機体構造には、飛ぶたびに繰り返し大きな力が働くため、いずれクラック(亀裂)が入る。これは、プラスチックや金属の板を何度も繰り返し曲げたり伸ばしたりを繰り返しているとそのうち材料が耐えきれずに分裂してしまう現象と同じで、「繰り返し応力による金属疲労」という。
これを発見したら修理するが、いきなり部品を新品に交換するわけではない。
実際のところ、(部材に無理がかかっていたから亀裂が生じたわけであるが)亀裂が入ったことで力が抜け、その後は無理な力が抜けたことで、以後クラックの進行が止まる場合もあるが、逆に進行が止まらずにクラックが成長する場合もある。
もちろん、安全を考え前者を前提とすることはなく、発見したら飛行訓練を中止してでも処置を優先することもある。
まず整備員によって発見されたクラックは、その度合いによってどのような修理方法が適切か判断する。
機体外板の亀裂では、「部品交換」か「パッチ当て」になる。
「パッチ当て」をするために、まず部品を機体から取り外し、クラックの端の部分にドリルで穴を開ける。これは、「ストップホール」といって、クラックがこれ以上成長しないようにするのが目的。クラックは先端部分ではとても細い亀裂になり、目に見えないような状態だが、間違えて端ではなく中間位置に穴を開けると意味が全くなくなるので充分慎重に先端部分を見極める必要がある。クラックが入った部品はクラックの部分を境に飛行時にかかる力を伝えられないことになる。
飛行時に部品にかかる大きな力は部品の内部を伝わって部品全体に分散される事で耐えてるのであるが、クラックにより部品が分かれてしまっているため、かかる力は全てクラックの先端(ひび割れの先端)に集中してしまい、クラックの成長を更に助けてしまう。
ストップホールをあけることで、クラックの進行は止める処置は出来たが、このままではまだ問題がある。部品全体の強度が落ちたままの状態だからである。
ストップホールはクラックの成長を止めるだけなので、このままでは、クラックは成長しないものの、今度はストップホールに力が集中していずれ新たにストップホールからクラックが発生する恐れがある。
その部品にかかる力に応じて(技術指令書により部位ごとに指示されている)適切な厚みのアルミ合金を選ぶ。
アルミ合金もたくさん種類があり、またアルミ合金の種類が決まっても、熱処理の種類により更に細かく分かれていてそれぞれ強度や耐食性が違うため、適切なものを選ばなくてはならない。
修理用の大きなアルミ合金板を剪断機で裁断して必要な大きさにする。
ちなみに場所によってアルミ合金の他に鋼やチタンなどを使う場合もある。
アルミ合金は、強度の最も高い「A7075-T6(国内規格では“75S”『超々ジュラルミン』」が用いられる場合がほとんど。
熱処理は最も強度を引き出せる「T6」に仕上げられることが多い。
7075は、T6の処理をすると、純アルミニウムに比べ6倍の強度となり、もはや鋼のレベルの強度になる。
ただし、それなりのマイナスも負うこととなり、本来腐食に強いとされるアルミであるが、その耐食性が著しく劣るため、高性能で高価な専用塗料で塗装し、腐食の有無を常に点検する必要がある。
その他「A2024(国内規格では“24S”『超ジュラルミン」が用いられることもある。
(「A2017『ジュラルミン』」は使われたことは自分は今まで遭遇したことはない)
部品を取り付ける為のスクリュー用に穴を開ける。またパッチを機体に取り付けるためのリベット用の穴も開ける。
この説明では、わかりやすいように際だった作業のみを説明しているが、穴の位置を狂い無くパッチ側に写すための技法などもあるし、材料の厚みや大きさによってリベットの間隔や数などは細かく規定されている細かい作業。
長方形のままでは四つ角で部品を傷めてしまうので面取りする。
スクリュー用、リベット用の各穴はスクリューやリベットの形状に合わせるために円錐形に加工。
