スワップ協定を二国間援助としてやったのかさえ解らない状態では、報復措置として的確なのか論点が非常に曖昧な状態にあり、その経済に与える影響すらも解らない』
仮に報復措置をするなら、その措置が政治的にバランスするか、これは大きな問題になります。
私には評価の解らない物に手を出したがる理由が解りません。
よって民主党の領土問題に関するスワップ協定への言及は、瀬戸際外交どころかキチガイ外交だと評しました。
仮に報復するなら報復するで、解り易い所で、バランスした報復措置を取るのが、普通かつ、真っ当な話になるかと思います。
→つまり、民主党にとって、内訳300億ドルのスワップ協定延長破棄は、安住財務相の言葉通り評価済みで報復措置ではないという、当たり前の論理にたどり着くと思うのですが、政治目的の無い人気取りのための外交だったと思うのです
・後から出てきた、韓国大統領の天皇の侮辱発言と親書返送への対応はどうするか
これらは竹島への報復措置やスワップ協定の延長破棄とは、既に個別の問題になりました。
韓国大統領に、個別に謝罪を要求するのをベースとして(面子の問題)
問題の根本にある両国の歴史的問題の解決あたりが、政治目的になります。(政治問題としての解決)
韓国大統領には謝罪のための来日ですね、天皇への侮辱発言謝罪のために、一度日本に来ていただかなくてはならないでしょう。
その上で後日、歴史的な解決を模索すると。
謝罪のための来日ですから、他の事をさせてはなりません。
これが模範回答になるかと思います。
まあ、民主党がどうするかは知ったこっちゃありませんが、面子の問題での模範回答は、おそらくこれ以外にはあり得ないでしょう。
・親書の返送の問題も別
この謝罪も別ですね、
韓国政府として、謝罪してもらわなければなりません
天皇>親書>竹島の形として
面子の問題は決して経済=お金には変換出来ません。
謝罪へのプロセスとして、経済制裁を持ち込むならそれはそれで有りですが、面子の問題として、日本政府は予め解りやすい和解への答えを用意しなくてはならないでしょう。
その例が、韓国大統領の謝罪のための来日です。
一端、面子問題に発展したなら、バランスさせて両方を立てると、その匙加減は難しいかと思いますが、謝罪だけなら誰にでも出来る難しくない問題だと、私は思います。
簡単な責任の取り方です。
韓国大統領の過激な発言が、安住財務相のスワップ協定延長破棄への反応なら、安住財務相が、謝罪した後の韓国大統領に訪韓して謝れば良いじゃないかと、こんな感じですね。
このように簡単にして
当たり前の事を、当たり前にバランスさせて対応しようよと。
※歴史問題の言及は条約違反なので日本の知った事じゃありませんけれど
その上で私が今ブロック経済を扱うのは、韓国経済が破綻すると、もしくは韓国の不況の輸出を放置するとどうなりますよと、マクロ的な大きな政治目的のために、どうすればみんなのためになるのか、
そういう話を追究すべき時期だからと思うからです。

Posted at 2012/08/24 19:39:22 | |
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2012年08月23日
スワップ協定の内容ですね、内訳3つの内にIMFを通さない物があったので、ここで訂正とお詫びを申し上げます。
Wiki
『日韓通貨スワップ協定
日本銀行と韓国銀行(中央銀行)が結んでいる円と韓国通貨ウォンを相互に融通し合う通貨スワップ協定。2005年締結。
2008年12月、リーマン・ショックにより韓国で外貨流動性問題(韓国通貨危機)が浮上したため、引出限度額を30億ドル相当から200億ドル相当に増額。
