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かめい堂のブログ一覧

2006年02月06日 イイね!

ミックジャガーの真実

ミックジャガーの真実はじめての洋楽体験は、母が聞いていたダンス天国でした。
ウィルソン・ピケットだったのか、ウォーカー・ブラザーズだったのか、今ではわからないのだけど。
オープンリールのテープレコーダーから流れるダンサンブルでソウルな音は、小学生だった僕にも伝わるものはあったのです。
タイガースとは違うじゃん
スパイダース、テンプターズ、ワイルドワンズ、ブルーコメッツ、,,,
グループサウンズ全盛の時代。
やっぱり原点はビートルズ?
自分の小遣いで初めて買ったドーナッツ盤は、HELP !
針を落とした瞬間から炸裂するジョンとポールのシャウト。
かっこよすぎる。

ビートルズはブリティッシュロックへの入口でした。
深みにはまるように傾倒していく中で知る、Rolling Stones。
ビートルズとは違った、不気味な印象の6人組(当時)。
怪しい。特に、唇の大きな男 ...
冷めた目つきの、決して美しくない、でも、なんとなく魅力的な、この男こそ。
Rolling Stones のヴォーカリストにして実質的な支配者、ミック・ジャガーでした。

イギリスが自慢できるものが二つある。
女王様、そしておれだ。

ビートルズはキリストより有名だ、とジョン・レノンが語り、失笑を買った頃。
ミックは自分なりのイメージを構築するのに必死でした。
女王は魔女の親玉であり、悪の権化である自分も彼女と同類である、ということなのか。
表のビートルズに対し、裏のストーンズを確立したいミックは、ことある毎に挑発的な言動を繰り返します。
ミックの愛車、漆黒のアストンマーティン DB5。
ジョンレノンが乗るロールスロイスを意識した、のかもしれません。

はっきりいって、
おれは美徳のかがみじゃない。

英国を代表するロックバンドの地位を得たストーンズの醜いヴォーカリスト。
ミックの周りには、常に女がいました。
一度見たら忘れられない、あの唇に魅せられたのか。
それとも、女性にしかわからないフェロモンでもあったのか。
女から女へと渡り歩くミック。
後に残されるは、自殺未遂を起こす女性ばかり。

ツアー中はめちゃくちゃやるね。
完全にモンスターになる。

相棒キースと共に麻薬不法所持で逮捕され、
グループの音楽的リーダーでもあり名付け親でもあったブライアン・ジョーンズの謎の死を経て、
ミックは、ストーンズは、紙一重の危うさと共に世界一のロックバンドへと歩み始めます。
悪魔を憐れむ歌を演奏すると何かが起こる。
ミック自身がそう言い、歌った 69年のオルタモント。
50万人の観客とヘルスエンジェルス。
4人の死者を出した悲劇は、ストーンズの将来に暗い影を落とすものと、誰もが思ったことでしょう。

おれの人生すべてがロックンロールってわけじゃない。
そんな人生、ばかばかしいよ。

自らを悪魔の使いと称していたミックの本心は、実は、ここにあるのではないか。
62年の結成以来、既に、44年間。
数々のトラブルを乗り越え、いまだに活動を続けるストーンズの原動力。
ミック・ジャガー。
経営者としての才能と冷静な判断があってこその Rolling Stones。
ブライアンが、キースが、ロンが、ドラッグやアルコールに溺れ、生きる屍になっても、自分だけは一線を越えることをしない。
ロックミュージシャンとして必要と考えれば LSD も吸うが、己を高揚させるための薬は要らない。
時代がサイケデリックなものを望めば魔術的な装飾をまとい、ラブ・アンド・ピースを望めばバラードも歌う。
実に計算高い男。

アメリカのジャーナリスト、Christopher Andersen がまとめたミックジャガーの真実
全 550 ページにわたる物語は、ミックジャガーという一人のミュージシャンを裸にする。
暴露本?
なのかもしれません。
でも、ミックに対する著者の深い愛情も感じられるのです。

今シーズンのスーパーボウルにおけるハーフタイムショー。
還暦を過ぎたミックのパフォーマンスはどうだったのでしょう?
Posted at 2006/02/06 16:38:21 | コメント(4) | トラックバック(0) | book | 趣味
2006年01月29日 イイね!

