第8話までは、
こちら。
目が覚めると、隅田川にかかる、清洲橋の脇に立っていた。
ただ、車も人もいない。
声も音もしない。
オレが立っている方は、見慣れた街並みだが、
橋の向こう側はなぜか大自然が広がっている。
綺麗な花もたくさん咲いている。
ああ、そうか・・・。
これが三途の川、か・・・。
これを渡れば、オレはあの世行きか・・・。
親兄弟には悪いが、オレは橋を渡ることにした。
途中まで来た所で、向こう側に誰か立っていることに気づいた。
みひろだった。
「ラウダ君!来ちゃダメ!あなたはまだ生きて!新しい恋人もできるはずだし、
結婚して子供ができて、幸せな人生を送れるはずなの!だからお願い!戻って!」
みひろは泣きじゃくりながら、大きな声で言った。
オレは聞いてみた。
「オレに何があったのか、全くわからない。
オレはみひろと会っていたのか?結婚を約束したのか?」
と。
みひろが答える。
「一度だけ、初めてラウダ君のマンションに行った時だけ、会ったわ。
会えてうれしかった。私はラウダ君と結婚する!と直感したわ。
ラウダ君が駅まで送ってくれて、自分のマンションに向かって歩いている時、
あの例の前の彼が運転する車にはねられたの。
彼はやっぱりストーカーを続けていて、私がラウダ君のマンションに行ったことで、
怒りが爆発したそうよ。私のマンション前に私より先に着いていて、私をひいたのよ。
私は即死だったらしいけど、私の魂がラウダ君の頭の中の記憶に入り込んでしまったのね・・・。
それでラウダ君は私とのデート、プロポーズを現実のこと、だと思ったのよ。
それは私がラウダ君と『こうなったらいいな。』と思った夢。
その夢がまさかそのままラウダ君に届くとは思わなかった。
ラウダ君は私が思っていた以上に、私を愛してくれていたのね・・・。
ありがとう・・・。だから私はラウダ君にもっと幸せになってもらいたいの!
ね?お願い!こっちには来ないで!」
「メモ書きの文字を消したり、車の助手席の髪の毛、みひろのマンションの住所・・・。
これは?これはなんだったのさ?」
「それは・・・。ラウダ君には幸せになってもらいたいけど、ラウダ君の頭の片隅でいいから、
『みひろ』という女がいた、ってことを置いておいて欲しかったから・・・、
やってはいけないことだけど、どうしても忘れてほしくなかったから・・・。
勝手な女でしょ?」
「そうだったんだ・・・。で、オレのこの後の人生はどうなる?」
「教えてはいけないの・・・。でも幸せになれるわ。」
「みひろのいない人生の、どこが幸せなんだ!?オレはずっとみひろと一緒にいたい。
だから橋を渡るよ。」
「ダメ!あなたは・・・、あなたはこれから色んな経験をするの!辛いことも、楽しいことも。
私を想ってくれるのは嬉しいけど、私なんかで『最期の恋』になんかしないで!
もっともっと、恋をして!お願い!」
みひろはずっと大きな声で泣いている。
「じゃあなんでオレは今、ここにいるんだ?生きて行けるのなら、三途の川になんか来ないだろ?」
「あなたは居酒屋で頭を殴られた時、脳内出血を起こしたの。
ただ、あまりに微量で先生も見つけられなかったの。
その出血がまだ止まってなくて、血腫になっているわ。
今、会社の人が心配になってラウダ君のマンションに向かってる。
そこであなたを見つけて救急車で病院に運ばれて緊急手術をすれば
後遺症もなく、元に戻れるの!」
「生と死のはざまにいるのか・・・。」
「ね?お願い!戻って!?」
「・・・。いや、オレにはみひろのいない人生なんか考えられない。『最期の恋』にするよ。」
と、橋を進み始めた。
みひろが何度も「来ちゃダメ!」と泣き叫んでいたが、オレは無視してみひろに近づいた。
みひろに手が届く距離まで来た時、みひろは泣きながらその場にしゃがみこんでしまった。
両手で顔をかくし、泣き叫ぶみひろの肩に手を回した。
「みひろ、これでいいんだよ。これでずっと一緒にいられるじゃないか。」
みひろはただ泣くばかりだった。
オレはみひろが落ち着くのを待った。
「ゴメンね、ラウダ君・・・。私の魂があなたの頭に入り込んでしまったばかりに・・・。」
「いいんだよ・・・。これからは二人きりで、この世界で幸せになろう。
現実の世界では『最期』かもしれないけど、こっちの世界では『始まり』だろ?」
オレはみひろを強く抱きしめて、「これからもよろしく」とキスをして、
色とりどりの花が咲く道をみひろと手をつないで歩き始めた。
みひろの顔にようやく、みひろらしい笑顔が戻ってきた。
みひろは小さな声で「ありがとう・・・。」と言った。
目の前に、すーっとスクリーンが下りてきた。
そのスクリーンには、オレが病院の救急救命室で息を引き取る瞬間が映し出されていた。
その後も続きそうだったが、オレは無視して、みひろと歩き続けた・・・。
終わり