2010年4月末、為替市場が安定化したとして増額措置を終了、30億ドルとする。
2010年6月、日韓通貨スワップ協定の期限を3年延長し、期限を2013年7月までとする。
2011年10月、欧州金融市場の不安定化の中、引出限度額を30億ドル相当から300億ドル相当に増額。2012年10月末までの時限措置。』
円/ウォンのスワップ協定ですね、現300億ドル相当
何故円なのかはちょっと解りません。
問題のIMF関与なしのスワップ協定は最後の内訳です。
『チェンマイ・イニシアティブの下での財務省(外為特会)と韓国銀行間の通貨スワップ100億ドル。 2001年7月4日、上限20億ドルのドル・ウォン間の一方向スワップ取極(日本から韓国へドルを供与)を締結。』
説明したASEAN中心のスワップ協定ネットワークへの取り組みの一部です。
100億ドル。
『2011年10月、財務省(外為特会)と韓国銀行間で新たに締結されたドル・自国通貨の通貨スワップ、限度額300億ドル、2012年10月末までの時限措置。 ドル・自国通貨となっているが、実質ドル・ウォンの通貨スワップ。』
これが問題のIMF軽油でないスワップ協定ですね、わざわざ保険を外す必要のない協定です、勘違いしていました。
お詫び申し上げます。
ドル/自国通貨の300億ドル。
内訳3つの計700億ドル、内300億ドル+80億ドル(400億ドルの20%)にIMFが関与していません。
韓国経済は、現状貿易赤字が膨らんでおり、民間の債務額も危機的な水準にあります。
このスワップ協定を組んだ経緯は解りませんが、特にリスキーな内訳があるようです。

Posted at 2012/08/23 23:14:54 | |
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2012年08月23日
ブロック経済について概容をやりましょう。
例によってWikiから引用
・ブロック経済1930ー
『ブロック経済(ブロックけいざい、bloc economy)とは、自国と友好国を「ブロック」として、関税障壁を張り巡らし、他のブロックへ需要が漏れ出さないようにした状態の経済体制。』
需要の漏れだしと書いていますが、世界恐慌下での需要の捉え方に、非常に興味が出るかと思います。
当時主流の新古典主義では従来からのセイの法則→供給=需要
このベースからマーシャルが需給曲線という需給の乖離してるところまでを認めていました。
当時アメリカの取った政策からすると、
貨幣中立説に従って、金融恐慌によって大量に発生した不良債権は、需給に影響を与えないと仮定し
供給の飽和によってデフレ(物価の低下)が発生、不況が拡大してるとの診断ですね。
その診断結果こそが、アメリカの大恐慌拡大の引き金だったのですが。
※不況の世界への伝播についてはWikiでいいので世界恐慌を確認の事
現実には、発生した不良債権に相対して市場に流れ込むマネーサプライが低下、企業に影響が波及した上に、投資分野でフローがなくなり、投資のファイナンス部分と失った需要部分にさらに不良債権が発生、これを不良債権スパイラルと呼んでみましょうか。
※単純に乗数効果でよろしい
これが末端では国際的な賃金と価格競争に発展しました。(デフレ不況)
金融恐慌で食い止めなければならないのは、マネーサプライの低下と、この不良債権発生のスパイラルです。
リーマンショックでのFRBでの対応でも解りますよね、市場はサブプライムローンの関連商品で大量のフローを失い、それが不良債権になりました。
FRBはその失ったフローと不良債権の部分に、直接マネーを供給したのです。
