佐賀県指定史跡「岸岳(鬼子獄)城址」-伊万里市
日本陶磁器発祥の地も今は有名な心霊スポット
2006年11月12日
旧北波多村の東端にそびえる峻峰「岸岳」に、松浦党の棟梁、波多氏17代の盛衰を秘めた城跡が残っています。
岸岳山頂部の尾根上に築かれたその山城は中世後期松浦党の棟梁とされた波多氏の拠城でした。城跡遺構としては、石垣・曲輪・竪堀等の遺構が良好に残存しています。
波多氏は、鶴田・相知・石志・佐志・有浦・値賀・呼子・名護屋等の、多くの松浦党に属する豪族達の中心として、17代三河守親(ちかし)まで続きました。
三河守親は、肥前国高来郡領主有馬晴純の実子と言われ、平戸松浦氏に対抗する為、波多氏に送り込まれました。
1587年(天正15年)豊臣秀吉の九州征伐に際し、参陣せず改易の危機に面しますが、鍋島直茂・浅野長政の尽力で、本貫地750町を安堵され、一地方豪族として存在を認められました。
しかし鍋島直茂の寄騎として出陣した朝鮮出兵中、直茂の命に従わず進軍しなかった事を怯懦の振る舞いとし、秀吉の逆鱗に触れ、1593年(文禄2年)5月、三河守親は領地没収、筑波に配流されてしまいました。
その後、所領を失った家臣一党は切腹したと伝わっています。
詳しいことは解りませんが、この城址は有名な心霊スポットということです。かなりの確率でマズイことが起こるという話です。
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