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風魔 小太郎のブログ一覧

2011年06月05日 イイね!

危険管理意識の欠乏

危険管理意識の欠乏 


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(^m^)



ソースです。

<北海道特急炎上>小さな部品脱落 事故の連鎖呼ぶ
毎日新聞 6月5日(日)1時23分配信


拡大写真
特急列車「スーパーおおぞら14号」の停止位置から約2キロ手前に落ちていたつりピン=JR北海道提供
 北海道占冠(しむかっぷ)村のJR石勝線で、特急「スーパーおおぞら14号」(6両編成、乗客・乗員248人)の乗客ら39人が負傷した列車事故。重要部品の脱落、脱線、トンネル内火災という想定を超えた連鎖的な事故に、避難誘導の不手際が重なり、大惨事になってもおかしくない事態だった。当時の状況を振り返りながら、事故原因と再発防止のあり方を探った。
【写真特集】衝撃的…炎上した車体、車内などの写真多数
 ◇発端はつりピン

 発端は、長さ19センチ、太さ6センチの「つりピン」だった。

 5月27日午後10時前、釧路から札幌に向かっていた「スーパーおおぞら」は日高山脈の真ん中にある「第1ニニウトンネル」(685メートル)内で急停止。脱線していたため身動きが取れなくなり、そのまま炎上した。通過した線路上には車両底部の「推進軸」と呼ばれる装置の周辺部品が複数落ちており、「つりピン」は停止位置から約2キロ手前と最も遠い位置で見つかった。

 推進軸はエンジンの隣にある変速機と台車上にある減速機を結び、エンジンの動力を車輪に伝える。減速機を台車とつなぐのが「つりピン」だ。JR北海道によると、ピン脱落で減速機が異常振動を起こし、減速機と推進軸の接続部分の「継ぎ手」が外れた。その結果、推進軸が垂れ下がり、その一部の「外筒」が落下。いずれかの部品に車輪が乗り上げ、最初に4両目が脱線したとみられる。

 運転士は異音に気付いて急ブレーキ。4両目は2本の線路が合流するポイントで偶然、元に戻ったが、今度は続いて脱落した「カサ歯車」に5両目が乗り上げて脱線したらしい。

 つりピンの脱落が原因の推進軸脱落は、94年に室蘭線の特急列車でも発生。JR北海道はこれを機に、つりピン落下を防ぐ「割りピン」を1個から2個に増やした。今回、付近から割りピンは見つかっておらず、既に他の場所で抜けていた可能性も考えられるが、JR北海道は「3月15日と5月25日の検査で、整備員が割りピンが付いているのを確認している」としており、当時の状態は不明だ。

 鉄道技術コンサルタントの永瀬和彦・金沢工業大客員教授(鉄道システム工学)は「割りピンは大きな負荷のかかる大型ディーゼル機関車も含め長年使われてきた。信頼性は高く、構造上の問題とは考えにくい」として、整備の問題を示唆している。【小川祐希】

 ◇トンネル内は「窯」

 列車はトンネル内で一晩燃え続け、翌朝7時半ごろに鎮火。車両は原形をとどめないほどに焼け焦げた。

 ここまで燃えたのは現場がトンネル内だったことが大きい。トンネル火災では熱い煙は上昇して天井に沿って移動し、出入り口の下の方から酸素が供給され続ける。防火対策に詳しい遊佐秀逸・ベターリビングつくば建築試験研究センター参与は「トンネルの中は陶芸の窯のような状態になる」と解説する。

 車両の座席の素材は、鉄道営業法に基づく国土交通省令の解釈基準で「難燃性」と規定されている。だが燃えにくさの試験は、たばこのような火元を想定したものだけで、69年から40年以上変わっていない。山田常圭(ときよし)・東京大教授(火災安全工学)は、当時のトンネル内の温度が少なくとも1000度はあったと推測したうえで「放火や今回の事故のような状況で一度火が付くと、座席などはどんどん燃えてしまう」と指摘する。

 一方、トンネル手前には燃料が漏れた跡があり、燃料タンクが脱落部品で損傷して火災に結びついた可能性が高い。燃料タンクは鉄板を溶接しただけで特別な防火対策は取られていない。

 曽根悟・工学院大客員教授(鉄道工学)は「高速走行には軽量化が欠かせず、燃料タンクも重さと強度とのバランスを考慮して設計されている。頑丈にすればいいというものではない」と指摘。脆弱(ぜいじゃく)な箇所が見つかれば、補強したり、落下した部品がぶつからないようにする工夫が必要だと訴える。【大場あい】

 ◇「火災は目視必須」煙と蒸気区別難しいため?