フローが回復してないので、アメリカは未だ不況状態ですがマネーサプライの低下と不良債権のスパイラルを食い止めました。
(先々のインフレを考慮するとフローが動き始めたら、マネーをどこかで抜く事になるでしょう)
一方、世界恐慌当時のアメリカは、不良債権を無視し、飽和してると仮定した供給を削り始めます。
その結果は、世界恐慌の5年後に出ました、5人に1人の失業です。
供給を削る事によってさらに発生する賃金競争に目を向けなかったのです。
・金融恐慌の小咄といえば、昭和金融恐慌1927
Wikiから
『日本経済は第一次世界大戦時の好況(大戦景気)から一転して不況となり、さらに関東大震災の処理のための震災手形が膨大な不良債権と化していた。一方で、中小の銀行は折からの不況を受けて経営状態が悪化し、社会全般に金融不安が生じていた。3月14日の衆議院予算委員会の中での片岡直温蔵相の「失言」をきっかけとして金融不安が表面化し、中小銀行を中心として取り付け騒ぎが発生した。一旦は収束するものの4月に鈴木商店が倒産し、その煽りを受けた台湾銀行が休業に追い込まれたことから金融不安が再燃した。これに対して高橋是清蔵相は片面印刷の200円券を臨時に増刷して現金の供給に手を尽くし、銀行もこれを店頭に積み上げるなどして不安の解消に努め、金融不安は収まった。
昭和金融恐慌は、後年起きた昭和農業恐慌(1929年の世界恐慌の影響を受けて主に農業に経済的打撃を受けた)と合わせて昭和恐慌と言われることもある。』
これも無理矢理マネーサプライを増やして、危機を回避していますよという話ですね。
対応はリーマンショックと同じです。
日本の高橋是清さんは、この当時ケインズの主張した有効需要を越える知識でしか出来ない数々の政策をしています。
・新古典ベースの需要に目を向け始めた各国→ブロック経済へ
世界恐慌の当時の経済学者は焦ったでしょう、何故だから解らないが需給がバランスしないんですから(笑)
※貨幣中立説前提のせいなんですが
この結果、なんだか解らないが需要が他国に逃げ出しているという結論に達しました。
※一方で通貨安競争による賃金競争をしていますから、なにをしてたんだって話。
金融恐慌の伝播自体は金本位制による他国のマネーストックの低下でしたが、この需要の低下部分は、価格競争を介した賃金競争でした。
もう一回Wikiから
『一般に、自由貿易の下では、自国の内需が拡大する場合、輸入も拡大する。しかし、関税障壁を高くすると、輸入を通じて外国へ漏れる需要が減少し、国内生産を保護・増大させる効果がある。ただ、輸入の減少は、他国にとっては輸出の減少となり国民所得を減少させる。国際分業がおこなわれている状況で、特定国がこの政策を採用すればそれ以前の国際分業体制が崩れるため、世界経済全体が非効率になる可能性があり望ましい状態ではない。』
この国民所得自体が賃金競争によって低下し続けたのです。
ブロック経済を説明するマクロ数式モデルもWikiから
『マクロ数式モデル
国民所得:Y=C+I+G+(EX-IM)
総消費:C=0.8Y
総投資:I=10
財政投資:G=20
総輸出:EX=10
総輸入:IM=0.3Y
の場合、Y=80でIM=24となるが、関税障壁を高めて、輸入を阻害し、その場合でも輸出などその他が変化しないと仮定して
総輸入:IM=0.2Y
とした場合、Y=100でIM=20となり、国民所得は増大・輸入は減少する。』
これがブロック経済の説明ですが、輸出も当然減少しました。
ブロック経済では全世界のの貿易額3分の1以下になっています。
では、賃金競争でもある通貨安競争が害悪であったか?
