
「今日も生きて帰ろう」そんな思いとともにヘルメットのストラップをきっちりと締め、手を握りグローブを手になじませる。
モーターサイクルは風やエンジンを近く感じられる楽しい乗り物だ。
その一方で一つのミスが命につながる危険性をはらんでいる。わずか時速10キロでも打ちどころやこけた場所次第では死ぬのだ。
乗り始めて15年たつが、乗り出しの興奮と緊張は常に付きまとう。
ピリオンが跳ね上がった形状なので、足を大きく上げてシートに乗り込み、キーをオンにする。
メーターのウエルカム表示を見終わってからエンジンに火を入れると、冷えたサイレンサーからはくぐもった、しかしリッターバイクらしい迫力のあるエンジンサウンドが吐き出される。
レバーを握りギアを1速に押し込むと「ガチャン」と振動が車体と体を揺さぶり、「ほら、行くぞ!」とバイクに催される。
クラッチをつなぐとアイドルが上がっていることもあるが、やや強めのトルクで車体が進む。
つながったところでレバーを止め、そこからゆっくりとスムースにレバーを開放して1速の回転を100%ギアにつなげていく。
まだアクセルを開けていないにも関わらず、何の問題もなく200キロ強の車体は前へ前へと進んでいく。
重量マスの集中化により低速域での車体は安定している。両足のスネの間に重心があり、軽くニーグリップをするだけで車体はスッと安定して立っている。一時停止で車体を完全に止めても足をつく必要がないほどに。
ベース車よりギア比を下げているとはいえ、市街地では2速までしか使えない。3速4000rpm以上は有料道路の速度になってしまうから。幹線道路に入ると後方安全を確認してから加速と制動を繰り返してタイヤを温め、スタンディングで左右に振って重心位置の再確認。さらにスタンディングのまま身体がメーター上からピリオン上に移動するほどの極端な体幹移動で体の緊張をほぐす。
さて、回すか。
ベースとなった05年のYZF-R1に比べると圧縮比の低減、クランクシャフトの慣性マスのアップ、ギア比の最適化などによりより低中速向きになっているとはいえ、1000ccのパワー&トルクは右手次第でどこまでも暴力的に吐き出される。
車のロケットスタート、なんて子供の遊びとしか思えないほどのスピードに一気に入れる。それも国内向け仕様のパワーで。
この爽快感はモーターサイクルの一つの魅力だろう。ただし、非合法の速度域では走らない。少なくとも幹線道路では。
軽い車体、マスの集中、アップライトなポジションなどによりすり抜けも得意とする。ハーフカウルのFAZERではフロント周りだけで5キロの重量増。この5キロは大きく、操舵感に一定の重さを要する。常に、どんな速度域でも。逆に言えばコーナーでのフロント荷重はネイキッドよりも優れているともいえる。しかし、少なくとも車を縫うように走るときなどはネイキッドの軽量さは大きなメリットとなる。
国道から高速へのバイパスへと進む。ゲートを抜け大きな曲率のコーナーを抜けると3速、4速とシフトアップをして低回転での巡航に入る。ネイキッドだから高速域は不得意、と思うだろが、少なくとも100キロ程度では何の問題もない。もちろんそれ以上の速度になるとカウル付のメリットが生きてくるのは当然。しかし、国内メーカー、というかBMWとDUCATI・ムルティストラーダ以外で伏せずともカウルの恩恵を感じられるバイクに乗ったことがない。国産でも同じだ。そして伏せるとFZ1でも風圧のストレスはあまり感じない。
もしかしたらそれは風にばたつかないレザージャケットのおかげかもしれない。ファブリックのジャケットのばたつきは身体を後ろへと引っ張り、体力を奪うのだ。だから、ライディング用にしっかりと作られたジャケットは袖や脇のあまった生地を止めるストラップが装備されていることがほとんどだ。
そして私の使い方では高速は乗っても1時間。高速での風圧で体が疲れてしまう前に、目的地でもあるTOYOタイヤターンパイクに到着するからだ。
ターンパイク入口近くのスタンドで燃料を補給しつついつものオヤジと談笑。
ちなみにFZ1はレギュラーである。
同時にタイヤやLLC、ブレーキ、灯火などを一通り再確認。
問題ない。
GS直後の踏切を渡り、ターンパイクの料金所で事故などの状況を確認したのち長い坂をスロットル70%セントで駆け上がっていく。
ターンパイクを走ったことがある人はわかるだろうが、あそこは中、高速コーナーとストレートの連続。必然的にギアは3速か4速となる。
