2017年08月01日
ココ一ヶ月で路上中央に横たわる猫を三個退かした。
三個という表現に嫌悪を感じる方も当然居られるであろうことを承知の上であえての三個です。
他にもっと表現はいくらでもあります。
3匹、3体。。。
こんな言い方は偽善的で傲慢な皮肉と受け取る方がいたなら、むしろ皮肉と感じたヒトはそれが何故なのか自問して欲しくての事。
路上で車に轢かれた動物を目にしたことがありますか。
それに対してどう対応していますか。
各々の対応はどのような考えの基でしょうか。
法ですか。道徳ですか。
いつとは定義できませんが、一昔前に比較して、ペットと称される愛玩動物達を取り巻く社会的環境や、一般的な価値意識、地位、法整備は大きく様変わりしたと感じます。
年代にも拠ると思いますが、野良犬の類いは殆ど見かけなくなりましたね。
一方、都心、郊外問わず野良猫はまだまだいますね。
愛犬家の人々にとって、犬はまさに家族でしょう。
死別、離別の際の精神的苦痛は人間同士とのそれに匹敵するものがあると思います。
動物に対する意識は各々の価値観や世界観によって多様であると思います。
私の中では、今未だ尚、むしろ 動物達は紛れも無く、動く物です。
もっと言えば、産業としての商品です。
ある程度の年齢になれば、ペット業界における闇の部分について一聞も無いという人はいないと思います。
そこについての解釈はさておき、路上に横たわる動物は紛れもなくただの物です。 ヤツラの行き先は火葬場ではなく、処理方法は燃えるゴミと同じです。
生きてる時は可愛がれるが、命を失った途端に触れないというヒトがいました。まして、路上で無惨な死を遂げた動物は視界に入れるのも苦痛であると。
一頃は獣医に憧れたという愛犬家です。
気持ちは分からなくもありません。
責める気もないです。
自分自身も、命の有無によって触れる際の心境は同じではありませんし。
今までいくつの死骸に遭遇したかわかりません。
誰かや何かの責任にするつもりも無いですし。
誰を責めたいわけでもない。
ただ
命ってなんだろう。
人間ってなんだろう。
そう思った。それだけ。
そして
交通事故のこと。
車と車。車とバイク。車と自転車。バイクと自転車。そして各乗り物と歩行者。
事故に遭った当事者達の大半は双方の正統性、過失について概ね争います。
あるときは常識やモラルに訴え。あるときは交通法を根拠にした義務、過失を用いて。
なぜ 交通事故が起きるのか。
それは全てが同じ二次元的動線に存在するから。
道路交通法は歩行者に対する規則も規定しているけれど、歩行者と自転車の交通マナーに肝を冷やした経験のあるドライバーは少なく無いのでは。
交通ルールはある。
すべての個人がルールを遵守していれば事故は起きないのか?
そんな単純な話しではない。
まるで事故が起きるように仕組まれているのでは無いかとさえ思える恐怖の交差点やはいくらでもある。
交通事故に遭った二輪ライダーの記事を読んだ。
彼は被害者だという。
四輪車が自分の存在を確認することも無かったであろうタイミングで突然飛び出してきた為、回避出来ず後方に突っ込み重症を負ったという。
そのような運転マナーの四輪運転者の人間性を問い。殺人未遂にも価する悪質な犯罪者だと厳しく非難していた。
二輪車の運転歴30年。大きな事故は4回。全てもらい事故だという。
なんて運の良いヒトなんだ。。と関心した。
飛び出して来たのがたまたま四輪車だったから被害者になれた。
同じタイミングで飛び出してきたのが四輪や自動二輪以外であったなら、彼の立場は断じて同じではない。
老人や子供が操る自転車や歩行者であったなら、彼は同じ避けきれないという状況で一転加害者になる。
相手が命を落としていたらそれこそ交通犯罪者である。
彼はスピード好きであるという。自分で言っている。
なんでも速くないと気がすまない性分なのだといっている。
雨模様だった為、いつもより速度は控えめにして、細心の注意を払っていたという。その時の速度は60キロ。
一般道の上限速度はなんキロなんだ。
普段はいったい何キロで走行しているのだろうか。
自称被害者が走行していたという道は私も知っている。
国道246号線。環状8号線の内側、首都高速3号線の下。
朝の通勤時間帯にあの道を走ったことがある人なら分かると思う。 色んな意味で激戦道路だ。
事故を起こした二輪車は三車線の一番左を走行していたという。通勤時間帯であれば路線バス優先斜線のはずだ。
路上駐車、停車車両も多い。
イヤホン付けて縦横無尽のスタイリッシュなスポーツ自転車も多くいる。
制限速度とは上限のことであり、その速度を維持せよという意味ではない。
まして、制限速度以下であれば注意義務が免責になるというものでもない。
ルール、義務に反して飛び出してくるのは車だけではない。
すべての他者が、突然飛び出してくる可能性は常にある。
例え青信号であっても、無謀な運転者や、運転歴により判断力、認識力に欠けていたり、衰えている運転者も混在しているのだから油断はできない。
いざという場面で二輪車は、四輪車に比べてその制動力、停止まで距離や安定性の面で不利なのは明らかだ。
要は 車よりもさらに急には停まれないし、回避できないのだから。
運転者の大半は移動が目的のはずだ。
運転そのものが目的ではない。
都合によっては初めての場所へ、初めての道を通って向かう人だって大勢いるのだから。
人間はミスをする。
運転技術も反応も能力も都合様々だ。
色んなヒトが路上にいる。
それが大前提だ。
四回目。またもや被害者になってくれて本当によかった。
飛び出してきたのが子供でなくて良かった。
本当によかった。
はたして、飛び出してきたのが野良猫であったなら。
交通事故にもならない。
もし私がそこにいあわせたとして。息がなければ、また一個。。と呟いて道路脇に寄せ、役所に場所を伝えて立ち去るだけだ。
たとえ息があっても道路脇に寄せて立ち去るだけ。
猫踏んで転倒した二輪車?
関わりたくないですね。
Posted at 2017/08/01 12:10:51 | |
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