これもWikiから
『なお、このようなブロック経済圏とともに同時期の通貨安競争が景気の後退要因になったと語られることが多いが、ブロック経済と通貨安競争では経済への影響が大きく異なる。ブロック経済は国際分業の解体を通じて経済に大きな悪影響を与えた。一方で通貨安競争については、全ての国において通貨切り下げのために拡張的金融政策がとられた場合、外需拡大の効果は相殺されあう事となったものの、世界中の国においてマネーサプライが増加することになることから、その結果として各国で内需の拡大がもたらされたという面があり、近隣窮乏化的な需要の奪い合いという文脈からのみ評価することには問題がある。アイケングリーンとサックスによれば
[1]
、1930年代に発生した通貨安競争は世界の貿易や経済を縮小させた原因ではなく、むしろその世界的な拡張的金融政策が世界恐慌からの離脱の契機になったと分析している。』
世界同時の通貨安競争は、賃金競争にはならずに実質的にはインフレだけを引き起こしました、インフレによって不良債権が目減りし、マネーサプライが増加したとありますね。
通貨安競争の放棄による、近年の日本の製造業の凋落からしても、非常に興味深い分析になるかと思います。
金融恐慌に対する論点は、マネーサプライと不良債権のスパイラルです。
ここまでがブロック経済の基礎知識となります
では、今なにが問題なのか、応用してみましょう。
・ひとつの問題として、日本のマネーサプライは問題のある状態にはない
このマネーサプライに問題がないとする提起に通じる論理は、賃金競争、スタグフレーションの波及効果(不況の輸出)しかありません。
ブロック経済は土台が世界同時の金融恐慌からの賃金競争になっていますが、
日本の不況で参考にすべきは
WW1の後にあったドイツ賠償によるデフレの波及不況と書きましたね。
※ドイツ国内はスタグフレーションでした
要はWTOのような第3者の世界貿易機関が、スタグフレーションの波及を防がなければならないという結論になるんですが
うーん、長くて集中が続かないので、ドイツの恐慌からの立ち直りなどですね、次の記事に分けます。
クルーグマンが本を出しましたね、今回の記事の予想通りになるか楽しみです。

Posted at 2012/08/23 20:34:28 | |
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2012年08月21日
続いてスワップ協定の誤解について書いてみます。
全体的な流れでいきましょう。
韓国関連は色々書いていますので、根本的な原因が、内需と為替のファイナンスによるスタグフレーション(不況)の輸出だとは理解出来るかと思います。
この韓国の経済成長の構造的な参考は
ー1997
アジア通貨危機
アジア通貨危機の原因となった、新興国の新たな成長戦略、高金利と長期ドル安トレンドを利用した外資の呼び込みですね。
これは新しい手法でした。
『当時の為替状況を利用した、経常赤字の経済成長へのファイナンスです。』
「安定した高金利」を維持すれば外資が来て経済成長する。
経済赤字に使うドル建ての借金はドル安によってどんどん値減りする。
リスクの少ない財政ファイナンスの手法ですね、少し前の記事で書きました。
ドルの状況が変わり、リスクの高まった経済成長戦略をヘッジファンドが攻撃したのが、アジア通貨危機です。
アジア通貨危機で外資に乗っ取られた韓国の財閥(及び財閥に逆らえない韓国政府)はこの財政ファイナンスの上に、さらに新しい負の経済成長の手法を見つけます。
「雇用規制緩和と金融緩和による」内需のファイナンスです。
具体的には、この内需のファイナンスこそが
「ダンピング」による不況の輸出だったのです。
※スタグフレーションの近隣国への波及効果
この不況の輸出は、外貨準備金の量を調整するスワップ協定とは別の観点になります。
ダンピングによって得た利益を外貨準備金に移せという話ですが、法人税云々は内政干渉になり、
都合の悪い事に、帳簿上にはしっかり潤沢な外貨準備金が用意されてるんですよね。
ここら辺はオトナの倫理(笑)(笑)
では、日本政府としてスタグフレーションの波及効果を止めるには、どうすれば良かったのか。
同じような状況から抜け出すために、各国が動いた例が過去にあります。
これが、1929年からの世界恐慌に対して行われた、1930年代の「ブロック経済」です。
関税障壁によるスタグフレーション(orデフレ不況)波及の阻止ですね。
世界恐慌に学ぶ事は多いんです、ブロック経済は失敗と言われていますが、
