「仙台藩白老元陣屋跡&資料館」
北辺の脅威に備え単身赴任で勤めた警衛所跡
2005年11月27日
白老駅から北西約2.5km、白老川とその支流ウトカンベツ川に挟まれ、丘陵を背にして存在している。
安政年間に米・西欧列強諸国との間に和親通好条約が締結したが、ロシアの南下政策による北辺の緊張は依然として続き、警戒した幕府は松前藩の他東北諸藩に蝦夷地を分割警備させ、各藩では計24ヶ所の陣屋を築き沿岸の防備にあたった。
このうち仙台藩は白老から襟裳岬を経て国後・択捉島までの東蝦夷地を守備範囲として、元陣屋を苫小牧の勇払に置くよう幕府に指示されたが、家臣三好監物を蝦夷地に派遣し、現地踏査の結果、白老を適地として幕府に変更承認を求め、安政3年(1856)春に陣屋構築に取り掛かり、秋には一応完成した。
元陣屋は、面積約66,000㎡、堀と土塁に囲まれた内曲輪と外曲輪の中に6基の門を構え、本陣・勘定所・穀蔵・稽古場・長屋などを築き、常時120名の藩兵が駐屯して北からの侵略に備えた。
さらに、安政6年(1859)には藩領地になり代官も置かれ、白老の民政にも尽した。
しかし、この北辺の地で藩士たちが陣屋で警備している間に世の中は大きく変わり、倒幕がなり維新となった。
慶応4年(1868)に勃発した戊辰戦争により、元陣屋をはじめ道内各地に置かれた陣屋は12年間の幕を閉じた。
電話 : 0144-85-2666
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