「皿もみ」という。
次に出来上がったパッチを部品に当てて今度はリベット用の穴を部品側にも開ける。
最小限に開けたら、クリコ・ファスナーという金具を穴に差込み双方を固定してズレないようにしてから残りの穴を開ける。

「クリコ・ファスナー」の写真
「クリコ・ファスナー」をケビンおじさんが説明
パッチと部品をリベットで結合。
リベットを穴に差し込んで表で押さえて裏からエアー・ハンマーで叩いてリベットをつぶす事で固定する。リベットもサイズや素材によりたくさんの種類があり、使用する際には適切な熱処理が必要。
リベット打ちの説明
リベットによりパッチが結合できたら、スクリューで機体に取付ける。
パッチの部分に付くスクリューはパッチの厚み分長いものに替えなければならない。
パッチの厚みでスクリューの先端がナット側に届かなかったり、充分ねじ込めないから。
取付けたら塗装して完成だが、絵の場合機体外板のパネルなので、マスキングしてパネルの周囲(機体とパネルとの間)を加硫ゴム(硬化剤を混ぜると固まるパテ状のゴム)で塗布して防水処置をしなければならない。
これで修理が完了。
ストップホールによりクラックの成長を阻止でき、飛行時にかかる応力はリベットやスクリューからパッチに伝わり、クラックを超えて分散される。
ーーー以下実際の写真で説明ーーー
整備員の点検作業で発見されたクラック(亀裂、ひび割れ)。
このような状況では全く飛行に危険性はないが、これを放置していつまでも飛び続ければこの点検パネルはいずれ二つに分かれてしまう(2つに分かれても墜落につながるわけではないが発見した不具合は可能な限り早く是正する)。
機体の安全は問題なくても(例えばこのパネルは取り外した状態でも何の問題もなく飛行できるだろう)、防がなければならないのは、このパネルを地上に落としてしまうこと。海の上なら事故にならないが、人の頭上に落ちることはあってはならない。
時速1,000km/H近く、もしくはそれ以上の速度で飛行するため、機体表面を流れる空気は巨大なエネルギーをもっている。
クラックが進行しパネルが2分割してしまったとき、その割れ目から強烈に空気が当たることでパネルが激しい振動を起こして金属疲労が限界に達したとき、そのパネルはバラバラになって地上へ落ちることもあり得ること。
自家用車のように整備員が何の点検作業もせず、運用していればいずれこのようなケースが起こっても仕方ない。
パイロットはそれを整備員に託しているし、整備員は「事故になって欲しくない」、「いつも安全に帰ってきて欲しい」という気持ちを持っている。
パネル裏側。
パネルの裏側は厚みの違う部分が確認できるが、これはパネルをネジで取り付ける部分、すなわち機体側と接する面積は厚みのある(強度のある)状態とし、中空スペースに被さる部分(要求される強度が低い部分)は薄くして軽量化している。
薄くする加工技術は、ミラー(削る機械)による研削と、ケミミル(ケミカルミリング)と呼ぶ溶剤で溶かしてしまう方法があるが、ファントムの場合、機械加工ではなくケミミルで加工されている部分が多い。
また、パネルは平面のアルミ合金板ではなく、流線形の機体に合わせて3次曲面にプレス加工されており、このような小さなパネルでも平坦なコンクリートの上に置くと真っ平らではないことがわかる。
クラックの先端。
パネルを取り外す。
ここは電らん(電気配線)のスプライス(接続箇所)の点検、整備をするためのアクセスパネル(接近用点検口)。
パッチ当ての完了したパネル。
拡大写真。
裏側。
たくさんのリベット(鋲)で固定することで、飛行中に機体から伝わってくる力を分散して受け持つ。
拡大。通常はパネルの端や、スクリュー(ネジ)の穴から割れる場合が多いが、今回はあまりないパネルの真ん中で発生しているクラックなので、ストップホールは両端の2箇所開けられた。
修復完了。