
欲情する、いや、浴場にいる温泉カメラマン
かめい堂は悩んでいた。
名門
たむらが用意する三つの露天風呂、
その中でも温泉宿の意地を感じる秘湯風の、
川原に掘られた素朴なまでに朴訥な、
野趣にあふれる、この露天風呂を。
どう切り取るべきか?
構図を決めかねていたのである。
もぐりの温泉カメラマンは孤独だ。
個人情報保護の今、人が衣服を脱ぎ捨てる湯殿において
撮影道具を持ち歩くなど、許される行為ではない。
同時に現代は、盗撮の時代でもある。
モラルの低下は甚だしいが。
道徳に背く気持ちを容易にしてしまう道具がアキバ詣でをするまでもなく巷に溢れるニッポンで、
規律を守るのは容易ではないのかもしれない。
でも僕は、ミラーマン植草氏のように堂々と盗撮できるほど、品性は失っていない。
だから、細心の注意が必要なのである。
撮影道具たるカメラは不透明のビニール袋に収納した後、手拭いで覆い隠して湯殿へと向かう。
棚に並ぶ籠から先客がいるかいないかを探り、
湯船はむろんのこと、湯殿にも人影がないことを確認した上で、
ビニール袋ごとカメラを持ち運ぶのである。
いつ何時、他人が入ってくるかわからぬ湯殿の中で。
湿気は大敵の高精度なデジタル機器を、漂う湯気の中で惜しげもなく稼働させ。
生まれたままの姿で、
単焦点、広角レンズを操る。
これぞ盗撮の、醍醐味であろうか?
しかし現実は、厳しい。
他人の目という最大のリスクを回避するには時間帯を選ぶ必要があり、
それはたいていの場合、深夜となるからだ。
窓からの光を期待できない内湯もそうだけど、暗闇の露天風呂は相当に厳しい条件である。
いかにF値2.4の明るいレンズとはいえ露出が不足するのは当然であり、
頼りない光源を頼りに、シャッターは可能な限り開けておかなくてはいけない。
でも ... 、三脚などは持って入れるわけはないのであって。
湯殿の床、腰掛け、桶、湯船の縁、周囲の岩などなど、使えるものは何でも利用して
カメラを固定するのだけれど、支える腕は必要だ。
そして支える腕を持つ温泉カメラマンは、素っ裸なのだ。
凍て付くような山の夜。
奪われる体温を自覚しながらも、構図を決め、液晶を確認し、シャッターを開放する。
レリースボタンを押していられる時間は、2秒が限界である。
それ以上は、カメラを固定する腕が震えてしまう。
湯気に曇る液晶ファインダー。
古ぼけた街灯の光でも被写体を確認できる一眼レフとは異なり、コンパクトカメラ標準の
液晶ファインダーでは暗闇での被写体確認など、至難の業とも言える。
盗撮を容易にするためのコンパクトカメラだけに、光学ファイダーなどという余計な突起物を
取り付ける余裕はないのだから、コレで我慢するしかないのではあるが。
そこで温泉カメラマンは、フラッシュを焚いた試し撮りを、事前に行うことにしている。
撮った絵を瞬時に見られるデジタルカメラならではの荒技は、暗闇の構図確認に有効なのである。
場所を変え、向きを変え、アングルを決めては、試し撮り。
虫も息を殺す、山間の清流のほとりで、ただ一人。
裸の僕は、調子に乗りすぎていたのだろうか ...
翌る朝、バイキング形式の朝食の席で。
口火を切ったのは、叔母様であった。
昨日の晩、お風呂の帰りに変な人を見たのよね~
川原でフラッシュみたいなのが光ってたから ...
行動を共にしていた鬼嫁が、言葉尻を拾う。
そうそう、あのあたりに露天風呂があるから、女風呂でも撮ってんじゃないかって ...
いやよねぇ、変態がいるなんて
・・・・・
我が妻よ。
その変態男 ...
君の愛する、夫なのだよ

Posted at 2006/12/09 14:50:22 | |
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