鉄道模型考古学

鉄道模型考古学
幼い頃、鉄道模型といえばプラレールでした。
青いレールに、赤や黄色の車輪が素敵なアレです。
山手線も、ひかり号も、ディーゼル機関車も。
み~んな電池で動く、プラスティックの模型。
それはそれで満足だったのです。
としゆきくんの家へ遊びに行くまでは。
そこにあった3線式の金属模型を手に取るまでは。


線路って、二本ではないの?
真ん中のレールは電気が通るんだよ。
電気 ... ???

今、振り返ってみれば、あれは。
恐らくはメルクリンのHOゲージではなかったか。
ズシリと重たい、見たこともない機関車。
幼心にも格好良かったヨーロッパの機関車。
1960年代当時。
ドイツ製のオモチャなんて、そうそうお目にかかれるものではない。
ニクソンショック以前の法外な固定為替相場にあえいでいた、日本。
庶民の子が外国製品など持てるはずもなかった時代に、メルクリン。
そういえば、としゆきくんの家には鯉の泳ぐ池があったっけ。

この刺激的すぎた鉄道模型は、当然ながら我が家では買えるはずもなく、世の中は平等ではない、ということに気付いた僕は。
見なかったことにする、という単純にして絶大なる効果を持つ業を使い、いつしか鉄道模型は忘却の彼方へと消え去っていたのでした。

DD51物語を返却した図書館で、やっぱり借りてしまった鉄道模型考古学。
黎明期から現在まで、製品でつづるNゲージの歴史
このサブタイトルが説得力を持つ、鉄道模型ファンには福音の書であろうこのカタログ本は、しかしながら、てっちゃんに成り切れぬ僕にとって、非常に難解なる専門書でもありました。
それでも、得るものはある。

今年になって知る、二番目の鉄道雑学。
国産最初のNゲージは、SONY 製だった ... exclamation&question

SONY マイクロトレーン
東京オリンピックが開かれた昭和39年。
東京は五反田の町工場で制作された小さな鉄道模型は、隣町の大崎に工場を設立したばかりのソニーの門を叩きます。
通勤を楽しくしてくれた胸ポケットに入るトランジスタラヂオ
屋外へ映像を連れ出した3電源式ポータブルトランジスタテレビ
小さなものへの愛情に溢れていたソニーは、線路幅 9mm の、当時としては超小型なこの鉄道模型をいたく気に入り、自社で販売することを夢見ます。
車体に、レールに、コントローラに。
SONY のロゴがプリントされた国産初の N ゲージ。
実車と同じように架線からの給電を試みた後が見られるこの鉄道模型は、使えぬトランジスタを実用化した SONY の心意気に満ちた意欲作だったのです。
ところが、どういうわけか。
プロトタイプの試作品で終わってしまい、実際には販売されなかったのでした。

AIBO、QRIO へと繋がる、ソニー・エンタティメントの原点。
あの時、SONY マイクロトレーンを市販していたのなら。
40年後の今日、愛らしいロボット達も未来があったのであろうか。
Posted at 2006/01/29 11:06:42 | コメント(4) | トラックバック(0) | book | 趣味
2006年01月26日 イイね!

間違いだらけのクルマ選び 96

間違いだらけのクルマ選び 96そもそものシリーズ第1号は、今を遡ること30年前の1976年。
杉江博愛さんが徳大寺有恒と名乗らざるを得なくなった、
その徳大寺有恒を巨匠と呼ばれるまでに後押しした、
その巨匠が自動車ジャーナリスト協会とケンカ別れしなくてはいけなかった、確信犯的な私的自動車評論書。

そんな画期的な本も。
ケチを付けるところがなくなってきた最近の国産車のデキの良さ、
クルマそのものに関心が薄くなってきた世の中、
徳大寺さんその人の健康状態などなどで、
かつての勢いは失われたように思えます。

ここにある、間違いだらけのクルマ選び 1996年版
10年前の巨匠は、どんな苦言を呈していたのか。
続く10年で、クルマは、社会は、どう変わったのか。
本来は購入ガイドの意味もある間違いだらけを、改めて読んでみると。
なるほど、興味深い事実が見え隠れするのです。