まずは様子見でリーンウイズで、そして軽く腰をずらしたハングオフでコーナーを走り抜ける。広い車幅と大きな曲率のおかげでこれだけで十分に楽しめる。あるいわ、もっと速度を出せば膝すりなどもできるのかもしれないが、そんな速度を出さなくともにネイキッドは、いやFZ1は面白い。
やがて左手に見えてくるサービスエリアでもう一度休息。ここは平日でもスキ者が集まるエリア。他のライダーと話をしてしばしバイク談義に花を咲かせる。
集まったバイクはCBR、CB、R1、XJR、SUPERBIKE、GS、NINJA、ZRXといったお馴染みの機種。FAZERはともかくネイキッドのFZ1を街中でも箱根でも見かけたことは、ついぞ、ない。必然的に好奇の目線が集まる。一言で言えばマニアック、言及すれば不人気車である。しかし、みんな「いいバイク」であることは知っている。それが面白く、誇らしい。
ジュースを空にすると丁字路を左へ折れ湯河原への道へと入る。平日の早い時間なので観光客はほとんどいない。県道75号線、愛称は椿ライン。細かなコーナーとショーとストレートがひたすらに連続する。特に「しとどの巌」から道の間に生えたポイントは様々なコーナーが連続する好練習ポイント。と言ってもあくまで一般道であり、サーキットではない。当然ながら速度は抑え目だ。
低速でもタイヤは端まで使える。
ブレーキング、体重移動、倒しこみ、旋回、立ち上がり。
アクセルのリリース、クラッチのリリースを丁寧に素早く。
曲率に合わせたクラッチリリース。
体重移動をスムースに。
目線を意識して。
猫背でもない、反るのでもない腰と背中の姿勢。
回転とギアに合わせたリアタイヤのトラクション。
フロント荷重を意識して、しかしハンドルを抑えずにセルフステアを妨げず。
さらにそれらをリーンイン、アウト、ウイズ、ハングオフ、でそれぞれ時速40キロ、アウトラインキープで幾度も繰り返す。
意識しなければならないことはいくらでもある。
「低速でできないことは高速時でもできない」
先日話したモータージャーナリストの柏秀樹氏が言っていたが、まさにその通りだと思う。
そしてFZ1はそんな様々な運転のどれでも行うことができる。
S字コーナーにリーンアウトで入って、腰の位置をそのままに次のコーナーではハングオフで抜ける、なんてこともできてしまう。
もちろん、アップライトな乗車姿勢ならではの注意点もあるにはある。
フロント荷重が弱くなるので、低速時のタイトコーナーではフロントが切れ込んでいく挙動がでるのだ。が、気になるのはそれくらいだ。
とにかく懐が深いのだ。
車体が軽い分、手で抑え込んでしまいたくなることもない。
コーナー途中での曲率変化、フロントブレーキによる姿勢制御、リアブレーキによるトラクションコントロールも行いやすく、感じ取りやすい。
サスペンションはかなりの高荷重設定。
1G適正プリロード(サグ)を出して、ストリートではテンション・コンプレッションともに全抜き。これでも人によっては硬いと感じるだろう。なにせ一般道では体重78キロの私が、適正かリアがやや弱い、と思いうほどだから。
そして高速や椿ラインでは最弱(※2)からフロント5段・リア3段締め。
速度域が低いこともあるのだろうが、これくらいで調整していい具合なのだ。
よく、海外にも出荷しているバイクはアウトバーンをフル積載+フル乗車でも破たんしない荷重設定になっている、と言われるが、まさにその典型のようなサス設定なのだ。
様々な人のインプレッションを読んでいると
「癖がないバイクで誰にでも進められる」
という意味の一文を目にすることがあるが、「癖がない」のはその通りだと思うのだが、標準体重~女性ライダーでは硬くて乗りにくい(硬いサスは曲がりにくさ・曲げにくさにつながる)という印象になってしまうと思われる。
だから、ある程度の体重があるか、SS系からの乗り換えなど、たとえ前後だけでも体重移動ができるなどある程度のテクニックを持った人向け、だと乗って良いだろう。もちろん、サスを社外品に交換する、という選択肢もあるが。
結論からいうと、広い意味でオールマイティーに使えるいいバイクだと思う。
※2 通常、サスペンションの減衰力調整の表現は「最強から○段戻し」となりますが、FZの場合だと最強から15段戻し、となってしまい分かりにくいので、通常私が行っているセッティング方法で記載します。
※ 写真キャプション 履いているのはデニムではなく、D3Oが入ったライディングパンツです。