 JRの説明や乗客の証言によると、車内には停止直後から白煙が充満し、約20分後には運転室の火災警告ランプが点滅。乗客は非常用のコックを開け逃げ出したが、その時点で乗務員や乗客として居合わせたJR社員の誘導はなかった。

 JR北海道のマニュアル「異常時運転取扱手順書」では火災が発生した場合、乗務員が指令センターの指示を仰ぎ乗客を避難させるとしている。だが火災は目視が必須とされており、運転士らは煙に気付きながらも指令に火災を報告しなかった。

 避難誘導の手順は他のJR各社も同じだが、乗員が煙を確認した段階で状況に応じ火災として扱うとしている。違いについてJR北海道は「分からない」。他社は▽ディーゼル車の率が高いため、発煙を伴うエンジントラブルが多い▽寒冷地で蒸気と煙の区別がつきにくい--などと北海道特有の事情があると推測する。【吉井理記、金子淳】


【関連記事】
<4両目も脱線>特急炎上:4両目もいったん脱線していた
<原因は>特急炎上:脱落部品がタンク損壊か トンネル前で燃料漏れ
北海道・占冠村の特急事故:脱線は計900メートル 4両目、トンネル前で戻る
<乗客の安全は>占冠村の特急事故:緊迫感、指令に届かず 「火災は目視」の手順災い /北海道
<全国でも>特急炎上:推進軸脱落18件 91年以降、全国のJRで
最終更新:6月5日(日)10時27分


引用おわり。

そもそも時流が鉄道輸送からクルマ輸送にとっくに傾ききった現在、鉄道会社はどこも経営が大変です。

東海道新幹線を持つJR東海と、首都圏の通勤需要を押さえたJR東日本は別ですが

 早い話が「金掛けず安全確保」に走る訳です。

玖拾壱年度より拾捌く(18)件もの推進軸脱落報告があるにも関わらず殆どのJR各社は全く対策らしい対策を採らず

そして此度の脱線事故発生

JR北海道職員は「火災を確認して始めて指令の指示を仰ぐ」マニュアルを遵守

乗客の避難誘導を全く行わず

もし乗客が自発的に避難を始めなかったら犠牲者が発生していた可能性が極めて高いのが此度の事故です。

安全は自分でしか守れません
Posted at 2011/06/05 12:02:52 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道 | ニュース
2011年05月16日 イイね!

トンネル列車火災事、現場判断で乗客を守ったにも関わらずマニュアル無視の為処罰

トンネル列車火災事、現場判断で乗客を守ったにも関わらずマニュアル無視の為処罰 



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寝台特急日本海北陸トンネル列車火災事故
1969年(昭和44年)12月6日 6時20分頃発生
青森発大阪行き寝台特急「日本海」が北陸本線敦賀 - 今庄間の北陸トンネル通過中に最前部電源車から火災が発生。当時の国鉄の規則では「トンネル内で火災が起きた場合は速やかに列車を停止させなければならない」と定められていた。
しかし、当該列車の機関士は「トンネル内での停車は危険」と判断し、あえて規定に逆らって、トンネルを脱出。脱出後に緊急停車して、消防車の協力を得て消火作業を行い、火元車両焼損だけで無事鎮火させた。この運転士の行為は乗客の安全を守る機転のトンネル脱出として好意的に報道された。
ところが国鉄は、死傷者を全く出さなかったこの機関士の機転が利いた行為を、運転規則の改訂に全く反映させる事無く「運転規則違反」としてこの乗務員を処分してしまった。
この火災から3年後、きたぐに号による北陸トンネル火災事故が起きる引き金となってしまった(後に行われた運転規則訂正後に、機関士への処分は撤回)。


北陸線北陸トンネル列車火災事故(急行「きたぐに」火災事故)
1972年(昭和47年)11月6日
北陸トンネル内を走行中だった、大阪発青森行き客車急行列車「きたぐに」の11号車食堂車(オシ17形)喫煙室椅子下から火災が発生し、列車が当時の規則に基づいてトンネル内で停車した。しかし、密閉された空間であるトンネル内だったことから、乗客・乗務員の多くが一酸化炭素中毒にかかり、30名が死亡、714名が負傷した。
この事故の3年前に同トンネル内で発生した特急日本海火災事故では、トンネル外まで列車を引き出して消火し物損のみに留めた。この事例に基づき規則改正を図れば避けられた惨事だが、逆に日本海乗務員を運転規則違反で処分し、規則が改正されなかったことで惨事化した。
この事故を教訓に、トンネル内火災では脱出してから消火することとなり、のちの青函トンネルの定点間に1本という運行規則が定められ、地下鉄や長大トンネルを走る車両の難燃化・不燃化の基準が改訂され、車両の防火対策が進められた。
詳細は「北陸トンネル火災事故」を参照





インフラを支配する公営企業がこうでは、災害や事故が発生するたび、現場スタッフは利用者の安全より、己の保身を優先してしまいます。

しかも、インフラ企業は市場競争原理も働かないので、同業他社が育たず、利用者に選択の余地もありません。
Posted at 2011/06/19 17:36:10 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道 | ニュース
2011年01月06日 イイね!