1996年当時、時代はハイソカーでした。
マークII 三兄弟に代表される、ちょっと豪華で大きな車がもてはやされた頃。
クラウン、セドリック、レジェンド、センティア。
どれもこれも、スタイル優先、使い勝手は二の次の、本末転倒なるセダン。
特にサイドラインを美しく見せるための、センターピラーのないボディ構造を、徳大寺さんは強く指摘されています。
側面衝突において乗員を守れるのか?
競うように争われたエンジン出力の結果、相対的に貧弱となってしまったシャーシー性能。
十分に確保されていないクラッシャブル・ゾーンやボディ硬性。
エアバッグ、後席における3点式シートベルト、アンチスキッド・ブレーキシステムなど、安全装置のオプション設定。

国産メーカー全ての車種に対し、根底に流れる徳大寺さんの叫びは、安全性の欠如でした。
巻末に付録のように付けられた一部の輸入車。
E36系 3シリーズBMW、W210系 Eクラス・メルセデスなどが、既に標準で装備していたパッシヴな、アクティブな安全装置を何故、国産メーカーは採用することができないのか。
命を値段で買うような当時の国産車に対する徳大寺さんの不満が、行間からも読み取れるのです。

10年を経過した、今のマークX、クラウン、フーガ、レジェンド。
前後のドアの間には立派なピラーが立っています。
独断と偏見で語られる徳大寺さんの評論とは言えない、評論書。
客観性に欠け、矛盾点も容易に指摘できる、間違いだらけ
クルマ好きのオヤジが出版物を通じて語った、たいそうな愛のムチ。
それでも日本のメーカーは、真摯に受け止めたのでしょうか?

さて、この本は正月の散歩中に立ち寄った近所の古本屋で見つけたものです。
巻末に張られたシールには200円の文字。
う~ん、どうしようか
手に取り思案にくれる僕に、店番のオヤジが言ったのです。
100円にしてやるよ~、と。
即決で購入し隣のドトールで、 \180コーヒーと共に一気に読んでしまいました。
わずかに300円で得られた至福の午後。

素晴らしきかなクルマ野郎、ですな ほっとした顔
Posted at 2006/01/26 16:26:47 | コメント(4) | トラックバック(0) | book | 趣味
2006年01月24日 イイね!

深夜プラス1

深夜プラス1MIDNIGHT PLUS ONE
英国の冒険小説家、ギャビン・ライアルが 1965 年に発表したミステリー。
元レジスタンスの便利屋 ルイス・ケイン が謎の実業家 マガンハルト を、ブルターニュからリヒテンシュタインへ、約束された時刻までに送り届ける逃走劇。美しい秘書を伴ったマガンハルトは誰かに命を狙われていると同時に、警察にも手配されている。最初から追いつめられたルイス・ケインの手の内は、ヨーロッパ No.3 のガンマン ハーヴェイ・ロヴェルモーゼル M1932、そして、シトロエンDS

目当ての車を見つけた。黒いシトロエンDSである
流線形の先端を見るといつも口をあけかけた牡蠣を思い出す

薄暗い街灯に、とけ込むようにたたずむ異様なクルマ。
タイムリミットが迫る4人を運ぶ DS は、物語のもう一方の主人公である。

この車には人間より多くの管が走っている
ということは、一旦出血し始めたら終わりということだ

ハイドロ・シトローエンを知る者も、知らぬ者も。
物語のどこかで、この言葉通り息絶えていく DS を想像する。
複雑な機構を持つ、予測できない危うさを持つ DS 。
ドライバーであるルイス・ケインが、いや、作者であるギャビン・ライアルは、なぜ、この車を選んだのだろう。
60年代当時、国境を隔てた国から国へ一気に走り抜けるには、やはり、陸の巡洋艦である大型シトローエンが相応しかったから、だろうか。
闇夜の大陸を疾走する、大型シトローエン。
表紙に描かれた DS は行く先の見えぬ4人の、心の内を表す象徴であったのかもしれません。

シトローエンに乗る者、愛する者、或いは、ミステリーファンであれば、一度は読んだ、この小説。
無類のミステリーファンである僕が偶然、手にしたのは、まだ学生の頃でした。
深夜プラス・ワン
背表紙に書かれた、このタイトルが気になって取り出した文庫本には、あの DS が描かれていたのです。
ミステリーとシトローエン、まさに自分のために存在する小説。
夢中で読みました。
でも、まだ国産中古車しか知らなかった僕には、大人すぎた内容。
記憶に残るは、男の切なさとシトローエン。

社会人となり、mini に乗り、恋をし、恋を失い、仕事に悩み、友を大切に思うようになった頃。
再び読んだこの本は、感慨深かった。
かつては破壊工作員であった裏の便利屋
ヨーロッパ No.1 になれぬ暗殺者
曰くありげな大富豪の実業家
それぞれの道のプロ達がプロに徹しきれない弱さを持ち、それを自覚しながら生きていくことの哀れ。
命と引き替えにプライドを通す、男のハードボイルド。
これを読まずに死ねるか!

