東京都中央区日本橋
江戸の昔に五街道の始点と定められたこの橋は、
400年が経過した今でも国道の起点であり続ける。
ということは言い換えれば、
全ての道は日本橋に通じるわけで、だから。
この日、この夜。
生まれた故郷も違えば、過ごした青春も異なる、
ただひとつのクルマに乗ることだけが共通する男達は
この地へと舞い戻って来た、のだと思う。が、しかし。
同じ日本橋と語ってはいてもキロポストの元標である
その橋よりわずかに東側、かつて元吉原が存在した辺りに
集合してしまうところが、加齢衆たる所以。
やはり。どこかがおかしい
繰り返すがお互いに、接点はないのである。
同郷の者も同窓生もいなければ、同じ会社で働いているわけでもご近所さんでもない。
バイエルンが産んだ小さなクルマを選び、心から愛し、生きる糧のひとつとしている、
そんな価値観だけが共通する男の集団である。
酒席を盛り上げる(はずの)女性はその場にいない、というのに。
なぜに、こうも。はじけられるの
もう少し。
あと、ほんの少し。
暴走する自我を抑え、相手の話に耳を傾け、(考え方は違っても)同意する寛容性を持てれば、
社会の末端に席を置かず、組織の中央で権力を行使できる立場でいられるのだろうに。
持てる能力を自らが放棄する、誠に惜しい、旦那衆ではあるが。
品行方正なる中年ならば、選ぶは三河製サルーンカーであろう、とも思う。
自我の求めるままに生きるからこその、MINI 。なんだろうか?
とは言え肝心の、MINI の話題は4時間半にも及んだ宴の中で、30分もなかったと記憶する。
一般的には、自分たちの乗るクルマの良い点、悪い点。
どんなカスタマイズをしたら良いのか? という相談にもならない話し合い等に終始するのが
クルマを介在した者達の話題であるはず、だけれど。
その夜、最も盛り上がったのは、ルート152であった。
長野から静岡へと向かうその街道を僕は、走ったことがない。
実体験がない以上、走った方々ほどの興奮は得られないけれど、それでも。
その道が面白いドライヴルートであることは感じ取れたのであり。
ディスカバリィジャパンなんだ、この人たちは
MINI というクルマを愛することに異論はないけれど、その愛する MINI で。
どこを走ったのか?
が重要なのであって、どこも走らないのであれば MINI である必然性もない。
まさに、駆け抜ける歓び。そのもの。
今宵集まりし加齢衆の価値観は、モータリゼィションの王道を行く正論であり、
そこを欠いてしまった今年の僕には参加する資格も、あってないようなものだ。
それでも、人生の悲哀を知る加齢衆は門戸が広い。
走り損ねた平成19年を取り戻すかのように企画される、平成20年の案。
北は青森から、南は鹿児島まで。
用意される幾多のプラン、そのどれかで
一緒に走ろうよ! とは。
涙腺の弱ってきた40代男子の胸に深く、刻まれたのであって。
やはり、日本橋なんだ
まだ知らぬニッポンの道を、ただひたすらに走りたい加齢衆にしてみれば、
全国に張り巡らされた道路網の、その起点であるこの地以外に、相応しい場所はあるのだろうか。
例えそれが江戸初期の遊郭があった場所に近寄ってしまったとしても、
エロティズムのなんたるかを知る加齢衆には関係のないことで、
誰が一番エッチなのか?といった類の話は、単なる酒の肴に過ぎない。
歯周病を治し、
気道確保に努め、あとは。
俺のエリカさまを見つけるだけだ
そんな言葉を聞いたような気がした師走の夜、時は駆け抜けるように過ぎていくのであった

Posted at 2007/12/20 14:16:06 | |
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