3月28日にドイツ西部ニュルブルクリンクにおいて開催されたVLN(ニュルブルクリンク耐久シリーズ)第1戦で、大きな事故が起きました。
レース中、レースカーがコースアウトし、キャッチフェンスすらも越えて観客席に飛び込んでしまったのです。巻き込まれた観客1名が亡くなり、負傷者も出たそうです。
事故の原因についてはFIA(国際自動車連盟)も乗り出して詳細な調査が進められています。というのは、件のレースカーが近年活躍の場を広げている「FIA-GT3」車両だったからです。
事故原因については調査結果を待つこととして、今回の事故の形態に近い、いわゆる「離陸事故」を考えてみます。
モータースポーツで言う「離陸事故」は、直線を走行中のレーシングカーが突然フロント部からふわりと浮きあがり、まるで飛行機が離陸するかのように宙に舞い上がってしまう事故です。もちろんレーシングカーは空中で姿勢を制御できるようには作られていないので、すぐに墜落します。かつてはポルシェ911GT1がロードアトランタで、それに最も有名な1999年、ル・マン24時間レースでのメルセデスベンツCLRが、同じように離陸事故を起こして墜落、大破しました。奇跡的なことに、この前二例では負傷者はありませんでした。しかし、やはりメルセデスCLRはコース外にまで飛び出してしまったのです。
この種の事故が起きやすいのは、一般にフォーミュラカーではなく、プロトタイプやGTカーなど、有り体に言えば床下が広いクルマです。要はそこに入り込んだ空気の塊が、フォーミュラカーのように各所の隙間から車体側面や後部に逃げることができず、結果としてクルマそのものを押し上げてしまうからです。アメリカのインディカーのように非常に高速で走るフォーミュラでは同様の事故がありますが、ほとんどはプロトタイプやGTなど「ハコ」車です。速度が高いと、あの1.5トンもあるナスカ―のマシンでさえ、宙を舞うのです。
あんなに重いクルマがまさか?と思うところですが、この事故の特徴的な原因の一つが「空気」です。通常、レーシングカーの下、床板と路面の間には、最低限の空気しか流れていません。狭い空間に入り込んだ空気は、掃除機で吸い出すわけにはいきません。流路を上手く工夫して排出するのですが、その量には限度があります。それ以上に床下に空気を入れても、ダウンフォースにはなってくれないのです。ですから必要な量のみ入っていくように、フロントのチンスポイラーで調整しているわけです。
しかし何かの拍子に、大量の空気が車体下部にどっと流れ込んでしまうことがあります。クルマが走行中にそういう状況になるのは、一つには路面が急激に下ったり、あるいは大きなバンプがあったりして、後輪に対して前輪が著しく浮いた瞬間です。もう一つは他車が作り出した非常に密度の大きな空気の流れが偶然にもピンポイントに流れ込んでしまう場合が考えられます。かつてのメルセデスCLRは、この両者が複合的に作用してしまったと考えられています。
さて、フロントが持ち上げられると、車体そのものが前方からの走行風(単純に言えばその時の車速で流れる向かい風)に対して「迎え角」を持ってしまい、それまで大きな負圧の発生していなかったクルマの上面にも負圧を発生するようになります。上面に負圧、下面に正圧、これはつまり飛行機の翼そのものです。車体を路面に押し付ける力はみるみる弱まり、どんどんフロントが浮き上がり、さらに迎え角が大きくなるという悪循環に陥ります。ここまではものの1、2秒の出来事なので、ドライバーになす術はありません。「あっ」と思ったら次の瞬間にはフロントガラスの向こうは一面の空です。
このときに速度が速いと、メルセデスのように完全に「離陸」してしまいますが、それよりも遅い速度、あるいは車重によって、飛び上がりこそしないものの直立状態になってしまいます。ここまでくると「翼」は失速してしまうので、それ以上に浮かぶことはありませんが、依然として進行方向を向いたままのお腹には走行風が当たり続けるので、なかなか元の姿勢には戻りません。お尻をこすりながら直立状態のまま数秒も「飛び続ける」事故映像がありますが、あれはこの状態です。クルマが直立したときのエアロダイナミクスを考えて設計しているエンジニアはいませんから、あとは運を天に任せるのみなのです。
このような事故による被害を、どうしたら防げるのか?
今回の事故では、キャッチフェンスがあまり役に立ちませんでした。では、フェンスが高かったらここまで被害は出なかったか? その可能性はあります。しかし離陸事故はその特徴として、路面の悪い場所を高速走行する時に起きやすいというものがあります。ノルトシュライフェは一応サーキットとしてつくられましたが、ル・マンやロードアトランタは公道コースでの出来事でした。つまり、頑丈な支柱を必要とする高いキャッチフェンスをつくりにくい立地でもあるのです。
FIAやACOは、クルマ側でこれに対処しようとしてきました。とくに高速で軽量なプロトタイプにおいて、ホイールハウスに一定の大きさの穴を開けさせたり、巨大な背びれを付けたりしたのです。前者はスピン時にタイヤハウス内に空気が流れ込むことで車体を浮き上がらせてしまうのを防ぎ、また後者もスピン時にボディ後部が浮き上がらないようするのが目的です。
現代のプロトタイプはフロント周りのダウンフォース獲得のため、フロントアクスル回りの空気は比較的逃げ場があります。ななめ後ろから「グランドキャニオン」付近を見ると、巨大なトンネルになっていることがよくわかるはずです。ですから、フロントから浮き上がってしまうような事故は起こりにくくなっているようには思います。
問題はGTで、車重が重いために軽視されがちでしたが、ついにその事故は起きてしまいました。SUPER GTにしても、どんどん速くなっているマシンには、今後こうした事故への対策が求められてゆくでしょう。
今はただ、事態の本質を捉えた事故調査報告を待つことと、亡くなられた方のご冥福をお祈りするばかりです。
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RACE!! | 日記
Posted at
2015/04/12 21:04:59