宅急便が発達する前は

宅急便が発達する前は 

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ソースです。

鉄道荷物輸送 昔「チッキ」と呼ばれたものがあった[2010-04-19]

「荷物車」という車両が本線上から見られなくなってもう20年以上経ちます。かつて、鉄道においては「貨物」とは別に「荷物」も運送していました。貨物輸送とは全く異なる体系で、旅客輸送の一環としての扱いになっていました。

「貨車」とは別に旅客車扱いの「荷物車」が多数存在し、中長距離の客車列車には必ずと言っていいほど連結され、湘南電車など中距離電車の一部にも専用の荷物電車が連結されていました。



手荷物と小荷物

「荷物」には、手荷物と小荷物があります。手荷物とは、乗客の携行する荷物のことで、網棚に載せられないような大荷物を持っていく場合、乗車券を提示して別送荷物として預け、安い料金で目的地の駅まで送ってもらう制度です。飛行機の預託手荷物と似ていますが、乗客と同じ列車に乗せるとは限りません。この制度は「チッキ」と呼ばれていました(チケットがなまった呼び方という説があります)。

「チッキ」は、現在のように着替えの詰まったバッグは宅配便で送って、小物は現地のコンビニで、というような行き方が想像もできなかった時代にはかなり利用されたようです(スイスでは現在も「ライゼゲペック」という名の同様のサービスが行われており、個人旅行でスーツケースが邪魔になるときなど便利ですが、こちらも御多聞にもれず年々サービスが低下しているようです)。

 小荷物とは、駅から駅へ荷物だけを有料で送る制度で、貨物の小口輸送のようなものです。全国の駅で取り扱われており、私鉄の駅でも扱われていたので、国鉄駅から私鉄の駅へ送ることもできました。

 昭和30年代、大阪・泉州の紡績工業地帯の南海電鉄の各駅には、春になると全国各地から就職してくる女工さんの荷物が届いて積み上っていたそうです。

 今も地方の古い駅舎には、出札窓口の横にやたら低いカウンターが残っていたりしますが、これが荷物の窓口跡です。現役の頃はこのカウンターに専従の係員がいて、荷物の重量を測る秤が象徴のように置いてありました。受け付けた荷物は荷物車に積み込まれ、拠点駅で積み替えられて全国各地へ運ばれたわけです。東海道・山陽線などの主要幹線には、荷物車専用の定期の急行荷物列車が何本も設定され、時刻表にも載っていました。

 しかし、駅から駅へ送るのが基本ですから、原則として荷物は家から駅まで運んで預け、届いたら駅まで取りに行かなくてはなりません。駅に荷物が届いてもすぐ受取人に連絡してくれるわけではありませんから、受取人は届く時分を見計らって駅に問い合わせに出向いていました。それでも、郵便小包以外で荷物を送る手段としては鉄道小荷物が長い間最も一般的なもので、誰も不便とは思わなかったのです。


昭和51年1月、最終的に鉄道荷物輸送に引導を渡すことになる運命的ライバルが誕生します。そう、クロネコヤマトの宅急便です。初日の取り扱い個数がわずか11個だった宅急便は、家から家へ配達してくれるという当時の常識を超えたサービスで忽ち急成長、8年後には年間取り扱い個数が1億個を超えました。

 すぐに同業他社も追随し、宅配便は生活の一部になりました。この利便性には駅留め原則の鉄道荷物は対抗することができず、取り扱いは急速に減少、ついにJR転換を控えた合理化で昭和61年11月をもって実質廃止となります(特例として、新聞輸送だけは一部で続いています)。現在、JR貨物のコンテナ列車が宅配便会社のロゴを付けたコンテナをずらりと搭載して走っているのを見ると、なにやら皮肉めいたものを感じます。

 最後に一つ、荷物車のなかには、一般に知られることのない「幻」の車両がありました。マニ30形2000番台、日銀の現金輸送車です。普通の荷物車より窓が少なく一種異様な雰囲気で、公開情報がないためマニアの間でもウワサの謎めいた車両でしたが、全車廃車となり、小樽の鉄道記念館で1両だけ保存され、今は車内を見ることもできます。こんな車両があったことも、今では歴史のページに残るだけです。



引用おわり。

ヤマト運輸の宅急便が発足していなかったら、いまだに小包は鉄道の有人駅に持ち込み、着駅では、荷受人が到着予定日時が近づくと、受取人が駅までせっせと日参しなけらばならないのが常識のまま。
こんな流通では通販や某オクは壱部の趣味人が利用するに留まり、マーケットは発達せず、未だ店頭販売幅を利かせていたのではないでしょうか?