人生の節目で何度となく読み返した、深夜プラス・ワン。
答えがわかっていても面白いミステリーは、なかなか巡り会えないゾ うまい!
Posted at 2006/01/24 16:24:04 | コメント(4) | トラックバック(0) | book | 趣味
2006年01月22日 イイね!

DD51 物語

DD51 物語はやる想いと一緒に遙かなる旅路へと誘う夜行寝台。
生活の糧を延々と続くコンテナに収めた貨物列車
優等列車の行き交う幹線から身を隠すような待避線。
そこにあるのは、目にも鮮やかなオレンジ色の機関車。


かつては至る処で見かけたディーゼル機関車、DD51。
日本の主要鉄道が国有化されていた時代。
昭和33年に産声を上げた動力近代化委員会は、17年後の1975年までに蒸気機関車の全廃を決めたのです。
代替動力は、電気とディーゼル。
明治5年に開通した新橋~横浜間を手始めに、日本全国に張り巡らされた鉄道網は、実に 20,000km(だったかな?)に及ぶ。
蒸気動力を前提とした鉄の道には電力を供給する架線など、ほとんど用意されていない。
電車の走る環境が整うまで。
客車を、貨車を、引っ張るのは、大がかりな設備を必要としないディーゼル機関。

しかし、昭和30年代前半。
日本の鉄道において、蒸気機関車の代わりを務められる満足なディーゼル機関車はなかった、のです。
当時の先進的な技術は西ドイツにありました。
マイバッハ!
ゴットリープ・ダイムラーと共に世界で初めて4輪ガソリン自動車を開発したウィルヘルム・マイバッハを祖に持つ、ドイツを代表する高級車ブランド。
飛行船ツェッペリン号に搭載された高度なV型12気筒エンジンを20世紀初頭に開発していたマイバッハ社は、同時に、機関車用動力の製造にも長けていたのでした。
単体出力 1820ps。
当時の日本では考えられぬ程に出力の高いエンジンはまた、整備が難しく維持費も高かったのでした。
この素晴らしい性能を生かすための要員やコストを捻出できぬ国鉄は、自国生産へと方針を固め、試行錯誤の末に誕生したのが、このDD51型ディーゼル機関車というわけです。

ボア 180mm、ストローク 200mm、61,000CC、V型12気筒、ターボチャージャー。
定格出力 : 1,100ps / 1,500rpm という国産エンジンを2機積んだ DD51 は、総出力 2,200ps のモンスター級マシンでありながら、保守が容易で部品代も安かった。
エンジニアも感心する高度な設計と寸分狂わぬ組立精度に裏付けられたマイバッハより、確実な設計と適度な組立精度で作られる国産エンジン。
なんだか、ベンツとトヨタのような話になりましたが、当時の国力の差、考え方の違いが読み取れて、非常に興味深い選択です。

自重 80t を超す機関車は、後に繋がる車両を含めれば 100t 単位の推進力を必要とします。
発進するその時点で最大の出力を必要とする列車にしてみれば、トルクを発生するのに回転数が必要な内燃機関は分が悪い。
0% ~ 100%へと変化する動輪に対し、一定の回転数を必要とするエンジン。
両者を取り持つ動力伝達方法は、摩擦クラッチなのか、液体なのか、電気なのか。

鉄っちゃんでなくとも心惹かれるディーゼル物語。
題材にされた DD51 のように、ひっそりと眠っておりました。
読んでおくれでないかい
図書館の片隅で、いつまでも借り手の現れない DD51物語 は。
新しい知識に飢えていた僕を呼んでいたのかもしれません。
あぁ、でも。
カウンターのお嬢さんにオタクと思われたかなぁ... 冷や汗2
Posted at 2006/01/22 15:39:37 | コメント(7) | トラックバック(0) | book | 趣味

プロフィール

東京の下町で暮らしております。 ノスタルジー香る街並みに巨大な電波塔が完成し 足下の住民は悲喜こもごもでありますが ... 昭和の情景にも平成の風景にも違...
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