この不況を輸出する韓国と、競合関係にある経済圏は、約20年もの間デフレに悩まされる事になりました。
・「失われた20年」
説明を長くしてもしょうがない、ニクソンショックとオイルショックの影響からようやく抜け出し、止まりようのない過熱景気にあったアメリカの金融規制の一貫であるドル高対策のプラザ合意は
円高となって日本の国際競争力を奪いました。
「途上国と国際競争力の拮抗してきた」1990年代から、為替から景気への影響が顕著になります。
仕事は無いがカネはある→こ状況が実態のないバブルの成長へと発展しました。
余ったカネを膨らませて、失ったのがバブル崩壊です。
一見してプラスマイナス0に思えますが、(過熱景気で失った貿易赤字は除いて)この分配は等分には行われませんでした、
この負の遺産が「不良債権」です。
これ以上のバブルの話は脱線になりますから割愛。
プラスマイナス0から原点である製造業に戻るハズの日本に襲いかかったのが、韓国による不況の輸出でした。
※リーマンショックまではキャリートレードによる円安で少しバランスしていました
一方で、失われた20年の間、日本政府はバブル崩壊の経験を生かし、バブルの過熱を尽く潰してきましたが、
財界は、製造業の構造的不況を無視し、健全的といえる金融の引き締め行為を批判し続けていました、その典型例が左翼の主張である、金融立国です。
そしてリーマンショックを契機に先進国の現実的な金融立国の道が潰えた上で、
キャリートレードの解消による円高と、バランスのとれなくなった韓国による不況の輸出が、日本の製造業を同時に襲ってきたのです。
・スワップ協定の誤解の責任は韓国政府にある
通貨安政策を進めて来たともされる韓国政府の内需のファイナンスの手法は、真っ黒とは言えません、グレーゾーンでの非常に上手いやりくりでした。
※韓国国内は不況になりましたけど(笑)
グレーゾーンでの上手いやりくり言えば、ホリエモンこと堀江貴文さんです。
ライブドア事件のように、真の問題はグレーゾーンのやりくりが、まさに全体のシステムにまで波及しようとした時に提起されます。
それが2008と2011の韓国での通貨危機、及び日本の製造業の大不況、そしてデフレによる内需の不調だったんですね。
このために、ヘッジファンドによる通貨危機を未然に防ぐためのスワップ協定が、不況を輸出する韓国のデフォルトを防いだとして、ネットでやり玉にあげられてしまいます。
・悪いのはどう考えてもスワップ協定ではない
さて、この通貨スワップ協定、日韓だけの協力ではなく、全体で見るとASEAN中心の金融安定のための多国間で組まれた協定です。
皆さん、この事はご存知でしたでしょうか?
前々回の記事でもやりました、スワップ協定は援助ではない。
そして、スワップ協定の破棄は、国際金融安定のシステムへの攻撃の示唆である。
そして、第一として原因を取り除かずに、不況は終わりません。
スワップ協定への攻撃は対処療法にもならない選択と言えます、むしろ、韓国発の通貨危機は不況を大幅に拡大させるかもしれません。※金融不安かつWW1ドイツ発の不況の焼き増し
日本政府の領土問題とスワップ協定の影響は、意義としても対処としても間違った外交と言えます。
・ブロック経済の再評価をするしかない
グローバル化の問題点はいくつかありまして、
不況の輸出云々を韓国だけのせいにしてはいけません。
安い人件費の利用は途上国にも当てはまります。
今回の記事で書きました、国際競争力が拮抗してきた場合に、為替は景気に反映しやすくなる。
拮抗してきた上で人件費の競争にまで及ぶとなると、これは過当競争の範囲になります。
この人件費競争を抑制しなければ、不況は解決しないのです。
ブロック経済のマクロ評価には、人件費の競争による低下は入っていません。
今の不況から脱するには、スワップ協定への攻撃ではなく、ブロック経済の再評価からの、経済での国際協力しかないのです。
これが出来なければ、不景気によって世界各地で紛争が起こるでしょう。
この記事の構造はドイツ賠償で繰り広げられた
ベルティル・オリーンとケインズの論争
でのケインズ側の主張に似ています。
経済は協力なんです。
協定出来なければ、産業単位で不況が波及し、みんな困るんだと。
貨幣中立説をやっていませんが、次の記事ではブロック経済についてやってみましょう。

Posted at 2012/08/21 20:09:03 | |
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