Posted at 2011/01/07 02:05:39 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道 | 旅行/地域
2010年09月15日 イイね!

まてい(-"-;)

まてい(-"-;) 
痴話喧嘩で
新幹線を止めるだと
(-"-;)





ソースです。

駅弁購入をめぐり男女がけんか 「こだま」遅れる 博多駅
産経新聞 9月15日(水)20時2分配信

 15日午後2時20分ごろ、福岡市博多区のJR山陽新幹線博多駅に停車中だった博多発新大阪行きのこだま車内で、乗客の男女が大げんかとなり、発車が15分遅れるトラブルがあった。JR西日本は「男女のけんかで新幹線が遅れたトラブルは聞いたことがない」としている。

 JR西や福岡県警鉄道警察隊によると、2人は中国地方在住で内縁関係にあり、男性は60代、女性は40代。駅弁を買うかどうかで言い争いになり、車内でののしり合う騒ぎになった。

 このため、駅員からの110番で鉄道警察隊員が出動。2人に降車を求めたが応じず、こだまはそのまま発車。さらなるトラブルを防ぐために鉄道警察隊員3人に監視され、2人は新下関駅で降車したという。

 JR西は「仲直りしたかはわかりませんが、発車後はお互いに冷静になられていたようです」。このトラブルで新幹線が上下3本遅れ、約1300人に影響した。

【関連記事】
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新幹線の線路に男児転落、降車時に車両とホームのすき間20センチから
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引用おわり。

痴話喧嘩で新幹線のダイヤを狂わせ、しかも鉄道警察の監視つきで旅行とわ、世も末である。

>発車後はお互いに冷静

警官参名に睨まれれば、まあおとなしくなるでしょうwww

にしても110番までしなければならないとは、JR西日本スタッフの仲裁能力が低すぎるのか、それともかなり激しい口論だったのか?

あと、この遅延にまきこまれ仕事に影響を受けたビジネスパースンは、遅延の原因が痴話喧嘩と知ったら、どんな顔をするだろう。
Posted at 2010/09/15 21:17:47 | コメント(2) | トラックバック(0) | 鉄道 | ニュース
2010年09月13日 イイね!

暴動にならないのが不思議だ

暴動にならないのが不思議だ 


画像はイメージですw


数日前の出来事

新大阪駅改札にて



私「○の駅で飛び乗りましたので個々で精算します」


JR西日本スタッフ「初駅で必ず乗車券を買って下さい」

私「普段ならそうしますが駅についた時点でもうホームに車両が入っていて時間がなかったのです」

JR西日本「必ず乗車券を買って下さい」

私「繰り返しになりますが買っている時間がなく、改札を通して貰ったのです」

JR西日本「買ってから乗車して下さい」

私の心の声(乗車駅の改札は通してくれたのだから、問題はない筈、何でここまでむきになって買え買え攻撃を仕掛けてくるのだ、まさか新手の「買え買え詐欺かヾ(・・ )ォィォィ」それより清算も済ましているし、本気で急いでいるのだから早く通してくれ)

私「次回からそうします」

JR西(鬼の首でも取ったみたいな顔で)「当たり前です、後ろが使えていて迷惑なので早く行ってください」




サービス業として、どこに持っていても恥ずかしくない反面教師ぶりを発揮していました。

たとえば、ココまでしつこく「買ってから乗れ攻撃」を連発しなくても

模範解答その壱「お急ぎだとは思いますが次回からなるべくお買い上げ頂きましてからご乗車ください」

で、さらっと流せないのでしょうか?

また

模範解答その弐「よろしければ、こんな商品がございまして(ICOCAのリーフレットを取り出し)お荷物になるかもしれませんが、お時間のある時にご覧くださいませ、コレをお持ちになれば乗車券を購入する手間が省けて便利ですよ、ご不明な点がございましたら、いつでも駅係員にお尋ねください」

と、このタイミングで付け加えれば顧客満足と、電子マネーのカードの普及が出来て、壱石弐鳥なのに

このスタッフ、マジで顧客満足度を落としているって自覚がありませんでした。

↓の動画も、スタッフの「余計な一言」が招いたとしか思えない出来事でした。(携帯の方、関連情報からどうぞ)
Posted at 2010/09/13 23:11:06 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道 | モブログ

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